【短編】泥魔法しか使えないので、王子に婚約破棄されて《不毛の地》に追放された令嬢の行方
「マディカ・ルーシル! お前との婚約を破棄する!」
ここは煌びやかな王宮の夜会。
シャンデリアが輝く応接間に、第一王子のレオナルドの声が響き渡った。
貴族達に不躾な視線を向けられたマディカは、申し訳なさそうに俯くことしかできない。
レオナルドはフンッと鼻を鳴らしてから、話を続ける。
「理由はわかっているだろう? 先日の魔法属性判別式の結果だ」
レオナルドの言葉にマディカは悲しげに目を伏せて、その時のことを思い返したーー
このサナクト王国では、魔力量は幼い頃に判明するが、何の魔法が使えるかは15歳で行われる【魔法属性判別式】でわかるのだ。
魔法教会の地下にある魔法の泉の水に触れた時。
赤色に変わったら、火魔法。
青色に変わったら、水魔法。
水色に変わったら、風魔法。
緑色に変わったら、地魔法。
金色に変わったら、聖魔法。
聖魔法は魔物を浄化したり結界を作ったりできるので、聖女として崇められる。
(ちなみに闇魔法は魔族だけのものなので、人間に発現することはない)
マディカが魔法の泉に触れた時、水は真っ茶色に染まった。
『泥魔法……!?』
儀式を取り仕切る魔法使いが、思わず驚愕の声を上げた。
参加している貴族達もつられてざわつく。
その色は、地魔法の一種である《泥魔法》の証だった。
珍しくもない明らかなハズレ。
なにせ、泥しか扱えないのだから。
「ーー幼い頃から魔力量が桁違いということで私の婚約者となったが、泥魔法なんて何の役にも立たないだろう! 私に泥遊びしろとでも!?」
「申し訳ありません……」
激昂するレオナルドに、マディカはひたすら頭を下げる。
「使える魔法は自分では選べませんもの、マディカさんのせいではありませんわ」
レオナルドの隣にいる金髪の美人が口を挟んだ。
険しい顔でマディカを睨んでいたレオナルドが、でれでれとした表情で彼女の方を向く。
「サーラは優しいな、さすが聖魔法に選ばれた聖女だ!」
レオナルドに大きな声で褒められたサーラは、自慢気な表情だ。
「サーラ様、美しいしサナクト王国の王子妃にふさわしいわね」
「マディカ嬢は髪も目も焦げ茶色で地味で、王子に釣り合ってないと思っていたんだよな」
「泥魔法と聞いて納得よね」
貴族達が失礼な会話をしている中、二人の人間が立ち上がり、マディカの前に歩いて来た。
「国王陛下、王妃様……」
マディカが小さな声で呟いた。
サナクト国王はマディカを見下ろしながら、口を開く。
「王子の婚約者の属性が、よりによって役に立たない上に小汚い泥魔法など前代未聞。サナクト王家への不敬罪である。よって、お主は国外追放ーー《不毛の地》行きじゃ」
サナクト国王の言葉に、王妃もレオナルドもサーラも貴族達も頷いた。
その場にマディカの味方は一人もいなかった。
「《不毛の地》って、植物がほとんど生えてないし水もないから住めないんじゃないか?」
「ぶっちゃけ死刑だよな……」
「万が一生き延びても、サナクト王国は遠くて帰って来られないでしょ」
ボソボソと貴族達の会話が聞こえて、マディカは両手で顔を覆った。
それを見てレオナルドはニヤニヤと笑う。
「こんな夜に放り出すのは可哀想だから、出発は明日の朝だ! それまでに支度をしておけ」
「レオナルド様、お優しいですわ」
サーラはレオナルドに寄り添い、マディカを嘲笑った。
マディカは俯いたままお辞儀をして、王宮から出ていった。
翌朝。
マディカの朝食が終わったタイミングで、部屋に二人の魔法使いの男がノックもせず入って来た。
「今からお前を《不毛の地》に送る」
そう言われてマディカは、まとめてあった荷物をぎゅっと抱きしめる。
直後、マディカの体が光に包まれた。
「!」
まばたきをするとマディカは乾いた大地の上にいた。
日が照り続け、水は少なく、植物はほぼ育たず、動物が寄りつかないーー《不毛の地》
魔法使い達は、荷物を抱きしめて座るマディカを見下ろして吹き出した。
「ハハッ布団なんか持って来ても意味ないだろう」
「今までここに送られた罪人は数日で死んでしまったよ」
「日差しを遮るものも水もないからな」
マディカを転送させた魔法使い二人は笑いながら言い残して、王宮に帰っていった。
一人になったマディカは手を震わせて叫んだ。
「やっっと自由になれる!」
最近、前世の記憶が戻り自分が異世界転生者だと気付いたマディカ。
王子の婚約者という窮屈な立場に嫌気がさしていたので、婚約破棄は渡りに船だったのだ。
「さて、やるか!」
元気よく立ち上がったマディカは荷物の中から杖を取り出して、天にかざす。
「まずはー、泥魔法を起動!」
呪文を唱えて空中に大量の泥の塊を浮かべた。
「家になーれ♪」
頭の中で一人暮らし用の素敵な家を思い描きながら杖を振るうと泥の塊が光り、石製の家に変わった。
「泥が長い時間をかけて堆積すると、泥岩って言う硬い岩になるのよね」
マディカは前世の記憶から泥岩を知っていたのだ。
屋根の部分は赤みの強い泥を使ったので、赤い屋根に薄茶色の壁のなかなかかわいらしい家。
「次は水ね」
独り言を言いながら、家から少し離れた場所に行き、地面に向かって杖を向けた。
杖の先から、泥が勢いよく放出する。
すると、地面が削られて大きな穴ができた。
ウォーターカッターの泥版だ。
「出来た大穴の底を泥岩にして固めてっと。それから、泥から水だけ分離!」
大量の泥から水だけを取り出して、その穴に貯める。
「貯水池のできあがり!」
家から離れた場所に立ったマディカは杖を振り回して、一帯を掘り返した。
「泥炭から肥料成分だけ分離!」
出来上がった肥料を混ぜて、予め用意していた種を植える。
「ちょっと大変ね」
マディカは汗を拭きながら杖を振るった。
「出でよ、泥人形!」
マディカと同じくらいの泥人形に「種を植えなさい」と命令すると、泥人形はすぐに種を植え始めた。
「水を撒くためのじょうろを作らないとね」
残っていた泥に向かって杖を指した。
「泥を高温! 圧縮! これでじょうろのできあがり」
じょうろに水を入れて泥人形に指示を出した後。
「畑は泥人形のドロシーに任せるとして、家の中を整えよう」
荷物を抱えて家に入ったマディカは、ぐるりと部屋の中を見回した。
間取りは1DKだ。
「いい感じだけど、窓がないわね」
この辺がいいかしらと独り言を呟いてから、杖で壁をコツンと叩く。
「泥の中からガラスの成分だけ分離! 高温! ガラス窓のできあがり!」
かわいらしい小窓ができたので、持って来た荷物の中からカーテンを取り出してつけた。
寝室に行き、泥岩製のベッドとサイドテーブルを作る。
「布団をベッドに敷くと、一気に部屋らしくなったわ」
台所にはかまどとキッチン台、浴室には浴槽、それからトイレも作った。
全て泥を元にした陶磁器製だ。
「喉が乾いたからお茶を淹れようかしら」
かまどの中に泥炭を入れてマッチで火を灯す。
やかんに分離した水を注ぐと、すぐに沸騰した。
持って来た茶葉をティーポットに淹れてカップに注ぐと、紅茶のいい香りが漂う。
「はぁおいしかった。休憩が終わったし、売り物を作るわよ!」
マディカは杖を振るって、陶磁器の食器を作りまくった。
大量の陶磁器を泥岩の荷馬車に載せて、泥の馬に引かせて、隣国の市場で売りまくった。
そのお金で食料や日用品を買って家に帰る。
「植物が育って自給自足ができるまでは、ひたすら売りまくろう」
◆◆◆
マディカが国外追放されてからどれほど経ったか。
つい最近、勇者一行が魔王を倒し、魔物がいなくなった。
魔物がいなくなると、魔物にしか効果がない聖魔法は意味がなくなった。
それよりも、魔物との戦いによって植物が実らなくなった大地を復活させたり、泥岩で建物を作れる地魔法の方が必要で。
そのことにいち早く気付いたサナクト王国の宰相が、国内にいる地魔法使い達を呼んで復興の命令を下した。
地魔法使い達は苦い表情で顔を見合わせる。
「理屈はわかるのですが、いっぺんにやらなければならないので膨大な魔力量が必要なのです……」
「精密なコントロール力も必要でして、恥ずかしながら我々にはどれもありません」
ーー魔力量が膨大な、泥魔法使いーー
宰相の脳裏にマディカが思い浮かぶ。
当時王子だったレオナルドは今や国王だが、王妃サーラと喧嘩ばかりしている。
「サーラ、お前は王妃のくせに何もできない役立たず!」
「レオナルド様だって、魔法量が少なすぎて何もできないでしょ!」
国内の農地は魔物との戦闘で何も育たなくなってしまい前代未聞の食糧不足で、苛立っているのだ。
宰相はレオナルド達に内密で、マディカの元に使いを出した。
マディカを追放した《不毛の地》はサナクト王国から遥か遠くにあるが、緑豊かな大地に変わっていると最近噂を聞いたのだ。
しかし。
元《不毛の地》にマディカはいなかった。
マディカは、追放された後しばらく、作った陶磁器を《不毛の地》から一番近いモルナ王国の市場に売りに行っていた。
モルナ王国は《不毛の地》が緑豊かになりつつあることを知って、マディカを訪ねた。
《不毛の地》は全世界から見捨てられており、誰のものでもなかったため、マディカはモルナ王国と取引し、緑豊かになった《不毛の地》を月々決まった額で貸し出すことにしたのだ。
不動産収入で潤ったのでモルナ王国で悠々自適なスローライフを堪能するマディカの行方を、宰相が知る術はなかった。
ーーサナクト王国は食糧不足を解消できず、怒りが頂点に達した国民達により、国王と王妃は処刑された。
そうして、サナクト王国は滅んだのだった。
〈終〉




