侯爵令息の末路 ~抵抗しないはずの平民メイドが、実は最強の辺境伯令嬢だった件~
さんざん飲んで騒いでむかえた早朝。
オレは、市場からいただいたリンゴをかじりながら、いい機嫌で歩いていた。
「ほう……」
メイドを連れた若い男を見かけた。
あれは確か、子爵家の三男だ。
うん。いい獲物だ。
オレは、いい機嫌で歌を歌っているツレ達に声をかけた。
「あいつ子爵家の三男だ」
ツレの一人はにんまりと笑った。
「あのメイド、いきがよさそうだな」
背が高い。きれいな金髪。
健康的だ。
おそらく処女だろう。
胸が小さいのは欠点だが、さっきまで娼館でさんざん大きいのを抱いてたから、気分が変わってかえっていい。
あの坊ちゃんの前で、オレ達5人で慰み者にする。
考えただけでも、猛ってくる。
酒を飲んで騒ぐより、このほうが、心が満たされる。
オレ達は侯爵家の子息だ。
三男四男ばかりだが、それでも侯爵家だ。
オレ達はバカじゃない。
襲う相手はちゃんと選んでいる。
伯爵家となると相手によってはまずいが、子爵家以下ならどうとでもなる。
それが貴族というものだ。
子爵家の子息、しかも三男なら後継ぎですらない。
侯爵家に逆らってまで守ろうとする家はない。
手向かってきたら殺しても構わない。そんなことをする必要すらないだろうが。
メイドはさらに問題がない。
子爵家程度に仕えるメイドは平民だ。単なるおもちゃだ。
オレ達は、あとをつけた。
獲物たちは気づきもせず、のんびりと歩いている。
王都を東西に分ける大橋にさしかかる。
獲物たちがとまった。
橋の中央に聳える街灯の前だ。
街灯に、背が高いメイドはもたれかかる。
子爵家の三男がスケッチブックをひろげる。
「あいつ、三文絵描きらしいぜ」
ますますいい。感性が細い奴はいたぶると楽しい。
「目の前でやったら、ショックで死ぬかもな」
「少なくともなきわめくだろうよ」
「漏らしたりしてな」
想像しただけで笑みが浮かぶ。
オレは名案を思いついた。
「ちょいと脅して、あのメイドの裸でも描かせてやろうぜ」
「いいな、それ、やったあとでな」
オレ達は、橋の中央で、二匹の獲物を取り囲んだ。
早朝から橋を渡っていく愚民たちが、オレ達を見て逃げ出していく。
当然だ。オレ達は侯爵令息だからな。
「なぁ、坊ちゃん。このメイド貸してくれよ。なぁいいだろ?」
三文絵描きは男にしては小柄で、線も細かった。
奴から見れば、オレ達5人は、聳え立つ山にのように見えるだろう。
これだけで逃げていくかもしれないが、それでは面白くない。
だから囲んでやった。
さぁ、怯えろ。
「彼女は、ものじゃないですよ。だから貸せません」
妙に落ち着いた声だった。
かちん、ときた。
「オレ達は侯爵家の子息だ」
「ああ、そうなんですか」
平板な声だった。なんの恐怖もない。
メイドが愉快そうに言った。
「なら、あたしは辺境伯の娘だ!」
けらけらと笑いやがった。
なんだこいつら。
オレ達に囲まれてこんな薄い反応。
場慣れしているのか。いや、まさか。
もしかしたら手を出すとまずい――
ツレ達が愉快そうに笑った。
「けけっ。メイド服着てる辺境伯の娘がいるかよ!」
「をいをい、こいつらバカだぜ。酒も飲めない歳のくせに酔っぱらってやがる」
あ、いたな。
酔っぱらってるとは言い得て妙だ。
なにが起こっているか判らない酔っぱらいなんかがこういう反応をする。
そうか。こいつらはバカなんだな。
酔っ払い並みに。
痛い目を見せてようやくわからせられるバカだ。
「そうかそうか。辺境伯令嬢さんを貸さないなら、借り上げてやるよ」
オレはツレ達と目で合図を送る。
いつも通りやる。
ツレのふたりが、メイドを左右から挟み。
オレは、三文絵描きを殴りつけ――
「やっぱり。遅いね」
拳は空を切った。
「え」
かわされた!?
「うわぁぁぁぁ!」
悲鳴と少し遅れて水音が響いた。
ツレがひとりいなくなっていた。
なにが?
そう思った時には、大気を鋭く引き裂く音と同時に、
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
オレの左隣にいたヤツが、頭から血を吹き出してうずくまっていた。
メイドが橋の欄干に立っていた。
ヘッドドレスを手にもって振り回したと思うと、何かが飛んできた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
オレの右隣にいたやつが、頬から血を吹き出して橋の上でのたうちまわっている。
三文絵描きが、ひどくのんびりした声で、
「あいかわらず上手だね」
「な、なにがだ!」
オレの声は悲鳴のようだった。
「石礫だよ。彼女は昔から、あれで、鳥を落としてたからね」
いしつぶて。
なにを言ってる。
辺境ならともかく、ここは王都で、石礫なんて使える人間は滅多に――
「ひぃっ」
メイドの方へ差し向けたツレが、逃げ出したのが見えた。
だが、メイドがまたもヘッドドレスを振ると、逃げたツレの耳が吹き飛んだ。
「へへん! 鳥よか的がでかいからね。簡単」
メイドと目があった。
奴は、にぃっと笑った。
ただただ愉快そうだった。
こいつはっ化け物だ。
オレは喘いだ。
認めたくないが恐怖だった。
侯爵令息というだけで、たいていの奴は戦意をうしなう。
なのにこいつはっ、平然と攻撃してくる!
それどころか、オレを狩る対象とでも思ってる!
この三文絵描きを人質にとるしか!
「だ、だまれ!」
オレは、ポケットからナイフを取り出して、目の前の三文絵描きに――
「!」
あっさりとナイフがはたき落された。
「遅いよ」
顔の正面に、棒状のものが迫り。
それが、スケッチ用の鉛筆の先端だと認識するより早く。
鼻と口の間を衝撃が貫き。
オレは意識を刈られた。
※ ※ ※ ※
執事長が迎えに来たのは、三日目だった。
「遅いじゃないか!」
「申し訳ありません」
父に昔から仕えている男だ。
こいつが来たならもう安心。
父が手を回してくれたという印だからだ。
オレが牢屋に入れられていることがそもそもおかしいのだ。
たかが子爵家の三男坊と平民のメイドに、教育してやろうとしただけななんだぜ。
これで出られる。
出たら、あの三文絵描きと化け物メイドに報復してやる。
いや、その前に、うまいもんを喰って、女を抱いて。
いやいや、あのメイドにひぃひぃ言わせるまで、ためておいたほうがいいだろう。
「……」
執事は鉄格子の前で立ったままだ。
「どうした? 早く開けろ」
「坊ちゃん。それはできかねます」
「なにを言ってるんだ?」
「坊ちゃんは、多数の婦女暴行、強盗傷害、さらに複数の殺人の重罪犯として起訴されております」
「……は?」
ありえない言葉を聞いた気がした。
「あの子爵家の一族は実務官僚のトップを占める者たちです」
「たかが子爵家だろ! オレは侯爵家の人間だぞ!」
「彼らが拒否すれば、政治も日常も何も動かせません。坊ちゃんは、その一族のひとりに手を出してしまったのでございます」
「ふざけるな! 出せよ! オレは侯爵家の人間だぞ!」
なんだそれは!?
そんなルールは知らない!
誰も教えなかった――
「御当主からの伝言です。『お前が学ばなかった報いだ。時間はたっぷりある。学び直せ。必要な書物はこちらで用意する。刑期を終えるまで身を慎み学を身につけろ』と」
「……なにを言っている」
「今頃、坊ちゃんのお仲間達にも同じことが伝えられているはずでございます」
「! あいつらもなのか!」
執事はちいさくうなずいた。
「ふざけるな! あいつらは、あの平民に耳を吹き飛ばされたんだぞ! 被害者だろう!」
「あの橋は王都の大動脈です。目撃者が多数おりました。坊ちゃんたちが先に手を出したと認定されております」
「誰もいなかった! 橋には誰も! 目撃者な――」
オレは絶句した。
いた。
遠巻きにオレ達を見ていた平民どもが。
人間以下で視界に入れる必要もない奴らが。
目に入っていたのに、見えていなかった奴らが。
「あ、あんな奴らの証言など! いつもなら握りつぶしてきただろう!」
執事は首を振った、
「今回ばかりは」
「父上が! 父上なら!」
「御当主は大変胸を痛めておいでです。ですが、すでにあの一族の手が回っており如何ともしがたく」
父上が、あの父上がなにもできない?
いや、そんなはずはない。
「……その刑期っていうのは何日だ」
そうだ。
オレは、オレ達は侯爵令息だ。
平民や下級貴族に少々痛い目を見せたくらいでそんなに長く閉じ込められるわけがない。
生意気な子爵家の一族の顔を立ててやるために、オレを牢にはいれる、ということだろう。
これは政治だ。
オレも侯爵家の一員であるから、その程度は吞み込める。
「いくらでも我慢してやるさ! 出たらあのメイドをボロボロにしてやるのを楽しみにしてな! 言えよ。何日なんだよ! 三日か? 四日か?」
「40年でございます」
「なっ」
よんじゅう……40と聞こえた気がしたが、まさか40年!? い、いや40日!?
ありえない!
じゅうとつく日付を聞き間違えたのだろう。
食事も出ず牢屋に三日も閉じ込められたから、いろいろと神経が参っているんだ。
「そ、そうか十日か! それくらいなら」
執事は淡々と、
「40年でございます。婦女暴行32件、強盗傷害18件。殺人6件。今までの全てが加算されたそうでございますゆえ」
頭は理解するのを、拒否した。
だが、執事は淡々と、
「40年でございます。婦女暴行32件、強盗傷害18件、殺人6件。今までの全てが加算されたそうでございますゆえ」
同じセリフだった。
空耳ではなかった。
「そ、そんな理不尽! あの父上が認めるわけがない!」
「相手は法を盾にしております。御当主もそれを無視はできませぬ。しかも。我が家で把握していた数の3倍近くとは……管理不行き届きとみなされても反論できませんな」
オレは悟った。
見捨てられたのだ。
オレは、牢屋の床に、膝をついていた。
「御自分のお立場。ようやく分っていただけましたか」
なにをまちがった?
いや、オレはまちがっていない。
侯爵家の令息だぞ! それが子爵家ごときに! 平民のメイドごときに!
こんなのはおかしい。
ありえない!
あってはならない!
「……父上に伝えてくれ」
「はい」
「あのくそ絵描きに手を出せないのかもしれないが……あのメイドには判らせてやってくれとな! たかが平民が高貴な侯爵家の血筋のものを害したんだからな!」
「判らせるとは?」
「判るだろう! 女に生まれたことを後悔させてやれってことだ! 二度と光のあたるところを歩けないようにしてやれ!」
あの女だけは!
あのガキだけならなんとでもなったんだ!
父上だってそう思っているはずだ!
あのメスを憎んでいるはずだ!
「承りました。ご当主様の予想通り、坊ちゃんがそうおっしゃったと伝えます」
「! そうか!」
予想通り!
つまり父上はすでに、あのメイドに正義の鉄槌を下す準備を整えているのだ!
侯爵家なのだから、そうであって当然だ!
「侯爵様からの差し入れです。お食べください」
鉄格子の間から、箱に入った食事が差し入れられた。
中央には、よく脂の載ったチキンが鎮座していて、見るからにうまそうだった。
腹が鳴った。
三日間、水だけで食事は何一つ出なかったのだから。
オレは、チキンの腿を手づかみして、かぶりついた。
「うまい……」
こんなにうまいチキンは初めてだった。
むさぼり食う。
うまい。うまい。うまい。
うま――
「う……」
胸の奥から、鋭い痛みと熱いものがせりあがってきた。
「侯爵様はおっしゃっておりました。予想通りだったら差し入れろと。三日水だけなら飛びつくだろうと」
「なっ」
言葉にならない声と共に、何かが喉からあふれた。
熱い。
口の中に血の味がした。
牢屋の床が、視界一杯に広がった。
オレは床に倒れていた。
では、食事が出なかったのは、父上の――
! さっきからこいつ侯爵様と!
父上は、オレは息子ではないと告げているのかっ!
「う゛うそっげほっだ……」
「あのメイドは、自分が何者であるかを、坊ちゃんに告げていたそうでございますね。それでも坊ちゃんは襲ってしまわれた」
「な゛なにをっ、あのメイドはなにも――」
『なら、あたしは辺境伯の娘だ!』
まさか、あれが。
辺境伯。
国境を守護する家。貴族の中でもとびぬけた軍事力を持つ家。
侯爵家でも敵には回してはいけない相手。
バカなっ。
どうして辺境伯の令嬢が、メイドの恰好を!?
「しかも、あの子爵令息と婚約しているそうでございます。行儀見習いでメイドを」
では、オレは。
ひとつだけでなく、ふたつも見誤ったのか――
「御当主からもうひとつ伝言でございます。賢いつもりで何も見えない者など、我が家にはいらない」
オレが最後の見たのは、執事の磨き抜かれた靴だった。
それは、貴族の体面のように冷たく光っていた。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




