第17話「過去のステージ」
七瀬さんが、過去の話をしてくれた。
それは空き教室での、いつもと変わらない放課後のことだった。
「私ね、中学のとき、演劇部だったの」
「演劇部?」
意外だった。人前に出ることを避ける七瀬さんが、演劇をやっていたなんて。
「意外でしょ」
「正直、うん」
「でも、好きだったんだ。誰かになりきること。自分じゃない誰かを演じること」
「……それは、僕と似てるね」
「そうかもね」
七瀬さんは窓の外を見ながら続けた。
「中二のとき、文化祭で主役をやったの。ミュージカルの」
「すごいね」
「すごくなんかない。あれが、全ての始まりだったから」
彼女の声が、少し低くなった。
「主役をやったことで、目立っちゃったの。それまでは普通の子だったのに、急に注目されるようになって」
「それは……いいことじゃないの?」
「最初はそう思った。でも、注目されるってことは、嫉妬されるってことでもあるんだよ」
七瀬さんは膝を抱えた。
「最初は小さなことだった。陰で悪口を言われたり、持ち物を隠されたり。でも、だんだんエスカレートして——」
「いじめ?」
「そう呼ぶのかな。本人たちは『ちょっとしたいたずら』って言ってたけど」
その言葉に、僕は拳を握りしめた。
「演劇部の仲間も、最初は味方でいてくれた。でも、だんだん離れていった。『花音と一緒にいると、自分もターゲットにされる』って」
「……」
「最後に残ったのは、一人だけだった。親友だと思ってた子」
「その子は?」
七瀬さんは少し間を置いた。
「裏切ったよ。一番辛いタイミングで」
「……」
「三年生の引退公演の前日にね、その子が言ったの。『あんたのせいで、みんな迷惑してるんだよ』って」
「……ひどい」
「うん。でも、一番辛かったのはね、その言葉が正しいかもしれないって思ったこと」
七瀬さんの目に、うっすらと涙が浮かんでいた。でも、泣かなかった。
「引退公演、どうしたの?」
「出なかった。当日の朝、学校に行けなくなった。それからしばらく、不登校になった」
「……」
「高校は、誰も私を知らない場所を選んだの。最初から一人でいれば、裏切られることもないから」
それが、七瀬花音の「仮面を被らない」選択の理由だった。
「だから、浅羽くんのことが不思議なの」
「僕?」
「浅羽くんは仮面を被り続けてる。私は怖くて被れなくなった。でも、浅羽くんは怖くないの? いつか外すときのこと」
「……怖いよ」
正直に答えた。
「でも、外し方がわからない」
「私は外し方を知ってるよ」
七瀬さんが、少しだけ笑った。
「痛いけどね」
「教えてくれる?」
「いつかね。浅羽くんが準備できたら」
僕は彼女の横顔を見つめた。
過去に傷ついて、人を信じることをやめた女の子。でも今、こうして僕に過去を話してくれている。
それは、信頼の証だと思っていいのだろうか。
「七瀬さん」
「うん?」
「話してくれて、ありがとう」
「……別に。聞いてくれたから、話しただけ」
「でも、嬉しかった」
七瀬さんは少し驚いた顔をして、それから小さく頷いた。
「私もね、話せてよかった。ずっと、誰にも言えなかったから」
帰り道、僕は考えた。
七瀬さんのステージは、中学のときに壊された。
でも、ステージは一つだけじゃない。
いつか、彼女がもう一度ステージに立てる日が来るといい。
今度は、誰にも壊されない、彼女だけのステージに。




