第14話「花音の疑問」
「ねえ、浅羽くん」
空き教室で、七瀬さんが唐突に言った。
「うん?」
「浅羽くんは、なんで私に構うの?」
本を閉じて、彼女はまっすぐ僕を見た。その目は、いつもの静かな瞳とは違って、どこか切迫したものを含んでいた。
「構ってる……って言われると、なんか違う気がするけど」
「じゃあ、なんて言えばいいの?」
「一緒にいたいから、いる。それだけだよ」
「それが、わからないの」
七瀬さんは膝の上で手を握りしめた。
「私、友達いないよ。クラスでも浮いてるし、話しかけてくる人もほとんどいない。そんな私と一緒にいて、浅羽くんに何のメリットがあるの?」
「メリット?」
「浅羽くんはクラスの人気者でしょ。成績も良くて、運動もできて、みんなに好かれてる。そんな人が、私みたいなのと一緒にいたら——」
「損する?」
「……うん」
その問いに、僕は少し考えた。
確かに、損得で考えれば、七瀬さんと一緒にいることにメリットはない。むしろ、噂のリスクがある。僕の「完璧」な評判に傷がつく可能性がある。
でも。
「損得で人と付き合ってたら、それこそつまらなくない?」
「……綺麗事」
「かもね。でも、本心だよ」
「じゃあ、本心で答えて」
七瀬さんの目が、まっすぐ僕を射抜いた。
「浅羽くんは、私のことをどう思ってるの?」
心臓が止まるかと思った。
「どう、って——」
「友達? 同情? それとも——」
彼女は言葉を切った。「それとも」の先は、言わなかった。
「……友達、だと思ってる」
「本当に?」
「本当に」
嘘じゃない。でも、全部でもない。
七瀬さんは僕の目をじっと見つめて、それから小さくため息をついた。
「浅羽くんって、嘘つくとき、声が少しだけ高くなるね」
「……え?」
「今の『本当に』、少し高かった」
見抜かれた。
また、この子に見抜かれた。
「……参ったな」
「答えなくていいよ。今は」
七瀬さんは窓の外に目を向けた。
「ただ、いつか教えてね。本当のこと」
「……うん」
約束した。でも、その「いつか」がいつ来るのか、僕にはわからなかった。
しばらく沈黙が続いた。でも、気まずい沈黙じゃなかった。
「七瀬さん」
「うん?」
「七瀬さんは、僕のことをどう思ってるの?」
同じ質問を返した。卑怯だとは思ったけど、聞きたかった。
七瀬さんは少し驚いた顔をして、それから——
「わからない」
「わからない?」
「うん。浅羽くんのこと、まだよくわからない。でも——」
「でも?」
「知りたいとは思ってる」
その言葉に、胸が熱くなった。
「……僕も、七瀬さんのこと、知りたいと思ってるよ」
彼女は少しだけ笑った。
「じゃあ、おあいこだね」
「おあいこ、か」
「うん。おあいこ」
帰り際、七瀬さんが珍しく先に立ち上がった。
「浅羽くん」
「うん?」
「明日も、ここに来る?」
「来るよ」
「……約束」
「約束」
彼女の背中を見送りながら、僕は思った。
七瀬花音は、僕に問いかける。
僕が避けてきた問いを。僕が見ないふりをしてきた感情を。
彼女の疑問は、いつも僕の核心を突く。
それが怖い。でも——
嫌じゃなかった。




