バイク
〈東風吹かば...うむうむ「春」と口にする 涙次〉
(さう云へばバイクの話をしてゐなかつた...)
【ⅰ】
* 輸入バイク商、枝垂哲平。これが新年の初仕事となるが、オーストリアのバイクメイカー・KTMのインド法人が、RC160と云ふ2026年新モデルの發賣準備をしてゐると云ふので、その豫約受け付けを開始。で、その豫約客第1號は、例に依り杵塚春多なのであつた。勿論それは、映画『矛盾』を撮り終へた、「自分へのご褒美」なのだが、連れ子・由香梨は「ちよつとー、兄ちやん一體これで何台めなのよー」とブーイング。と云つても杵塚には利かない。そればかりか、RC160の説明書に掲載されてゐる冩眞を見て、「何てカッコいゝんだ」とうつとり溜め息を付く始末。
* 當該シリーズ第2話參照。
【ⅱ】
ところで、永田の死については、前回触れた。杵塚、貴重なツーリング仲間を喪つてしまつた譯である。他に親しい者でバイク乘りと云つたら、ヤマハ トリシティ125の* 結城輪(最近何故か杵塚を避けてゐる)、ホンダ LY125fiの牧野舊崇(** 安保さんを「開發センター長」として迎へたせゐか、繁忙期の眞つ最中)、後は怪盗もぐら國王ぐらゐしかゐない。ツーリングに誘へる諸条件を滿たしてゐるのは、國王だけだ。だが彼の*** ヤマハVMAXは、何しろ1700cc.の大排氣量を誇るモンスターバイク。然し國王はVMAXを、専ら朱那とのタンデム用に使つてゐる。所謂「大名ライディング」が、彼の持ち味なのだ。其処を衝いて、杵塚、國王とのツーリングにわざと原付二種クラスのベネリ TNT125をチョイス、國王(せめてZ250に乘つて來いよ)と思つたが、杵塚、走り屋の本質を剥き出しにして、峠道、結構VMAXに着いて來るのだ。杵塚が幾らマニアだと云つても、處詮彼のコレクションは輕量バイクに偏つてゐる、と舐めて掛かつた國王が甘かつた。「畜生、ゼロヨンだつたら俺、絶對優位なのになあ」-「そんなの当たり前だろー」-「はゝ、ま、今日はお疲れさん」。國王、氣のいゝ一面を見せて、二人は散會した。
* 前シリーズ第153話參照。
** 當該シリーズ第15話參照。
*** 當該シリーズ第9話參照。
【ⅲ】
で、結城輪なのであるが... 上記の如く、一時杵塚からは(譯あつて)遠ざかつてゐたのだが。彼は『矛盾』を観て、思はず「ビビつと」來てしまつた。一般に、ゲイの人は直感に優れてゐると云ふ。躰が叛應したのだ。思へば杵塚は、輪が一度は「兄」と慕つた者である。「この人とは、離れられない因縁があるのだなあ」と、輪、思つたとか。
※※※※
〈お八つだよと云ふ聲には敏感な猫が摺り寄る我が微苦笑よ 平手みき〉
【ⅳ】
そんな輪であつたが、「ニュー・タイプ【魔】」逹の標的とされてゐる事に氣付いてゐなかつた。「ニュー・タイプ【魔】」逹は、彼に* 蛟の精・水智欣路の幻影を見せて誘惑した。突然、輪の視界には、其処にゐない筈の水智の画像が展開され、目を瞑つても、それから逃れられない。「失戀の痛手が、今更出て來たのか」-とは云へ、輪は幻影から拔け出せない。發狂寸前に迄、追ひやられた。(杵兄さん、僕を守つて下さい)。幻影を振り切る為、『矛盾』をもう一度観てみた。その映画館で、輪は本物の水智の姿を見掛けた。然し、水智は知らん顔。-豫感が確信に變はつた。僕は【魔】に取り憑かれてゐる! 輪、杵塚にその事を相談した。さて、カンテラ・じろさんの出番である。
* 前シリーズ第137話參照。
【ⅴ】
とは云へ、相手が幻影では、剣でも斬れぬし、投げ・絞め技も効かない。思ひ余つたカンテラ・じろさんコンビ。と、じろさん、「あ、さうか!」-カンテラ「?」。じろさん、牧野をスマホで呼び出した。「フルか。今すぐ來い。場處? 『方丈』で水晶玉を見てみろ。きみなら『門前の小僧』で、出來る筈だ」。幻影の水智、蛟の本性を顯はにし、「三途の川」を悠々と泳いでゐる...
【ⅳ】
程なくして、牧野は現場に到着。「『龍』、ですか?」-こゝに至つて、カンテラにもじろさんの思ひ付きの要諦が分かつた。蛟は、龍を怖がるものなのである。龍は蛇形の物らの王なのだ。牧野、* 安保さん製作の「トランス藥」及び副作用止めを嚥み、一時的に忘我の狀態に- そして「龍」を吐き出した。蛟は慌てふためき、その儘川沿ひに逃げ出した。「龍」よ、追へ! 牧野の號令に依り、蛟を捕らへた「龍」。その幻影ごと、食べてしまつた。
* 前シリーズ第193話參照。
【ⅶ】
で、報酬は? 輪、「今年のお年玉、手を着けずに取つて置いたんです。尠ないですが、これを-」。10萬に滿たぬカネではお話にならないが、一味、輪の文字通りの「寸志」として、有難くそのカネを拝領した。因みに、實物の水智は、と云ふと、映画館の闇に紛れ、消え果てた。輪、戀を叶へるのは、まだまだ僕如きには無理なのだ、落胆と希望の入り混じつた、複雜な心境であつた。ぢはりぢはり、「ニュー・タイプ【魔】」逹は、カンテラ一味とその関係者逹の首を、眞綿で絞め上げるやうに狙つて來る。が、次回の杵塚のツーリングには、きつとトリシティに跨つた輪の笑顔が、見られる事だらう。悩むなら若い内が良い。つー事で、お仕舞ひ。
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〈きつと冬尻をからげる時も來る 涙次〉




