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偽り妃の後宮騒動  作者: 荻原なお


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第6話:拘束


「これは大罪である!」


 主人を愚弄され、またしても貴閃が吠えた。それに明鳳も続くのかと玉鈴が思い視線をやると、明鳳は怒りに顔をしかめながら何やら俯いて考えていた。


「男が妃と偽り後宮に居座るなど許される訳ない! 亜王様、武官を呼んできてすぐに獄に繋ぎましょう!」


 と玉鈴に近づくと腕を掴み捻り上げた。

 走る痛みに玉鈴が顔を歪ませる。背後からは豹嘉の悲鳴が聞こえた。蒼鳴宮付きの宦官、ぎょうの名を大声で呼びながら豹嘉が貴閃に殴りかかろうと腕を持ち上げる。

 それが視界に入り、侍女を止めようと玉鈴が口を開こうとするが、貴閃はその行動を犯行の意図があると判断したのか玉鈴の足を払い、床に頭を押し付けた。


「離れなさい!! この方が特別な方だという事、分かっているの?! いい加減にしてよっ! この豚が!!」


 豹嘉は貴閃の背中を力を込めて殴った。それと共に口から走る言葉は汚くなる。その声に重なる様にどたどたと廊下を走る足音が聞こえ、玉鈴は焦りに口を開いた。


「尭! 手を出しては駄目です!」


 背中を押さえられ、肺が圧迫され息苦しいが大声で入り口に向かって叫んだ。

 尭は無情を体現したような男だが、苛烈な一面もある。主人が床に頭を押し付けられ、妹は泣き叫びながら男を殴りつける光景を見れば怒りで貴閃を殺す可能性があった。

 それは防がなければならない。貴閃を殺しては打ち首は免れない。そうなると玉鈴の目的は潰れてしまう。約束を破ってしまう事になる。

 拘束された腕に力を入れ、拘束を解こうとするが見た目より貴閃の力は強い。どうしようか、と思考していると尭が房室に飛び込んできた。


「尭、やめなさい! 豹嘉を連れて離れなさい!」


 その双眸が怒りに染まるのを見て、もう一度玉鈴は声を出す。普段酷使しない喉が引きつり、思わず咳き込んでしまった。

 尭が凪いだ表情で剣を引き抜くのを見て、玉鈴の額に冷や汗が伝う。止めようにも喉が震えてうまく声がでない。

 焦りが募った時、


「いい、やめろ」


 明鳳が貴閃に静かに命じた。

 主人の言葉に貴閃は渋々だが応じた。尭も明鳳が亜王だと気づいたのか困った様な表情で玉鈴の顔色を伺った。

 腕の拘束が解かれた玉鈴は豹嘉の手助けもあり、ゆっくりと身を起こす。

 自身を見つめる四人を視界に入れながらカツカツと沓を踏み鳴らし、明鳳は玉鈴に近づいた。


「おい、柳貴妃」

「はい」


 赤くなった腕をさすりながら玉鈴は瞬きを一つ溢す。


「お前のいう通りだ。確かに先ほど、俺は怒りに我を忘れていた」


 玉鈴は両目を見張った。貴閃も驚きに口を大きく開いた。

 先ほどの暴君はどこに言ったのか、落ち着き払った態度で明鳳は喋り出す。


「柳貴妃は龍人。この亜国の守り人。お前の存在が亜国の危機を救ったのは知っている」

「それぐらいは知っていて当たり前ですわ」

「豹嘉、お黙りなさい」


 主人が褒められたのが嬉しいのか豹嘉が胸を張る。それを玉鈴は呆れた表情でとがめた。

 話の邪魔をされた明鳳はむっと唇を尖らせるが気持ちを落ち着かせるように深く息を吐くと玉鈴を見つめた。


「その侍女はお前の存在が後宮の平和も保っているといっていた。お前はこの後宮で()()()している? 俺はそれを知りたい。それを見極めて、お前の重要性を理解してから処遇を決める」

「分かりました」


 玉鈴は緩やかな動作で頷いた。


「亜王様、先ほどのご無礼をお許しください。寛大なるご判断、感謝いたします」


 拱手の礼を取り、深く頭を下げる。


「顔を上げろ。その女との話し合いに俺も同席させて貰う。構わないな」

「ええ、勿論です」


 玉鈴は顔をあげた。もう一度頷くと背後に控えている豹嘉と尭を見据えた。


「豹嘉、秋雪様のご案内を頼みます」

「……はぁい」

「尭、貴方は房室の準備をお願いします」

「……はあ」


 敬愛する主人の言葉でも、納得できていない二人はぞんざいに返事を返した。いつもは似ていないのに、こういう時は血の繋がりを感じる言動に、玉鈴は微笑ましいものを見るように両目を細めた。

 煩わしいものを嫌い、ゆっくりとした空気を好む玉鈴は静寂とは正反対な二人を好ましく思っていた。それは同郷のよしみか、歳下の彼らを弟妹とでも思っているからか自身でも分からない。失敗すれば死刑も免れないのに不思議なくらい心中は落ち着いている。豹嘉と尭を見て、笑いが溢れそうになる程だ。


「二人が準備を終わらせるまで僕がこの宮を案内します」


 にやける口角を明鳳と貴閃に見られない様に再度、羽扇で顔を隠しつつ、玉鈴はいつものゆっくりとした口調で二人に話しかけた。

 視界の端では困惑する秋雪が豹嘉に背を押されて房室から出て行くのが見える。

 しかし、そこに尭の姿はない。

 尭はどうしたのだろうか、と気難しい宦官を探すと彼は元いた場所で仁王立ちして、心底不満そうな眼差しで急な来客を睨んでいた。玉鈴の命令に従いたいが、主人に乱暴を働いた二人と共に残すのも嫌なのだろう。声には出さないが表情が全てを物語っている。

 その般若の様な表情に、落ち着いた明鳳が再度怒りだすのをいとうた玉鈴が早口で命じる。


「尭、行きなさい」

「しかし」

「大丈夫です。客人を待たせるなどあってはならぬ事です」

「……分かりました」


 納得できない表情で返事をすると尭が踵を返して房室から出て行った。背中には嫌々という文字が見えるが、きちんと役目を果たしに行ったのを見届けて、玉鈴は庭を指差した。

 廊下を挟んだ先には簡素な庭園が広がっている。


「準備が整うまでの間、庭園を案内します。そこは高舜様お気にいりの場所なのできっと気にいると思います」


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