第4話:柳貴妃
現れた佳人に明鳳と貴閃は言葉を失った。絹の上衣は目が覚めるような月白色。腰元で締められた帯に、幾重にもひだを作る長裙も同じく新雪のごとき白。肩には白蓮が咲く霞色の大袖衫を羽織っているが纏う本人の肌の白さも相まって一見すると雪の精に見えた。
神秘的な雰囲気に合う色合いではあるが亜国において白色とは弔いの色である。
——柳貴妃様はいまも先王様を想い、喪に伏しております。
いつだったか柳貴妃が会いに来ない事に腹をたてていた時、丞相は宥めるように言ってきた。その時は親族でもない、ただの一介の妃風情がそんな事をするわけない。建前だ、と考えていたが先王が病没して三年以上が経ち、服喪の期間はとうに去ったというのに柳貴妃が纏うのはれっきとした喪服であった。
「豹嘉。どうしたんです?」
佳人——玉鈴は間延びした声で腰に纏わりつく豹嘉に問いかけた。
「お帰りいただく様に伝えているのに帰らないのです」
先程の気丈さはどこにいった、と問いたくなるほど豹嘉は震える声で弱々しく訴えた。極限まで跳ね上がっている眉が悲痛に下がる。目尻には真珠の様な涙が浮かび上がった。
「申し訳有りませんが、お帰りください。ここは貴方様が来る様なところではありません」
玉鈴は小さくため息をつく。帯にさしていた羽扇を抜き取るとそれで門の方角を指差した。
その態度に貴閃が吠えた。
「亜王、明鳳様の御前にあるぞ!!」
怒りに玉鈴はしらけた様子で「はあ、そうですか」と扇子で口元を隠した。
その態度は国の主人を迎える態度ではない。主君が訪れたのならば長揖の礼を取り、頭を下げて迎えなければならない。話すのも主君である明鳳が許さなければ口を開いてはいけない。
それなのに玉鈴は言葉こそ丁寧だがぞんざい過ぎる態度で接する。
貴閃は先程の怯えからは予想ができない勢いで「無礼者」と口を開くと少し離れた場所にいる明鳳を見た。荒々しく子供っぽい明鳳がこの無礼な態度に怒らないのが不思議でならない。視線の先では明鳳は驚いたまま、震える指先で玉鈴を指差している。
「明鳳様、どうなされました?」
震える主人を心配して貴閃は駆け寄った。
「お」
明鳳は小さく言葉を漏らした。
「「お?」」
貴閃と豹嘉の声が重なった。それに豹嘉は不服そうな表情をした。
「男ではないか!!」
明鳳は大声を出すと顔を青くした。
視線の先には玉鈴。指先は彼女の絶壁。確かに胸はないし、背も高い。肩幅もある。腰のくびれは他の麗人と比べれば肉付きはいい。声も低く、冷徹な美貌は中性的だ。
けれど、ここは後宮だ。女の園である。
男は象徴を去勢された宦官しかいない。先王に男色の趣味はない……はずだ。
「いえ、その筈は。ここに勤める宦官ではありませんし」
震える声で貴閃は否定する。貴閃は大長秋と呼ばれる宦官で最も高い地位の職に就いている。万人にも登る宦官、全ての顔を覚えているわけではないが、この様な片目が金色の佳人を見れば忘れるわけない。
言われてみれば男にも見える、と貴閃は思ったが主人の妃であるのだと言葉を飲み込み、意味の分からない言葉で補った。
「ええ、僕は男です。それがなにか?」
否定せず、何を今更という表情で頷いた。
「今すぐ獄に繋げ!」
明鳳は叫ぶ。その声に貴閃が強張った表情で駆け寄ると玉鈴の腕を乱暴に引っ張った。
玉鈴は驚きに両目を瞬かせるがさして抵抗もせず、腰にひっつく豹嘉の腕を解くとその背を押して自分から離す。
「やめなさい!」
豹嘉が目尻を釣り上げ、玉鈴の腕を掴む貴閃の腕を殴りつけた。女人の細腕でも何度も殴られれば痛みはある。苛立ちに貴閃はこめかみに青筋をたてると空いてる腕を振りかぶった。
玉鈴がはっと息を飲む。振りかぶる腕の目下には豹嘉がいる。貴閃が豹嘉を殴る前に玉鈴は拘束を解くと豹嘉の前に躍り出た。




