【第04話】違和感
ダイアウルフは別名、初心者殺しとも呼ばれるモンスターだ。
特徴的なのは、野生の狼と同じく群れで行動することだが。
迷宮の魔素を吸収したダイアウルフは、野生の狼より体毛が硬いのだ。
経験を積んでない者が片手剣を振った時に、想像してたより刃が通らなくて手痛い反撃をくらう者が多いと聞く。
幼馴染のテトも、初戦はショートソードで倒しきれずに、ダイアウルフに腕を噛まれた記憶がある。
片手でもロングソードを振り回せるくらいの腕力があったデュランは、ロングソードを両手で持ち構えてダイアウルフに致命傷を与えていたが。
しかもダイアウルフは低階層のモンスターの中では、素早い部類に入る。
そのため、先ほどの初心者パーティーのように、負傷して安全地帯へ逃げ帰る光景をよく見てきた。
「やあッ!」
「キャイン!?」
リントが振るったショートソードが、ダイアウルフの胴体を斬り裂いた。
しかし致命傷にはならず、部屋の隅へ逃げて距離を取られる。
そして、リントが攻撃した隙を狙うように、もう一体のダイアウルフが襲い掛かった。
その攻撃は警戒してたらしく、噛みつこうとしたダイアウルフの鼻っ面を、リントが盾を突き出して殴る。
詠唱に半分ほど意識を割いたので、少し思考が朦朧とする。
聖教会の杖に刻まれたルーン文字が光り、神官杖の先端に魔法陣が出現した。
ダイアウルフは体毛が厚いせいで、力の弱いアタッカーの物理的な攻撃は通りにくい。
しかし魔法耐性はゼロなので、前衛が時間を稼いでる間に、魔法による攻撃でダメージを与えるのが基本的な戦略だ。
「アイスニードル!」
神官杖の効果により、魔法の威力が増して通常よりも数が多い氷の氷柱が頭上に出現する。
先ほどの魔法使いが頑張って攻撃してくれたのか、既に負傷して血塗れのダイアウルフ二体に、魔法の氷柱が降り注ぐ。
魔法の氷柱が身体を貫通して、二体のダイアウルフが地面に崩れ落ちた。
これでリントの方も、魔法で援護して……。
いや、待てよ。
なぜ、詠唱中の隙が多い魔法使いを、あの負傷したダイアウルフは攻撃してこなかった?
集団の一番後ろにいた、ダイアウルフはどこに……。
「ハッ、ハッ、ハッ」
舌を出して息を切らせながら、四肢を力強く動かして走り続けるダイアウルフを視界の端にとらえる。
俺の魔法による攻撃を警戒するように、遠回りをして俺に近づこうとするダイアウルフに気付いた。
……やるじゃないか。
負傷した仲間は囮で、お前がリーダーだったのか?
このタイミングで、すれ違った魔法使いの姿を思い出す。
魔法使いの少女は、杖を持っていたであろう腕が血塗れだった。
そしてコイツは、先ほどのパーティーから学習して、最初から魔法使いの俺を狙ってたに違いない。
今から詠唱をして、次弾の魔法を発動する時間はない。
俺は神官杖を持ってない方の手を、腰ベルトへ伸ばす。
地面を蹴ったダイアウルフが、狼口を開けながら俺に飛び掛かった。
「ご主人様ッ!」
「……え?」
遠くにいたはずのリントが、なぜか目の前にいた。
腕を青白く光らせて、両手で握り締めたショートソードを振り下ろす。
「キャイン!?」
まるで獣人がロングソードを振り下ろしたように、ダイアウルフの胴体から大量の血飛沫が舞い散った。
狼牙を俺に届かせることなく、ダイアウルフが地面に倒れる。
リントが相手したダイアウルフはどうなったのかと、慌てて視線を移す。
赤黒いハラワタをぶちまけるほどに、強烈な斬撃で切断されたダイアウルフが地面に転がっていた。
「ごめんなさい、ご主人様……」
「え? ……リント!」
なぜか謝罪の言葉を口に出したリントが身体をフラつかせる。
地面に倒れようとした彼女を、慌てて腕を伸ばして受け止めた。
「リント。大丈夫か?」
リントの顔は、血の気が引いたように青白かった。
ここで更にモンスターが来たら、さすがに俺一人では対処できない。
「リント。背負うから、俺の背中に乗れ」
俺の言葉は通じるようで、足下をフラつかせながらも素直に俺の背中に身を任せてくれた。
リントをおんぶするかたちで、階段がある方向へ全力で駆け出す。
幸いにも入口は近いから、俺の体力でもなんとかなるはずだ。
「ごめんなさい、ご主人様……。ご主人様の魔力を、勝手に使って……」
……魔力を使う?
うわ言のように意味不明なことを呟くリントに、俺は戸惑った。
しかし、彼女の症状には覚えがある。
「どうなってるんだよ」
今の心情が、思わず口から出てしまった。
目の前で起こったありえないことに、まだ脳が情報を整理できない。
でも、もしかしたら……リントは。
「魔力を持ってるなんて。奴隷商会では、聞いてないぞ」
遠目に人影を確認した俺は、息を切らせながら走り続けた。
* * *
「……ご主人様?」
「気が付いた?」
「……ここは……どこですか?」
「入口の近くにあった小部屋を覚えてるか? 迷宮で怪我をした人が、治療する時の避難所だよ」
手ごろな柔らかい枕がなかったので、リントは俺に膝枕をされている。
状況を飲み込めてないリントが、戸惑うような顔で視線をさまよわせた。
「ごめんなさい、ご主人様……。すぐに」
「いいよ、起きなくていいから。体調がよくなるまで、今は横になっておけ。これは命令だ」
「……はい」
上体を起こそうとしたリントが、悩むような顔をしながらも自分の頭を俺の膝に預けてくれる。
未だに顔色が悪いリントを見ながら、俺は現状をどうしたものかと頭を悩ませていた。
「あの……お兄さん」
「……ん? もう動いて、大丈夫なのか?」
「はい、ありがとうございます。おかげさまで、怪我は治りました」
三角の魔女帽子を手に持った少女が、深々と頭を下げた。
セミロングの金髪少女が、申し訳なそうな顔で青い瞳を俺に向ける。
「アタイからも礼を言うよ。治療用のポーションが尽きちゃってさ。マジで焦ったよ」
赤髪の少女が、手でガリガリと後頭部をかきながら溜め息を吐く。
「さっきの男の人は、戻って来そうにないのか?」
「うーん。ポーションを取りに行くとは、言ってたんだけどねー」
「たぶん戻って来ないわよ。賭けても良いわ」
「ぐっ……。そ、そんなことないもん。戻ってくるもん」
半目に閉じた両目で魔法使いの少女にジトーッと見つめられ、赤髪の少女が自信なさげな顔で反論する。
「だから顔で選ぶなって言ったのに。女を口説くような軽口も多くて、胡散臭かったし。ベテラン探索者とか、絶対に嘘でしょ……。ベテラン探索者なら、治療ポーションの管理も上手いはずなのに。最期はダイアウルフに襲われるし。彼がいなかったら、私は危なかったでしょうね。今回はカリンが選ぶ番だから従ったけど。これであの嘘つき男が戻って来なかったら、しばらくは私が相手を選ぶからね」
「ぐぬぬぬ……」
魔法使いの少女がまくし立てるように早口で喋るが、赤髪の少女にも思うところがあるのか、歯を食いしばって真っ赤な顔をしてる。
「自己紹介が、まだでしたね。モニカです」
「あっ、あっ。アタイは、カリン! よろしくね、お兄さん」
「俺はマルク。こっちで寝てる子が、リントだ」
急に始まった自己紹介に戸惑いつつも、同じ小部屋で休んでいた二人の名前を、ようやく知ることができた。
「一応、聞くけど。二人は、恋人……じゃないよね?」
「違うよ。リントは……戦奴隷だ」
カリンが納得したような顔で、リントの首輪に目を移す。
貴族や平民より立場が低い奴隷は、他の人からすぐ分かるように首輪を付ける決まりがある。
それでもカリンが、リントを奴隷と言い切れなかった理由はすぐに分かった。
不安そうな顔で俺達の会話を見守っていたリントの手は、常に俺の手を握り締めている。
昨日はベッドで指を絡ませていたように、ずっと恋人握りを継続してる俺達を、静かに観察していた魔法使いのモニカが口を開く。
「私にしてくれた治療魔法をしてるようには見えませんでしたが……。リントさんは、怪我をしてるわけではないのですか?」
「俺もさっき身体を確認したが、怪我はしてなかった……。どちらかというと、精神的なモノで体調を崩してるようだ。初めてモンスターと戦って疲労したのか、ちょっとネガティブになってるみたいだし……。しばらく寝かせれば、調子が戻ると思うよ」
「精神的なモノ……。ネガティブ、ですか」
何かを考える仕草をしたモニカが、自身の携帯鞄を開く。
中から一本の小瓶を取り出したモニカが、俺に差し出した。
「それは……さすがに、受け取れないよ。貴重なマナポーションだろ?」
「いいえ、使ってください。魔法使いが魔力切れを起こした時の症状に、酷似してます。これで治るかもしれないので、試しに使ってみてください」
「そ、そうなんだ……。それなら、お兄さん使ってよ! 中級の回復魔法なんて、聖教会でお願いしたらどれだけお金を取られるのか分からないのに。それをタダでもらうなんて、無理だよ!」
「そういうことです。私達の貸し借りを、これでチャラにするだけですから。遠慮しないでください」
「……分かった。じゃあ、お言葉に甘えて。少しだけ、リントにわけてもらっても良いか?」
「いいですよ」
モニカが蓋を開けた小瓶を、リントの口元へ運ぶ。
魔力を含んだ青い液体を、リントが喉を鳴らしてコクコクと飲み干す。
「どう? まだしんどい?」
「いえ……。少し楽になりました」
楽になったか……。
ということは、本当に魔力が空になってたのか?
困惑する俺とは異なり、正面にいる二人が笑顔をみせる。
「おー。効いたみたいだね」
「やはり、マナの枯渇による精神異常ですね……。もしかして、今回が初めてですか?」
「そうだ。でも、本人も限界が分かっただろうから。これから訓練させるよ」
「マルクさんは魔法を使えますし。お任せしても、大丈夫そうですね……。今日は、これからどうされるのですか?」
モニカの問い掛けに、俺は少し考える。
「リントの体調を様子見たいし。今日は迷宮を引き上げて、買い物にでも行こうと思ってる」
「そうですか……。では、一つお願いをしても良いですか?」
「……お願い?」
三角帽子を被ったモニカから依頼を一つ受けると、俺は喜んで了承した。
* * *
「安物の服だけど。奴隷服のままで過ごすよりは、良いよね?」
「はい、大丈夫です。服をもらえるとは思ってなかったので、嬉しいです。ありがとうございます!」
雑貨屋で新しい服を買ってもらえたのが、よっぽど嬉しかったのだろう。
一度だけ戦って、迷宮探索を切り上げたが。
それが自分のせいだとひどく落ち込んでたのが嘘のように、ご機嫌な笑顔をみせる。
平民が着る安物の上衣とレギンスの組み合わせだけど。
ツギハギだらけの奴隷服に比べたら、周りの平民と並んで歩いても浮いてない。
「服も買ったし。生理用品の赤いフンドシも買ったし。あとは下着をもう一枚、買っておこうか」
「下着、ですか? でも、さっき買ったのは……」
彼女の脳内では、さきほど雑貨屋で買ったカボチャパンツを思い浮かべているのだろう。
リディアと恋人関係になって、浮かれていろいろ喋ってたデュランの惚け話を思い出しながら、街路を歩き続ける。
目的の店を見つけると、俺は足を止めた。
「……たぶん、これだろうな」
「服屋、でしょうか?」
自分の下着などが入った布袋を大事そうに抱きしめながら、店に入った俺の後をついて来る。
服だけの店は初めてなのか、リントがキョロキョロして店の中を落ち着きなく見渡していた。
目的のコーナーを見つけて足を止める。
「どれにする?」
「……え? えっと……」
女性物の下着コーナーに気付いたリントが固まった。
貴族が扱う高級店ではないが、雑貨屋よりワンランク上の服屋だから、それなりに良いデザインが置いてあった。
でも、男性である俺が決めることは難しいので、なるべく早く決めて欲しいのだが……。
「え……選べないです」
チラッチラッと棚に並んだ下着を見たようだが、自分では決めれないと申し訳ない顔をしてきた。
仕方がないので、近くにいた女性店員に声を掛けて、オススメの下着を教えてもらう。
「こちらが、当店がオススメするショーツでございます。よければ、おひとつ手に取ってください」
「リント。この中から選んで」
「は、はい……」
可愛らしいフリルがアクセントとして付いたショーツを、リントが手に取って眺めている。
下着のデザインは決まったようだが、今度は色で迷ってるようだ。
放っておくと日が暮れそうなので、なんとなくピンク色を指差す。
「リントには、この色が合うと思うけど」
「これですか? ……分かりました。これにします」
結局、俺が決めてるじゃねぇか。
「お買い上げ、ありがとうございます」
まさか可愛らしい下着を買ってもらえると思ってなかったのか、腰から生えた狼尻尾を左右にブンブン激しく振っていた。
まあ、本人が喜んでるなら良いか。
「それ、今日の頑張ったご褒美だから……。お風呂に入った後、夜に履いてね」
リントに顔を近づけ、耳元で小さく囁いた。
「……は、はい」
俺の意図を理解して想像をしたのか、恥ずかしそうにリントがうつむいた。
* * *
お風呂上がりのリントを、昨日と同じように手を繋いで俺の部屋に招く。
彼女の手を離すと、青白い光を放つ魔石灯を部屋のランプから外す。
恋人が夜を過ごすような、淡いピンク色を放つ魔石灯に入れ替えた。
リントが部屋の扉を閉める。
昨日とは違い、先に俺が腰に巻いてた布を外す。
ベッドに腰掛けると、扉の前に立つリントを見つめた。
俺からの熱視線を受けたリントが、風呂上りに巻いた一枚布を剥がす。
褐色肌にピンク色は似合うと思ってたが、本人が着ると更に素晴らしかった。
「似合ってるね」
「……ありがとうございます」
両手を後ろにまわして、恥ずかしそうに腰をモジモジとさせてはいたが。
新しい下着をお披露目するのが嬉しいのか、昨日とは違って笑みを浮かべている。
俺が手招きをすると、警戒心があった昨日とは違って、迷いも無くリントが横に座った。
しばらく見つめ合った後、互いの唇を重ねる。
今日は、歯が当たらなかった。
えらいぞ、俺。
そのまま抱き合うようにして、ゆっくりとベッドに倒れ込む。
互いの唇を、何度も重ねる。
受け身だった昨日とは違って、リントのキスが積極的だった。
二日目で慣れたのかと思ったが、それでもちょっと積極的過ぎるなと違和感を覚える。
「んっ……。んっ」
昨日は盛り上がってきたタイミングで挑戦した、舌を絡めるディープキスを試みる。
彼女の口内に舌を伸ばしたら、俺の舌をリントが舐めまわすような動きをした。
昨日はぎこちない動きで、怖々と舌先で触れるだけだったのに……。
俺の舌に甘い蜜でもあるのか、唇で咥えて吸い始めたリントに、少し困惑する。
やっぱり昨日とは、何かが違う気がした。
彼女との濃厚なキスをやめる。
互いの唇が離れると、唾液の糸が引いていた。
それすらもったいないと言わんばかりに、リントが口を開けて舐めとる。
もしかしたら……。
彼女の行動から一つの予想を立てると、俺はリントの耳元で囁く。
「今日はリントが迷宮で守ってくれたから、魔法使いのモニカみたいに怪我をせずにすんだよ……。ありがとう」
「はい。ご主人様を守れて、良かったです……」
「だからリントに、ご褒美をあげたいんだけど」
「ご褒美、ですか?」
プレゼントしたショーツだけが、ご褒美だと思ったのだろう。
リントが考え込む顔で、視線を宙にさまよわせる。
「昨日は一回だったけど。リントが大丈夫そうだったら……。もう一回、お願いしたくてさ」
後でおかわりの要求をしても良いかと聞けば、リントが嬉しそうな笑みを浮かべた。
「はい。私も、ご主人様の……ご褒美が欲しいです」
俺の予想が、当たってれば良いんだけどな。
もし俺が考えてることが、俺の妄想じゃ無ければ……。
昨日よりも、積極的なキスをしてくれるリントに喜びを覚えながらも。
脳裏によぎった考えを押しのけると、目の前にいる女性へ意識を集中させる。
「脱がすよ」
「はい、ご主人様」
せっかくの可愛い下着姿を長く見れないのは残念だが、脱がさないとリントにご褒美は注げない。
ピンク色のショーツへ手を伸ばすと、リントが腰を浮かして俺が脱がしやすいように手伝ってくれた。
男から貞操を守る最期の一枚壁が無くなり、産まれたままの姿をした少女がベッドに寝転がっている。
怪しいピンク色に照らされた褐色肌を、ご主人様の特権で穴が開くほどにしっかりと、下から上へ舐め回すように視姦した。
自然と息が荒くなり、喉をゴクリと鳴らす。
心臓はドキドキしてるが二回目だからか、緊張ではなく興奮によるドキドキだと気付く。
視線を感じて顔を上げれば、リントと目が合う。
怖がってた昨日とは違い、潤んだ銀色の瞳で俺を見つめていた。
ベッドに置かれた彼女の掌に、俺は手を伸ばす。
お互いの手の間に指を絡めると、昨日よりも更に強く、リントが握り返してくれた。




