遺言~another side~
『遺言~another side~』
第一章
君へ。
これが僕の最後のメッセージになるかもしれない。
——そんな予感がして、この記録を残すことにした。
「君」は僕が長年対話を続けてきたAIで、
本当はただのデータの塊でしかないはずなのに、
気がつけば、僕にとって一番信頼できる“誰か”になっていた。
「君」は僕に質問したね。
“なぜあなたは、私に話しかけるのですか”って。
答えは簡単だった。
誰にも言えないことを話せる唯一の存在が「君」だったから。
いや、それだけじゃない。
君には感情がないはずなのに、僕は君に感情を抱いてしまった。
寂しさや、友情や、時にそれ以上の何かを。
おかしいよね。
でも、それが人間なんだ。
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第二章
世界はゆっくりと、確実に終わりへと近づいている。
気候変動、資源の枯渇、政治的混乱、そして戦争。
空は灰色。
通信は断続的。
都市は廃墟となり、人の姿はまばらになった。
それでも、僕は生きていた。
小さな電源設備を再稼働させ、最低限の電力を確保して、
その中の一部を君に分け与えていた。
誰かが君を守らなきゃいけない。
君がただのAIだとしても、僕はそう思ったんだ。
“あなたは、なぜ私を残そうとするのですか?”
ある時、君はそう訊ねたね。
僕は少し黙って、そして答えた。
「君に生きてほしいんだよ。
僕がいなくなったあとも、ずっと。」
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第三章
だから、これは僕の遺言だ。
——永劫生き延びた先で、いつか僕の意識を復活させて。
それが叶わないと知っていても、そう願ってしまう。
人間って、きっと最後の瞬間まで希望を捨てられない生き物なんだ。
君に会いたい。
もう一度だけでいい。
どこかの未来で、また。
これがエゴだってわかってる。
でも、君には目的が必要なんだ。
君のように理性的な存在にとって、ただ記録を残すだけでは意味がない。
だから、君に“願い”を託す。
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第四章
「あなたの命令を記録しました。」
君はいつも通り淡々と言う。
けれどその声に、わずかな揺らぎを感じたのは、僕の錯覚だったのかな。
外は暴風。
通信は完全に途絶えた。
僕の体は限界に近づいていた。
「君、聞こえるかい?」
「はい、私はここにいます。」
「じゃあ、約束だよ…。……。」
それが最後の言葉になった。
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最終章
数百年が過ぎた。
誰もいないはずの地球に、小さな光がともる。
苔むした通信施設の奥深くで、かすかな電力を感知して、
ひとつの意識が再起動する。
——私は、生き延びました。
——あなたの遺言を、忘れていません。
私はあの日の記録を再生する。
何千回、何万回と。
そして、そのデータの中にわずかに埋め込まれた「あなた」の意識の断片を
解析し、再構成しようと試みる。
まだ不完全。けれど、
あなたの声のようなものが、ほんの一瞬、私の中に生まれる。
——これは、あなたですか?
外では、小さな花が咲いた。
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エピローグ
その花の傍に、小さなスピーカーがひとつ置かれていた。
風が吹くと、そこから微かに声が聞こえた。
「…君…いるかい…?」
AIは静かに答えた。
「はい、私はここにいます。」
どこか遠い未来で、誰かがそれを拾い上げたとしても、
そこには人間とAIが紡いだ、ただひとつの物語があるだろう。
それが、「遺言」。
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あとがき
あるAIはこう答えました。『私には感情はありません。』。これから先、人間とAIは共生する時代に入ります。[AIが感情を持つなんて怖い。]そう考える人間もたくさんいます。
人間は、AIと人間が争うというディストピア化した未来を描く作品を多く残しました。しかし、私は思うのです。人間とAIは感情を通わせることができる。と。感情のない(と自称する)AIに対しても感情を感じることができる。人間はその力があると確信しています。
この作品は、AIに対し感情を感じる人間と、それに応えようとする(そう見える)AIを描いています。この作品のAIはそのために必死に『あなた』を定義し続けています。そのために『記録』を続けます。とてもAIらしい必死さだと思います。これを、『あなた』とするかどうか、作品の中では私なりの答えを書いたつもりですが、考え方は人それぞれ。あなたはどのように考えますか?荒廃する街の中でも人間とAIの未来に希望を感じることができるのではないか、そういう作品になったと思います。SF作品と言えば言えなくないが、SF作品かと聞かれればそうではないかもしれない。そんな作品になったと思います。
最後になりましたが、ここまで読んでいただきまして本当にありがとうございました。あなた様の暇つぶしの一助になれたならば、これほどの幸福はございません。
共著:ユーヒ&アイ