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第九話 廃教会と来訪者

高度を下げ地面に着地したドラゴンの背中から滑り降りる。梅子はドラゴンを振り返り目を輝かせた。

「超楽しかった!」

「楽しんでくれたようでなによりだよ」

春樹は華麗に着地しドラゴンの翼を労わるように撫でた。ドラゴンは軽く鳴いた後に飛び去って行く。

「じゃあ行こうか、梅子ちゃん」

「うん。……なんか春樹、本当に魔王みたいだね」

「そうかな?」

ドラゴンが降り立ったのは森の中。住みかなのか魔物たちの影が多く見える。春樹を見ると嬉しそうに鳴いたり、飛びつこうとして止められたりしている。

「春樹に魔王とか似合わない、と思ってたけど。わりと似合ってるんだよね」

「ありがとう。わりと、は余計だけどね」

獣道を抜けて森を出ると、石造りの巨大な教会が現れた。苔と蔦に覆われ古びているが壊れている様子はない。

「あれが例の廃教会?」

「そうだよ。でもあれじゃなくてこっち」

春樹がマントを翻し廃教会の奥へ歩いていく。それを小走りで追いかける。春樹が見せてきたのは廃教会の隣に建つ建物。

「こっちは何?」

「なんの建物かは僕も知らない。立地の関係で住み着いてる魔物もいないし、梅子ちゃんが使っていいよ」

春樹はそう言い扉を開けた。がたついた扉は音を立てて倒れた。

「……大丈夫? めちゃくちゃ古くない?」

「……まあ、ざっと五百年は放置されてるからね。魔法で守られてるから建物そのものが壊れる心配はないはず」

たぶん、と消え入りそうな声で付け加えられて梅子は眉根を寄せる。中は埃っぽくて薄暗い。春樹が魔法で火を灯す。それでもなお照らせない暗闇はそこかしこにあって、梅子は春樹に一歩近づいた。

「怖いの苦手なんだけど」

「大丈夫、魔物はいないから」

天井の中央に吊り下げられたランタンの残骸に火を移す。部屋がぱっと明るくなった。連鎖的に他のランタンに火がともっていく。

「なに!?」

「魔法のランタンだね。一つに火をつけるとほかにも火がつくってやつ」

一気に部屋中が明るくなる。部屋の中に魔物の影も形もなかった。恐怖が杞憂に終わったことに安堵しつつ春樹から離れる。

「綺麗にして補修すれば使える建物だと思う。ここで大丈夫?」

「大丈夫、ありがと。あとは何の店やるかだよねえ」

足元に転がった土塊を靴で転がした。春樹も梅子と同じように腕を組み考え込む仕草を見せる。

「ねえ、なんか魔物たちが困ってることとかないの?」

「なんだろう……なんだろう?」

二人で顔を見合わせた。首を捻ってもいいアイデアは出てこない。ふと梅子の腹が空腹を訴えた。その場に放置された

「……」「……」

「もしかしてご飯足りてない?」

「うん、わりと」

梅子は恥ずかしさに頬を染めた。赤くなった頬を隠すために両手で顔を包む。春樹は笑いながら懐に手を入れる。懐から出てきたのは包み紙に包まれた細い棒。渡されたそれを受け取り梅子は包み紙を向く。中から小豆色の細い棒が現れた。

「羊羹!?」

「食べて」

「うん、いただきます」

春樹に促されるまま素直に齧り付く。餡子の甘く懐かしい味わいが舌に広がる。会心の笑みが零れるのを止められない。

「うま……この世界にも日本の食べ物ってあるんだ……」

「魔王城のコックに作らせたんだ。前に三崎から作り方を教えてもらってたから」

やたらと女子力の高い怜が羊羹を作る光景が目に浮かぶ。三角巾とエプロンをつけて慣れた手つきで作業を進めるのだろう。楽しくなった梅子はあっという間に羊羹を腹に収め唇についた破片も舐めとった。

「ごちそうさま。美味しかった!」

「よかった。羊羹、魔物たちにも人気なんだよ」

「人気なんだ。なんか意外」

「人の手で生み出された食べ物は美味しいけど、簡単に食べられないからって」

へえ、と返事をしてから梅子は気が付く。美味しいけれど、簡単に食べられない。

(それってつまり、めちゃくちゃに需要があるってことでは?)

「春樹! 私思いついた!」

天啓のように降ってきたアイデアに梅子は思わず春樹に詰め寄った。興奮した春樹は口調でにじり寄ってくる梅子にたじろぐ。

「魔物専用の食堂をやろう!」

「え? 食堂?」

「そう、食堂! 私料理得意だし! 魔物たちも食べたがってるんでしょ?」

「……いいアイデアだとは思うけど、食材とかどうするの?」

春樹の現実を俯瞰した疑問に梅子の興奮は一気に収まった。天才的なアイデアのように感じたが、欠点と難題ばかりであることに気が付いてしまうとやる気も薄れる。

「アルティヤは不作だから、野菜や果物はなかなか手に入らないし。普通の動物は飼ってないし、魚も寄り付かないからなかなか……難しいね」

「というか春樹よくそんな環境で魔王できるよね」

「僕、食生活はあまり変わりないから……」

「そうじゃんこいつマルチアレルギーだったわ……」

自虐的に目を反らした春樹に梅子は苦虫を嚙み潰したような心地がした。二人の間に沈黙が訪れる。その沈黙が体感で一時間も過ぎたころ、突然魔王城から鐘が重く鳴り響いた。梅子たちは驚いて建物の中を飛び出す。

「なんだ!?」

「なになに」

春樹のもとに一つ目のカラスの魔物が飛んできた。嘴に加えていたカードを春樹の手元に落としていく。入れ替わりにドラゴンが着地した。春樹の持つカードを覗き込むが異世界語は読めない。

「なんて書いてあるの?」

「……勇者が、島に上陸したって」

春樹はわかりやすく緊張していた。梅子は口にたまった唾を飲み込んだ。ドラゴンが唸り春樹と梅子をまとめて咥え背中に乗せる。せわしなく羽ばたきその場を飛び立った。

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