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第八話 魔国でできること


「で、仕事を始めたいんだ?」

その日の昼、執務室になんの断りもなく突撃してきた梅子の訴えを、春樹は嫌な顔一つせずに聞いていた。食後の紅茶が入ったカップをソーサーに置いて、組んだ足の上に手を乗せる。

「でも魔王に仕えるのはかなり嫌だしー」

「それちょっと傷付くなあ……」

「それに魔物と働くのはちょっとさ、ね?」

ああ、と春樹もきまりの悪そうな表情をした。菫色の瞳が執務室の大窓を覗き込む。その奥にはベランダがあった。

「流石に昨日ボコしたばっかりのやつらと働くのは気まずいって」

考え込む春樹に梅子のぼやきは聞こえていない。春樹は島の全体図とにらめっこしている。魔王の執務室をはたきで掃除していたシャドーが三角巾を外しながら二人を振り返る。

「島の南なら店を開ける建物があります。そこはいかがですか」

「南……ああ、廃教会のあたりだね。あそこなら綺麗な建物もあるかも」

「なになに?」

「南側は昔、人間の集落だった頃があってね。その時の建物があるんだ」

島の地図の南には確かに建物のような四角形が描いてある。梅子は執務室の文机に頬杖をついた。

「昔ってどれくらい?」

「初代魔王の時代より五十年ほど前ですね」

シャドーが補足した。はたいていた本棚から一冊の本を抜き出す。本をさっとめくり一枚のページを梅子に見せてくる。

「これなに?」

「初代魔王様の日記です」

(日記勝手に見られるの、かわいそ)

心の中で初代魔王に謝りながら日記を受け取った。流れるように綴られた文字を読み上げていこうとするが、読めない。日本語でもアルファベットでもない未知の言語に首を傾げる。

「ねえは……魔王、これ日本語じゃないの?」

「え? ああ、そっか。初代の魔王はこの世界の人間だから日本語は使ってないんだ。シャドー、読んであげて」

「かしこまりました」

シャドーの低い声が明瞭に日記を読み上げ始めた。梅子は文机に寄りかかり聞く体制になる。


「まだ私が幼い子どもであったころ、この国には集落があり、人間が住んでいた。あの恐ろしい災禍に集落は滅び、魔物はこの島に閉じ込められた。いつか彼らを救ってくれるものが現れることを願って、私は魔王となりこの地を未来につなぐ決意をした」


「なんか重要そうなことがたくさん書いてあるのはわかるんだけど、大事なことが何一つわからないんだけど」

「必要とあらばお教えしますが」

シャドーが眼鏡越しに視線を合わせてきた。

「シャドーは初代の時代から魔王に仕える古参の魔物なんだ」

「じゃあもうおじいさんってこと?」

「失礼ですね。私は吸血鬼ですから年は取りませんよ」

「おーっ、すごい!」

梅子の無邪気な笑い声にシャドーはこめかみを抑えた。手に持っていた日記帳を閉じて本棚に戻す。

「それで、アルティヤに何があったのさ」

「……説明したいのはやまやまですが日没まで時間がありません。魔王様、廃教会をウメコ様に見せてきては?」

「そうしようか。梅子ちゃん、出られる?」

春樹は文机から立ち上がり指を鳴らした。シャドーが大窓を開け放つと、遠くからドラゴンの咆哮が聞こえた。

「え?」

大窓のすぐそばに黒い鱗のドラゴンが現れた。金色の目が梅子と春樹を捉える。

「やあ。南の廃教会まで連れて行ってくれるかな」

「春樹、お前乗り物ドラゴンなの!?」

春樹はベランダの柵に足をかけドラゴンの背中に乗る。その背中には手綱が付けられていた。春樹に手を差し出され、梅子も背中に乗った。

「じゃあシャドー。少し行ってくるよ」

「行ってらっしゃいませ。夕餉の準備をしておきます」

シャドーにお礼を言うと春樹はドラゴンの手綱を引いた。ドラゴンは哭き、翼をはためかせる。

「うわっ!」

灰色の空を我が物顔でドラゴンは飛んでいく。グリフォンの群れを抜き去り、カラスの魔物の集団を突っ切る。

「すっご……ドラゴンとか初めて乗った!」

「しっかり掴まってないと落ちるよ!」

ドラゴンがさらにスピードを上げる。遠くなっていく魔王城に梅子は笑みをさらに深くした。







「女王陛下、ナイカ殿より報告です。案内は無事遂行されました」

時を同じくしてステラシア国の王城。玉座でゴブレットを傾けた女王は学者に薔薇色の鋭い瞳を向ける。

「これで七人目。いつになったら本当の聖女はやってくるのかしら」

「も、申し訳ありません。研究を重ねていますが、その……とても難易度の高い魔法でして」

学者は焦ったように女王に頭を下げる。腰を折れてしまいそうなほど曲げ汗をだらだらと垂らす。女王はそれに嘆息した。

「いいわ。くれぐれも、間違って召喚された者たちを不当に扱わないようにね」

女王は玉座から立ち上がり、学者の横を通り過ぎる。

「どちらへ?」

「少し休むわ。一刻後に戻る」

「……かしこまりました」

女王が玉座の間を出ていき、扉が閉まる。学者はその場に座り込んだ。

廊下を闊歩する女王に城の者たちは次々頭を下げた。玉座の間よりも奥にある私室に入り、後ろ手で扉を閉めた。鍵をかけ、その場でマントを脱ぎ捨てる。纏っていたコルセットもドレスも取り去り、ティアラを外しケースの中にしまう。

「はあ……」

ワードローブの隠し収納に仕舞い込んでいたシャツとスカートを取り出す。ウエストをティアラのために結い上げていた髪を解いて下ろす。そして魔法を使い、本棚の位置をずらした。その後ろには隠し通路がある。女王はなんのためらいもなくその隠し通路に飛び込んだ。

城の栄華のかけらもない石のみの通路は城下町の運河に繋がっている。頬に落ちた雫を袖で拭い、終点の木の扉を押し開けた。出っ張りに足をかけ塀を登る。登りきるとそこは薄暗い路地。それを走って駆け抜けると人々が行き交う広場に出た。その広場に面する大きな修道院。女王はその扉を叩く。

「ごきげんよう、女王陛下。またお城を抜け出してきたの?」

設置された長椅子に腰かけた修道女の一人が女王に声をかけてきた。

「女王と呼ぶのはやめて、ドロシス」

「ごめんごめん、ソフィア」

修道女のドロシスは半笑いで立ち上がり、教会の外に箒を掴んで出ていく。女王はそれに無言でついていった。

「そういえば、この間聖女集会があったのよね。どうだった?」

「今回も聖女ではなかったわ」

「そう。大変ね、王族というのも」

ドロシスは教会の前にたまった落ち葉を掃除し始めた。女王は広場の中央にそびえる針葉樹の大木を見上げた。落ちてきた枯れ葉が肩について、それを一瞥もせず払い落とす。

「もうすっかり秋ね。あなたが戴冠してから四年か」

「気が早いわ。戴冠式は冬だったでしょう」

秋晴れの空を二人で肩を並べ見上げる。修道院の院長がドロシスを呼ぶ声がした。

「あら、院長が呼んでるわ。ソフィア、少し待っていてね」

「ええ」

女王に箒を預けドロシスは修道院に入っていった。ソフィアは箒で石畳を掃き始めた。王城に戻る時間まであと半刻以上ある。まだ戻る気分にはなれなかった。

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