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第三話 魔国アルティヤ


船はどんどん小さくなり豆粒のようになっていく。梅子は海から上がり濡れた足をそのままに座り込んだ。

「……靴、脱がされた」

履いていたはずの靴がなくなっている。ナイカが脱がしたのだろう。耳の奥に彼女の高笑いがよみがえった。梅子は黒い芝生に横たわり、灰色の空を見上げる。心の底から湧き上がってくる衝動に梅子は大きく声を張り上げた。

「なんなんだよおー!」

虚空にハウリングした梅子の怒りは誰にも聞かれない。それをいいことに梅子は思い切り足を振り上げて立ち地団駄を踏む。

「そっちが召喚したんでしょ!? 私巻き込まれただけだよね!? じゃあなんでこんなよくわかんない絶望島ですみたいなところに置いていかれなきゃいけないの!? 理不尽じゃない!?」

ヘアセットが崩れることも厭わない。ワンピースの裾が泥で汚れている。

「だいたい何、敬語使わなかったのが私だけって! 敬語使わないから離島じゃなくてここに連れてきたってか!? ガキじゃん、あのナイカとかいうやつ!」

そこまで一息で言い切って、一度深呼吸し周囲を見回す。

「……みんなはどこ?」

数時間前にカバー曲の練習をしていた光景が思い起こされる。腕で視界を覆うとまだ莉希の声が聞こえてくるような気がした。春樹の宥める声も、茉奈のおちゃらけた声も、怜の冷静な声も、聞こえてこない。

「みんなは……」

ナイカの顔が思い浮かんできそうで頭を振った。ぼうっと空を見上げる。



「だからさ、私たちは五人で一つじゃん?」

梅子と莉希のすぐそばを電車が駆け抜けていく。夕焼けの中、通学路には二人の影だけが残っていた。

「五人で一つって、そんな漫画みたいな」

梅子は莉希の言葉に苦笑して返した。莉希は漫画やアニメが大好きだった。

「いいんだよ。世の中には言霊ってもんがあるんだからさ。五人で一つって言ってれば、五人で一つになれるんだよ」

梅子の目の前を莉希が走っていく。それを梅子も慌てて追う。振り返った莉希の表情はどこか哀愁が漂っていた。

「だから、梅も五人で一つって思っててね」




「……私たちは五人で一つ、ね」

すぐ傍で茂みをかき分ける音がした。梅子は慌ててそちらに向く。茂みはこちらを伺うように一度静まった。梅子は警戒して落ちていた木の棒を握りしめ構える。

低く唸る獣の声。茂みが再び蠢いて、黒い葉の間から動物が現れる。黒い毛並みに大きな白い角、口から覗く牙。動物であり、でもどこか異形。ナイカの言葉を思い出す。


「ここは魔物が蔓延り魔王が支配する魔国アルティヤ」


「これが魔物か」

虎のような魔物は梅子を虎視眈々と狙う。梅子は深呼吸をした。

「女王様が言ってた、私には精霊の魔力がある。なら、こいつだって倒せる」

曲を弾くときのように背筋を伸ばす。鮮明に浮かぶ四人の顔。莉希との約束を口にする。だって、言霊だもんね。

「私たちは五人で一つ。この世界でだって会えるはず」

何も履いていない足で大地をしっかり踏みしめた。梅子の表情は自信に満ち溢れている。空を仰ぐと雲の中に見える天空に浮かぶ城。

「まずはこの島にいる魔王を倒して、世界征服してやろう。それからみんなを探して、向こうの世界に帰る方法を探すんだ!」

踏みしめた足で思い切り大地を蹴り上げる。木の枝を振りかぶり、魔物に振り下ろす。魔物は濁った悲鳴を上げて瞳を瞑り痛がる。その隙に隣をすり抜け、梅子は島の奥へと走る。

「魔国だかなんだか知らないけど、こういう系統の物語で聖女に勝てる魔物なんかいないんだよなあ! ざまあ!」

意気揚々と黒い森へと飛び込んだ。森の中は不気味で静かだ。梅子を襲った魔物が追いかけてくる様子はない。裸足のまま木の根を踏む。痛くはない。梅子は走る。目指すは天空の魔王城だ。

「首洗って待ってろよ、魔王!」




「魔王様、お耳にいれたいことがございます」

天空に浮かぶベランダで本を読んでいた魔王はその声に顔をげた。人の形をした側近の魔族はいつにもまして険しい顔をしていた。

「若い人間の娘が我が国に侵入し島の中央部まで向かっているそうです」

魔王はベランダの下に視線を向ける。たくさんの魔物が自由気ままに暮らしている長閑な光景が広がっていた。

「いかがいたしましょう」

「まあ、ここまで上がってくることはないだろう」

「監視を続けます」

魔王は再び本に視線を戻す。嵐が近づいていることも知らず。




「おらおらおらおらー! 通してもらおうかー!」

森を抜けると魔物たちが一斉に唸り始めた。

(待ち伏せされてたのか!)

やけに静かな森の正体に気付く。森の中の魔物は皆出口で獲物を待ち構えていたのだ。梅子は木の枝を振りかざし魔物にとびかかる。

「てやーっ! くらえ聖女パワー!」

一番大きな体をしている赤いたてがみの魔物の頭部に木の枝がめり込む。魔物がひるむ気配がした。木の枝から白い光が粒子となって漏れ出した。

「まだまだ!」

木の枝を振ると粒子がぱらぱらと舞う。魔物たちがそれに一歩引いた。その隙に間を飛び越えて駆け出す。天空城が近くになり始めていた。

「侵入者だ! 殺せ!」

「女じゃねえか生け捕りだ!」

荒々しい足取りで頭のない騎士が二人馬に乗ってきた。それは幾度も創作で見かける魔物。思わず梅子は心を声に出してしまう。

「デュラハンじゃん! 本物初めて見た不気味!」

デュラハンの二人は一瞬動きを止める。梅子はそこを狙って二人の懐に飛び込んだ。

「隙……ありい!」

鎧で覆われた体を蹴飛ばすと馬から鎧が落下した。素早くその接合部を枝で叩いた。ガタンと音がして腕が外れた。

「おわああああ! 俺の腕が木の枝に落とされた!?!?」

「この女何者だ!?」

デュラハンたちが降りてきた坂を上る。木の枝が撒く光の粒子が梅子の走る道をほのかに照らした。

「天空城まであとどれくらい!?」

「あと走って五分くらいかな」

「遠くね!? ってか誰!?」

梅子の隣を誰かが並走している。顔をそちらに向けると砂糖のような甘い顔立ちをした少年が並走して_____

「いや何!? 怖い!! 砂糖ってなに!?!?」

自身の感想に背筋が粟立つ。目の前の少年はおよそ魔物とは思えないほど美しい。

「いやいやいやいや美しいってなんだよ!」

「あっはっはっはっは!! 君面白いね!」

少年は花を咲かせるように笑った。魔物からも逃げおおせるスピードで走る梅子に少年は息一つ切らせず並走してくる。

「僕は魔国アルティヤの四天王の一人、耽美のフォセ。君をこの国から追い出す任務を仰せつかった」

「その長台詞よく走りながら言えるね?」

梅子もフォセも足を止めないまま島を横断するように走る。天空城に続く道はどんどん近づいてきた。フォセの白髪が視界にちらつく。

「僕の力は、姿を見た者全員に『美形だ』と思わせるものなんだ」

「つまり好感度操作。四天王にしては使い道が少なそうだね」

フォセの言葉に気を取られていると目の前が崖になっていることに気が付かず、梅子は足を踏み外した。一気に崖の下に転落する。

「あーもー、お前のせいで落ちたじゃん!」

体を捻り崖の上から見下ろしてくるフォセに向き直る。手にした木の枝を思い切り彼に投げつけた。

「ばーか! そこでせいぜい這いつくばっとけ!」

木の枝はフォセの体に当たる。その瞬間、大きく光の柱が噴出した。

「うわっ」

崖の側面に生えた木に掴まり転落を阻止する。光の柱は島中の魔物に見えていたようで、振り返るとあちこちから魔物が集まってきていた。

「……枝とかなくても魔力って使えるのかな?」

手のひらを握り込み、木の先端に足をかける。眼下に集まってくる魔物めがけて飛び降りる。一匹の大きな魔物の背中に拳が命中した。背中を強くたたかれた魔物は悲鳴を上げて悶える。

「なんだ、手でいけるのか。……よーし、天空城まであとすこし!」

魔物たちの波を拳でかき分け蹴散らし往なし、天空城に続く道に飛び込む。門番の大柄な魔物も足を殴れば無様に倒れた。

「なんだっけ。こういうの俺TUEEEって言うんだっけ?」

自身の体力と身体能力が召喚される前より飛躍的に上昇していることは気が付いていた。無意識に笑みが零れる。

「いいじゃん。案外簡単に世界征服できそー」

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