第二十五話 図書館に納められたもの
白いタイルをサンダルが叩く。ドロシスが待つ図書館の前まではすぐだった。昨日と同じ道を辿ればすぐに到着した。荘厳な図書館の建物の前にドロシスがそわつきながら立っている。
「ごめん、お待たせ」
そこに駆け寄るとドロシスは梅子にいいえ大丈夫ですと声をかけた。朗らかに笑いかけられる。
「わたくしのわがままに付き合っていただきありがとうございます」
「そんなに畏まらなくても」
「いいえ、わたくしが言い出したことですもの」
目が合わないな。直感的にそう思う。梅子を利用することにうしろめたさを感じているのだろうか。ドロシスは踵を返し図書館の中へためらいもなく入っていった。受付に呼び止められることなく三階へと上がる。人の影はない。改めて本棚をじっくり観察すると、読めない本に交じって日本語のタイトルがいくつも散見された。日本語のタイトルに目を通す。
「この世界における召喚者について」「次の召喚者に残しておきたい言葉」など、本にしては長いタイトル。きっと、図書館に収めるような大層な本ではないのだろう。梅子のようにわけもわからず召喚された者を案じて残してくれた手記のようなものだと推測した。それを手にしようとして、隣に並ぶ本が見覚えのある文字をしていた。
「英語だ」
見覚えどころかつい最近まで学んでいたそれに目を見張る。
「日本人以外も召喚されてたんだなあ」
この世界は文字は違えど言葉は日本語だ。まさか、言葉も文字もわからない環境だったのだろうか。好奇心がうずいてその本を開けてみたが、流れるような筆記体と見たこともない英単語に頭を抱えてそっと閉じた。どこかに本を探しに行っていたドロシスが戻ってくる。
「お待たせいたしました。こちらを読んでいただきたいのです」
渡されたのはやけに古びた本。タイトルのないそれを開いてみると、日焼けしたページにやはり日本語が踊っている。
「祖父の遺言でこちらに預けた、我が家に伝わる勇者ハシバの手記です。読めないのにうちにあってはと……」
「これくらいなら、大丈夫。でも……ちょっと時間かかるかも」
単行本のようなずっしりとした重さに、分厚いページ。これを読むのにどれくらい時間を費やせばいいだろうか。
「ええもちろん。何日、なんなら何か月、何年かかっても構いません。お願いします」
「……」
そのドロシスの必死な様相に梅子は何か言うのを憚られた。彼女がまた昼に来ますと三階を去って行って、ぽつりとつぶやいた、
「ドロシスにとって勇者ハシバってなんなんだろ」
口から漏れ出るため息を誤魔化せないままに長机に座る。理由はどうあれ勇者ハシバの手記を読めることはラッキーだった。一番最初のページを開き、文字をなぞった。
これを読んでいる人がいるとしたら、おそらくその方は私と同じようにこの世界に召喚されてきた方でしょう。私の名は羽柴稀鳥。はしばきとり、と読みます。
私がこの世界にやってきたのは、ちょうど年の終わりごろでした。高校一年生の冬休み、夕方に部活で学校に行った帰り。突然現れた魔法陣に見知らぬ人と共に飲み込まれ、目が覚めたらこの世界にいたのです。
「高校一年の冬休み、学校帰り……私とまったく同じだ」
見知らぬ人と、という一点を覗けば勇者ハシバが召喚された時の様子は梅子の時とまったく同じということだ。なにかからくりがあるのかと推察しつつ次に目をやる。
私はノイトレッド国の王子様に言われ、魔王を倒すために修行へと連れられました。最初のうちはわけがわかりませんでしたが、だんだんと事情が理解できるようになりました。魔王と呼ばれる男、シリウスが世界を脅かしていること。私が後に対峙するシリウスは八世、つまり八代目の魔王でした。一人で魔王を倒すことが憚られた私は、世界を旅し魔王を倒す仲間を集めました。そのうちの一人は、ステラシア国に召喚された聖女で、私と同じ召喚の被害者でした。
ハッと息を呑む。聖女、という文字列をなぞった。
(そういえばナイカが言ってたっけ。聖女は代々召喚されてるって)
巻き込まれた側の気持ちにもなってほしい。はた迷惑な。
聖女の名は千代子、といいました。それからヒペシアブルグ国の剣士であるオニフィス、ハデテイア国の魔法使いであるロバリックとともに魔王に挑みました。
結果として、私以外の三人は命を落としました。
「……え?」
衝撃的な文面に思わず目を擦る。なんど擦っても、瞬きしても変わらない。ドロシスは一言もそんなことを言っていなかった。
ひとつ言っておきますが、魔王に殺されたわけではありません。この記録はなぜ三人が命を落としたのか、そして私がこの世界から帰るためにしたすべての出来事を記したものです。いつか読む、召喚者であるあなたのためのものです。大切な人を失わないように、読んだ後に忘れないよう覚えていていただけると嬉しいです。