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第二十四話 語らいと友達



「違うの?」

再度聞き返されて梅子は考え込む。もやもやとした気分が脳内を渦巻いていた。フェリシアの笑い声が耳元すぐ近くで聞こえる。その笑い方がカンに触り、その豊満な胸部を思い切り押し返す。

「近い、離れて」

「照れてるの?」

「んな訳。うっとおしいんだよ」

フェリシアをベッドから蹴り落そうと足を動かすが、意外にも力が強いこの女は梅子と密着するように距離を詰めてきた。痴女かよ、とツッコミをいれたくなるがフェリシアがサキュバスなのを思い出して押し黙る。ラブコメのワンシーンのような状況だ。興奮は一切できないが。

「でも、わかるわよ。初めての土地って寂しいわよね」

「え?」

「一緒にいた友達も、家族もいなくて……周りは知らない奴だらけ。心細いのに誰にも相談できないって辛かったわあ」

「その口ぶり……フェリシアも?」

フェリシアの瞳を覗き込む。鏡のように映る自分の表情に、寂しそうな顔とはこれかな、とぼんやり考えた。問われたフェリシアは梅子から視線を外して窓の外を見つめる。

「ええ。昔、アルティヤへ初めて来たとき」

昔を懐かしむその表情はどこか暗くも見える。実際は影がフェリシアにかぶっているだけなのだが。

「親と喧嘩して、私は魔王様に仕える! って飛び出したの。あの時はそれが最善だと思ってた」

「なんで喧嘩したの」

「サキュバスが真面目に仕事だなんてみっともない、ってね。オトコの精気をたっぷり搾り取るのがお役目だとかはしたないこと言うのよ」

フェリシアは世間一般的なサキュバスと価値観がかけ離れているのだろうか。人間のようなことを言う彼女に違和感と好奇心が湧き出でる。

「でもサキュバスってその……そういう、種族でしょ」

「そうかもね。でも私はそういうの大嫌いよ、不埒で破廉恥!」

きっぱりそう言い切ったその顔には明確な嫌悪が浮かんでいた。

「サキュバスだって、真面目に働いて、愛する人に尽くすのよ。寝込みを襲うような真似はしない。そんなの……汚らわしい」

吐き捨てるような言い方に、梅子は思わずフェリシアに手を伸ばしていた。その頭に掌を這わせ、髪をゆっくりと一方に撫でる。

「な、なによ」

「いや、苦労したんだなあと思って」

周囲と意見が食い違って詰られることなど、梅子の生きてきた十六年の中でも何回もあった。フェリシアはきっと梅子より生きているだろうし、種族の生き方が外れるともなれば迫害のようになることもあっただろう。曖昧だが容易に想像できるフェリシアの生きざまに梅子は思いを馳せた。

(経緯は違えど、フェリシアも私たちと一緒なのかもな)

右も左もわからずに放り込まれたこの世界。仲間がいない孤独は、たった一日でも耐えがたかった。撫でていた手を払いのけられる。闇の中に浮かぶまろい頬が赤みを帯びている。

「照れてる?」

今度は梅子が聞く番だった。フェリシアは梅子と拳一つ分距離を取ってから、そりゃ照れるでしょ、と梅子の頭を優しくはたく。彼女の瞳をじっと見つめた。

「フェリシアって友達いるの」

「なによ、人のプライベートにずかずかと。……い……いる、のかしら」

魔王様はお仕えする主であって友達ではないし、フォセやニゴトも友達ではないし、シャドーを友達……は癪だし、とぶつぶつ呟き始めた。しばらくそうしてから、ふと顔を上げる。

「私、友達いないかも……?」

その声が真剣みを帯びていて噴き出した。あは、と宵闇に解けなかった笑い声に鳩尾を殴られる。

「なんか悪いかしら」

「いや……真剣に生きてきたんだなって思って」

「は?」

「ねえフェリシア、私たち友達になろうよ」

魔物、それもサキュバスと同じベッドで二人きり。奇妙な状況だ。夜というのは何かの魔法かと思うほどに、梅子はこの状況が信じられないのに身をゆだねてしまう。外から聞こえる風の音が心地いい。

「友達って……」

「友達、欲しいんだ。《《みんな》》には言えないこともあるしさ?」

脳内に暮らすああ見えて嫉妬深い莉希はそんな女より私でしょ、と言いたげな表情だ。この世界で莉希と再会したら何を言われるかわかったものじゃないなと自然に苦笑が漏れた。それを気取られないように腕で口元を隠す。

「……なに考えてるか知らないけど、いいわよ」

「いいんだ?」

「……まあ別に。あんたは恋敵じゃないんだし……」

フェリシアの語尾がだんだんと小さくなっていく。瞼が落ちかけて、眠たげだ。

「あんたが魔王様を振り向かせるのを手伝ってくれるってんなら……」

「うーん……まあいいけど……」

あいつが知ったらなんていうかな、と春樹を思い浮かべる。フェリシアの肌の温かさに、だんだんと梅子も眠くなってきた。

「ん……おやすみ、フェリシア」

「……フェル」

フェリシアの瞼は落ちる寸前でぎりぎり保たれていた。小さく呟かれたそれをおうむ返しすると、フェリシアは消え入りそうな声で梅子に囁く。

「私のあだ名」

「! ……おやすみ、フェル」

梅子がそう囁き返せばフェリシアは満足そうに眠りに落ちていく。梅子もその隣でシーツの海に潜り込んだ。夜明けまではまだ時間がありそうだ。






「いつまで寝てるの、起きなさい!」

フェリシアの鋭い声が梅子の耳を貫く。その声に飛び起きると、フェリシアはいたずらっぽく笑った。

「今日はなんか用事があるんでしょ。朝ごはん作るからさっさと食べなさい」

頷いてベッドから起き上がる。立ち上がって背伸びをする。窓から差し込む朝日が気持ちいい。

「おはよう、……フェル」

フェリシアはこちらに背を向けたまま固まった。そして一つ息を吐いてから、振り向く。

「おはよう、ウメコ」

穏やかな笑みだった。梅子はフェリシアのもとに駆け寄る。

「ね、朝ごはん何?」

「サンドイッチとかでいいでしょ」

「ハム挟んでハム」

「チーズもあるけど」

「じゃあそれも!」

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