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第二話 聖女召喚


目が覚めた時、視界を確保するより先に割れんばかりの歓声が上がった。慌てて瞼を開けるとそこにはコンビニも車も道もない。まず目に入ったのは梅子が横たわる真っ赤なカーペット。敷かれている床は冷たい城の石材。大理石というのだったか。顔を上げるとたくさんの人。しかしその恰好は騎士のよう。何より異質なのはその腰に刺さった太い剣。その向こうにはドレスやカラフルなタキシードを纏った人間。その奥に見える階段の一番上に、燦然と輝くティアラを被った女が立っている。呆然とする梅子の前にモノクルをした男が進み出てきた。分厚い本の一ページと梅子を見比べぶつぶつと何かをつぶやく。

(こういう見た目の人、学者っていうんだっけ)

それをどこか夢を見ているような気持ちで見つめていると、モノクルの男は立ち上がり階段の上の女を振り返る。

「髪は短く、若い。そしてなによりも、あふれ出る精霊の魔力! 女王様! 今回こそ聖女召喚は成功です!」

梅子を取り囲む者たちが一斉に階段の上に顔を向けた。梅子も連れられてそちらを見る。女王と呼ばれた女はゆっくりと階段を降り始めた。梅子は口にたまった唾を飲み込み、カーペットに座り込んだまま近づいてくる女王を見上げていた。

「お立ちなさい」

女王が手を差し伸べてくる。梅子がその手を取り立ち上がると、女王はその顔を限界まで近づけてきた。

「なるほど、確かに美しい魔力だわ」

頬に手を添えられ見つめられる。梅子は目を反らし自身の後方を見た。大きな扉に閂がかけられ閉ざされている。その前には見張りの騎士がひとり。梅子は気が付いてしまった。同じように光に呑まれた春樹も茉奈も怜もいない。

「女王様、いかがなさいましたか」

黒髪のメイドが女王に恐る恐る話しかけた。その声に梅子は女王に視線を戻す。女王の表情は険しい。深紅の瞳が梅子を厳しく射抜いた。

「この者の瞳……美しい桜色をしているわ」

「え?」

梅子は思わずブレザーのポケットを探った。鏡を取り出そうとして気が付く。自身の服装が制服ではなかった。萌黄色の糸で刺繍が施されたワンピースになっている。

「な、なんで? 私の制服は?」

戸惑う梅子をよそに女王はモノクルの男を呼びつける。モノクルの男は額に汗を滲ませて分厚い本を再び開いた。

「聖女の瞳は射干玉のような何にも染まらない黒。この桜色は美しいけれど、聖女の証ではないわ」

女王の言葉に周囲の人間が落胆の声を上げた。梅子は何を言ったらいいのかわからずに立ち尽くしている。

「あの……」

「今回の召喚も、本物の聖女は現れなかった。ナイカ!」

女王は溜息とともに誰かを呼びつける。ナイカと呼ばれた軍服の女は女王の隣に進み出た。

「彼女を案内しなさい。聖女集会は終わりよ」

「かしこまりました」

女王は人の壁に穴を開け去っていく。扉の閂が外されて人々が去っていく。ナイカが女王を隠すように梅子の前に立ちはだかった。

「お名前をお聞きしても」

「名前? 梅子」

ナイカは頷き、こちらへ、と梅子を城の奥に導く。梅子は周囲を見回すが、取り巻いていた人間は梅子に一瞥をくれるだけで話しかけようともしない。少し離れたところでナイカがじっとこちらを見つめていた。梅子はそこに小走りで駆け寄る。無言で城を進んでいき、階段を下りる。薄暗い地下通路は壁も床も天井もただの石で作られていた。

「ね、ねえ。ここ、どこなの?」

「ここはステラシア王国の王城にございます」

「ステラシア王国?」

梅子は地理で習った世界地図を記憶から引っ張り出す。ステラシアなどという国を聞いた覚えはない。

(いや、そもそも今の時代に聖女とか存在するわけないよね?)

聖女召喚。女王が口にしたそれは現代日本で到底聞かないような幻想じみた言葉。

(私、聖女として召喚されたんだ)

梅子の中で答えは導きだされた。異世界に転生や召喚される話などいくらでも読んだことがある。そうなれば次に気になるのは先の騒動に巻き込まれた三人の友達。

「あの。聞きたいことがあるんだけど」

「はい」

「私のほかにこの世界に来た人、いなかった?」

そう聞くとナイカは両目を瞬かせ立ち止まる。梅子の顔をじっくりと見た後に顎に手を添える。

「随分と冷静なのですね。今まで召喚された他の方たちはもっと戸惑っていました」

「その中に、茉奈って名前の人いなかった?」

「マナ……そんな方はいませんでしたね」

ナイカの言葉に肩を落とす。至近距離で見た女王の顔が思い浮かぶ。

(みんなはどこへ行ったんだろう)

地下通路を通り抜けたところにまた階段がある。そこを降りると目の前に木造の小型船が現れた。

「船?」

「どうぞ乗ってください」

ナイカに手を差し出され船に乗せられる。甲板の先頭の方へ歩いていくと船に隠れて見えなかった外への出口が視界に入った。出口の先には大海原が広がっている。

「お城の下に海がある……」

呆然としていると船がゆっくりと動き出した。足元が揺れて覚束ない。日差しの下に晒された。潮風が梅子の髪を撫でた。距離が離れていくにつれ梅子が先ほどまでいたであろう城の全体像が見えてくる。梅子がそれに見とれていると、ナイカが唐突に口を開いた。

「あれは魔法と精霊の国ステラシア。古くから精霊を信仰し、その力を持つ聖女を何百年にも渡って召喚してきました」

「私はその聖女として召喚されたってことね」

「ええ。しかしながら貴方は伝承の聖女とは異なるようです」

ナイカの隣に並ぶ。非現実的なことが周囲で起きているにも関わらず、梅子はなぜか冷静だった。女王の言葉をもう一度反芻し、自身が鏡を探していたことを思い出す。ワンピースをまさぐるとスカート部分の側面についたポケットの中に

物が入っていることに気が付く。それを引っ張り出すと確かに鏡だったが、ショッキングピンクをしていたそれは木に鏡を張り付けたような粗末なものだった。

「鏡まで!」

「聖女は若い乙女で髪が短く、黒曜の瞳を持っています。あなたのその桃色の瞳は聖女の条件にあてはまりませんね」

「何それ。急に召喚しといてあてはまらないとか失礼」

唇を尖らせナイカに訴えかける。ナイカは何も言わず舵を切った。

「現在の女王陛下が即位してから聖女召喚は今回で七回目です。召喚された七人は全員、伝承の聖女とは異なる容姿をしていました」

ステラシアが遠ざかっていく。尖塔の頂上になびく旗が豆粒のように小さくなっていった。

「私はどこに連れていかれてるの?」

「召喚された聖女ではない者たちは皆、女王陛下の所有する離島で暮らしています」

暫しの間お休みくださいと言われ、梅子は黙るしかなかった。甲板から続く小さな個室の長椅子に腰かける。瞼を閉じて壁に頭を預けた。波の音とナイカが床を叩く音が聞こえる。カモメの鳴き声、魚が跳ねる音。梅子を眠りに誘っていった。




 ***




「……さん。ウメコさん?」

ナイカに肩を揺さぶられる。目を覚ました梅子は自身の前にいるナイカに一気に脳が覚醒する。

「おはようございます。到着しましたよ」

その言葉に慌てて立ち上がり個室の外へ出る。そこには禍々しい光景が広がっていた。光が差し込まない暗闇の大地。木も草も葉も黒く染まり、海は黒く深い。空は厚い雲が覆っていて、青は見えない。

「ここが、女王様の離島?」

甲板から降りるのを躊躇う。ゲームならラスボスのいるダンジョン、漫画なら悪の本拠地、そんな印象を与える。

「いえ、ここは陛下の持つ土地ではありません」

「でしょうね。こんな暗い島で聖女が暮らしてたらびっくり」

甲板の上で身をかがめ、地面に触れようとする。その瞬間、背中に衝撃を受け船から落下した。

「うわあああああ!?」

地面に激突した。甲板と大地に距離がそれほどなかったのが幸いしてあまり痛みは感じない。驚いて船を見上げると、右足を出したままナイカがこちらを見下ろしていた。

「……は?」

「ここは魔物が蔓延り、魔王が支配する魔国アルティヤ。あなたがこれから暮らす場所」

「ちょ、ちょっと!?」

ナイカが船を動かし始め、陸から離れていく。ナイカの表情が悪どく歪んだ。

「どこ行くの!? 暮らす場所ってなに!?」

「女王陛下が即位してから召喚された七人は、皆聖女の条件を満たしてはいませんでした」

梅子は駆け出し海に足を入れる。あまりの冷たさに驚いて立ち止まる。

「しかしその中で私に敬語を使わなかったのは、あなたのみ」

「はあ?」

ナイカの声が暗い島に響き渡る。梅子は海に足を入れたまま立ち尽くし、呆然と船を見送るしかなかった。

「お幸せに。せいぜい魔物に囲まれて無残な最期を遂げるまで」


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