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第一話 クインテット


夕方の赤く染まった視聴覚室にギターの音が響く。間延びしたその音が廊下に消えて数秒、無邪気な声が上がった。

「おっけおっけ。だいたい曲出来上がったね」

「ういー、お疲れー」

「帰る準備しよー」

村雲梅子(むらくもうめこ)はキーボードの鍵盤から手を放し背伸びをした。ショートカットにあしらわれた銀のヘアピンが照明に輝く。ドラムの椅子から立ち上がった久米春樹(くめはるき)は水の入ったペットボトルを掴み背伸びをした。

「はるぴ、マイクのコード抜いて」

「はいはい抜いたよ」

コンセントを指して春樹にコードを抜かせたのは松葉瀬莉希(まつばせりき)。自身が使っていたマイクスタンドの背を下げる。その後ろで星田茉奈(ほしだまな)がベースをギターケースにしまう。三崎怜(みさきれい)はしばらくギターの一小説を練習していたが、やがて飽きたのか手足を投げだした。

「あと何分?」

「あと十五分で部長来るよ」

「怜くん早く片付けてー」

茉奈が怜を急かす。怜はそれにようやく腰を上げた。梅子は鍵盤をクロスで拭き上げ蓋を閉める。莉希は立ち上がり四人を仰ぎ見た。

「今日帰りどっか寄る?」

「ラーメン行こうラーメン」「サイゼどうかな」「マック」「タピオカ!」

「一つに統一してよ」

春樹がドラムを収納し、楽器が片付けられる。最後に敷いていたカーペットを丸めて視聴覚室の隅に追いやれば片づけは終わり。

クインテット(一年バンド)ー、片付け終わりました?」

視聴覚室の重い扉が開いて軽音部の部長が姿を現した。梅子たちは一列になり部長に頭を下げた。代表して梅子が部長に応える。

「片付け終わりました」

「じゃあ挨拶して解散で。本番も来週にまで近づいて来ましたので、いっそう気を引き締めるように。では、これで軽音部の活動を終わります」

「「「「「ありがとうございましたー」」」」」

部長が視聴覚室を出ていった。梅子は制服のブレザーを椅子から剥ぎ取り袖を通す。キーホルダーやマスコットがカラビナいっぱいについたスクールバッグを肩にかける。

「帰ろ帰ろ」

「五時半だってのに空明るい。春来たねえ」

「風はまだ冷たいけどね」

視聴覚室を出ると独特の冷気が身を包んだ。三月とはいえまだ夕方は底冷えする。廊下を進むばらばらな足音が心地よい音を刻んだ。

「てか今更だけど『クインテット』って軽音に合わないよな」

そう宣うのは怜だ。梅子が一歩前に出て声を張り上げる。

「誰だよ、バンド名にしようって言ったの!」

「「君だよ」」

茉奈と春樹の声がぴったりそろう。怜がそれに笑い声をあげて、幼馴染は息ぴったりだと茶化し始めた。

「クインテットとか相場吹奏楽でしょ」

「吹奏楽は五重奏じゃすまないんだよなあ」

怜と茉奈にそう言われ梅子は頬を膨らませる。

「五重奏って五人で演奏することでしょ? じゃあバンドも五重奏じゃん!」

「まず五重奏はバンドに使う用語じゃない」

莉希の冷静な発言に突っ込まれ梅子は口先をとがらせた。怜に頬をつつかれその手を払いのける。莉希は一つ咳ばらいをした。

「……じゃあ改めて。今日どこ行く?」

「ラーメン!」「サイゼがいい」「マックだと」「タピオカでしょ普通」

「だから一つに統一しろって」

二度目でもそろわない回答に莉希はあきれ顔を披露する。じゃあ焼き肉なと言うとブーイングが上がった。校門を出ると行きかう車の駆動音が五人の会話を妨げる。

「来週本番とかやばーい」

そう口にしたのは梅子。茉奈はスマホのカレンダーアプリを立ち上げる。

「そろそろ打ち上げの店予約しなきゃだよね」

「いつもの焼き肉屋でいいんじゃない?」

「私金欠ー」「俺も」「クーポンをくれー!」

春樹の提案は却下された。莉希はスマホの音声検索に声を吹き込む。

「飲食店 安価 このあたり」

「それだけで情報が知れるなんて……便利な世の中ですなあ」

「誰視点?」

茉奈のしみじみとした表情に怜は目を細め横顔を見つめる。

「やだそんなに見つめないで、茉奈さん照れちゃう」

「照れさせてやるよ……」

見つめあう茉奈と怜に梅子と莉希はきゃああと喜びの悲鳴を上げる。春樹はそれを見て苦笑いした。コンビニの前を通ったところで莉希は足を止める。

「あ、コンビニ寄ってくるから待ってて」

「うーい」「あーい」「行ってらっしゃい」「私もお菓子買おうかな」

莉希の姿が自動ドアの向こう側へ消える。店内へと入っていくのを背に梅子はあくびをした。

「明日も学校なのだるーい」

「歴史のレポート出した?」

「あれ今日まで?」

今日までと言われ茉奈は顔を青ざめさせた。その様子を梅子が笑う。穏やかな日常の一ページに、突然光が現れた。

「……え?」

「は?」

「ん?」

「魔法、陣?」

足元に現れた青い魔法陣に四人は戸惑う。驚いて周囲を見渡しても魔法陣に気付く通行人はいない。

「何これ!? 何これ!?」

茉奈が驚いて一歩動くと魔法陣がそれに合わせて一回り大きくなった。それに驚愕した春樹が後ずさったことで再び魔法陣が大きくなる。

「やばいやばいやばいやばい! やばいって!」

魔法陣はさらに光を強めた。梅子は息を呑む。コンビニを振り返るがレジ近くに莉希の姿は見えなかった。

「あっ部長!」

突然怜が声を上げた。指先の示す方向に軽音部部長の姿が見える。

「部長ー! ちょっと見てくださいよこの魔法陣! なんか魔法使えそうですよ!」

「梅さん今そんな場合じゃ……」

四人の間を部長がすり抜けていった。一瞬の沈黙ののち、誰の声かもわからないほど小さなうめき声が響いた。

「……気づかなかったのかな?」

「いやいや、あんな至近距離で声かけて気づかないわけなくない?」

「もしかしたら集中してたのかも。あ、ほら! 莉希戻ってきた!」

自動ドアが開いてビニール袋を手にした莉希が現れる。莉希は目を見開き周囲を見渡す。梅子は必死の形相で莉希に手を伸ばした。

「莉希! 莉希! これ見て! 魔法陣! なんかやばい!」

「梅さん……莉希ちゃん、なんか……」

莉希は梅子たちの横を素通りし、学校の方に歩いていく。

「梅ー? はるぴー? みんなー? どこ行ったのー?」

怜が愕然として声を上げた。

「俺たちに気付いてない?」

「どういうこと!? 私たち透明になっちゃったの!?」

梅子は周囲を見渡し叫ぶ。その声に反応するものは誰ひとりいない。パニックになる四人をさらに強い光が包む。視界が奪われた梅子は声を張り上げた。

「手! 手つなごう!」

「わかった! 久米、手出せ!」

「これお前の手か!?」

春樹と怜は手を掴みあう。梅子は掴めるものをを探し動いた。手が布地に触れる。

「これ誰の制服!?」

思いっきり引っ張ると春樹がわあと声を上げた。それ僕のブレザーと言われるが梅子は手を離さない。

「俺たちどうなるんだよ!」

怜が悲鳴のように叫んだ。光の中にかすかな人影が見える。

「大丈夫! 私たちなら、何が起きても……」

意識が飲まれる寸前、大きく風が吹いた。梅子の手から春樹のブレザーが離れる。遠くで微かに莉希の声が聞こえた。


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