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伊藤多助【参】


 首が捻れて、六回転半したところで得意の恵比寿顔は胴体から切りはなされて真上に飛んでった。

 残された胴体は、液体を豪快に撒き散らしながらも直立不動。見上げるほどに高い天井に顔面が突き刺さる前に、それは爆散した。

 鮮血の雨に伊藤も濡れる。が、それは幻だったのだろうかと疑うほどの勢いで乾いていく。と言うよりは、逃げていく。

 鳩の群れみたいに飛んでった赤い液体は、伊藤の眼前に集まって宙に浮いたまま、喰らいあうかのように混ざっていた。

 それは徐々に形を成していく。見覚えのある狸の輪形わがたへと。


「いやはや申し訳ない。一時までに参加させろと言われていたのに、過ぎてしまって怒られてしまいましたよ」


 何処からか取り出した純白のハンカチを額に当てながら狸は笑っていた。一連の流れに腰を抜かした伊藤が、これは夢だと決め込む前に「あ、夢じゃないですよ」と伊藤の頬を太い指でつねってくる。


「尻餅ついたままでも、理解できなくてもいいのでとりあえず聞いてくださいね。あまり時間をかけすぎると次は貴方が、首をねじ切られるかもしれませんので」


 異端を受け入れたつもりだったが、今回はあまりにセンシティブ。ノーカンノーカンと二回唱えて再び狸に向き直る。なんだかしてやられたようで悔しささえ芽生えはじめた。


「とりあえず背広をどうぞ」


 頭が吹っ飛んでも、胴体がしっかり掴んでいた背広一式を伊藤に渡す。ドライバーとして一日着用していたスーツより幾分グレードの高そうなものだ。

 背広を受け取った伊藤に、不気味な笑顔で狸は言った。


「改めまして、ようこそ。一週間ひとまわり遊宴ゆうえんへ」


 望まないまま、不穏が胡乱に迫りくる。


「遊宴……ですか?」

「遊宴にございます」


 受け取った背広に袖を通す伊藤に、うんうんと頷きながら狸は両の腕を広げる。


一週間ひとまわり遊宴ゆうえんとは言わば、神を喜ばせるための宴。伊藤様にはいわゆる道化を演じて頂きます」

「えっと、つまり演劇?  手品?  申し訳ないのですが、私は人前で披露できる特技なんて持ち合わせてないのですが……」


 神が相手と言うなら尚更だ。真偽はさておき、今は疑心だの常識だのは足枷になるだけだ。

 とりあえず状況を理解するため、ある程度の違和感などは横を通り過ぎてもらう。


「ご安心ください。しけた安全運転くらいしか取り柄のない伊藤様ですが、と〜ってもユニークでラジカルなゲームに参加して頂くだけで構いません。この船内のどこで何をするも自由です。神は全てを傍観できます故」

「はあ……。じゃあ、それが終わったら帰れるわけですね」


 今はただ、このふざけた空間から逃れたい一心だ。拉致なのか夢なのか神隠しなのか、帰り道さえあるならどれも厭わない。


「勿論、終了次第元の場所にお返ししますよ。それにゲームの勝者には、神から願いが一つだけ叶えられるという特権がございますので、まあ素晴らしいとしか言いようがないですねぇ。にまにましちゃいます私」


「え……願いが叶うんですか?」

「左様でございます。狸は嘘をつきません故」


 そう言って、狸は立派な太鼓腹を叩いてみせる。空洞のような音がした。


「さて、寸暇すんかも残っておりません。簡単にまとめさせていただきますよ」


 伊藤も背広の着用を済まし、元々きていたタクシー会社の制服をたたみながら聞く体勢に入る。


「ゲームのルールは簡単。七名のプレイヤーにそれぞれ役職が設けられます。種類は殺し屋、護衛、探偵三つです。殺し屋は船内の標的を殺せば勝ち。護衛は標的一週間守り抜けば勝ち。探偵は自分を除く六名のプレイヤーを認知すれば勝ちでございます」


 なにやら物騒な単語が耳に突き刺さった。眩む伊藤の心を握り潰すように、燭光しょっこうへと群がる蝿を狸がとらえた。

 そして、すぐに手のひらをあかす。


「この蝿みたいに殺すだけでございます。……ああ、キモさ極めてますねこれ」


 ぐちゃぐちゃになった蝿を見せつけた後、狸はばつの悪い表情で、すぐに手を船の柱に擦りつけていた。


「……もし、護衛側なら、失敗ですね。伊藤さんは私が蝿を殺すのを阻止しなければならなかったわけでございます」

「えっと、結局のところ私は殺し屋と護衛どっちなんですか?」

「まあ、貴方は最後のプレイヤーなので残りの枠が護衛しかないのですよね。故に――」


 ――殺し屋から、標的を守る。それが伊藤の与えられた役割であった。


「標的は主催側が用意した人間に努めて頂きます。参加者は全七名。既に他の六名は船内にて各々が動いております。標的を最後まで守り抜けば、護衛チームの勝利でございます」


 テーブルマナーでも教えるように、サラッと纏める狸に、伊藤はひとつ唾をのんだ。

 色々と問題はあった。殺すだの殺さないだの、普通の中年が受け入れるには汚濁に塗れたワードである。そして、もう一つ。


「……期間、長くないですか……?」

「……まあ、はい。長いです」


 狸からはいつもの軽快な返しがない。これはつまり「割とどうしようもないの部分」ということだ。殺し屋か探偵であれば決着を早めることもできたが、護衛は無理だ。


 

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