【魔人研究室】1
知らない場所だ、とセシルは思った。魔術棟を出て、馬車に押し込められた。周囲の窓は板で閉じられているため、どの道を通ってきたわからない。両手は魔道具で拘束されていて、自由はない。
周囲を見回す。昔、稼動していたが廃棄された建物、に見えた。魔術棟とは違い、ガラスが多く使われた透明感がある建物。そこにコケが生え、朽ちていた。
セシルは、その一番奥にある部屋へ通される。そこには明らかに最近搬入されたであろう機械が並んでいた。
(魔人研究室から持ってきたのか)
自分がこれから何をされるのか、大まかには分かっていた。研究室にやってきた女性が魔人研究室の人間だと分かったときに、覚悟した。だからこそ、契約解除の札を机に置いてきたのだ。
(シルバだけでも逃げてくれるといいんだけど……)
そう思いながら、反面、無理だろうなとも思った。先日の反応を見るに、シルバはセシルとの契約解除を望んでいない。彼なら激昂して乗り込んでくるに違いない。
(こんな時に、僕はシルバの役に立てないのか)
ずっと守られてきた。励まされてきた。立てないときは支えてくれた。そんな相手に、自分がなにかできただろうか。
「ようこそ、魔人研究室へ……おや、何か考え事ですかな?」
目の前にイアンがやってきた。相変わらず下卑た笑いをしている。
「あそこが、あなたの定位置ですよ」
そう言いながらイアンは小さな檻のようなものを指さす。セシルは特に抵抗なく、檻へ入った。
檻が閉まる。そして、すぐに魔人研究室の人間はあわただしく動き出した。目の前の訳も分からない機械を動かしている。
と、体に電流のようなものが流れ出した。
「……がっ!?」
その強い衝撃に、セシルは崩れ落ちる。そして、体の前面に、大きな魔法陣のようなものが現れた。
(これが、魔力回路……)
魔力回路とは、人間が魔力を魔術へ変換させる器官だ。それが、目の前に光っている。イアンはそれをじっと眺めた。
「ふむ……魔力回路は他の人間と大差ないですね……」
「そ、それは……どうも……」
激痛に耐えながら、セシルは静かに言った。些細な抵抗だ。しかし、イアンは何も感じていないようで、すぐに別の指示をだす。
すると檻の柵が消えた。いったい何が起きているのか不思議に思っていると、イアンはセシルの服へ手をかけた。
「な、なにをっ!?」
手錠のおかげで、ろくな動きも取れず、セシルは服をみだされた。動くこともできなかったが、逆に手錠のおかげで脱がされはしない。イアンは笑っていた。
「知っていますか、セシルさん。魔力回路というのは複雑なのです。表面的なものは先ほどの魔術で出てきますが、深層部は別の方法と掛け合わせないといけないのですよ」
「別の……方法?」
先ほどの激痛が残っている。しかし、力を振り絞りながら、なんとか答えた。
「つまりは、性的興奮です」
「……はい?」
言葉に耳を疑った。しかし、イアンは噓をついている様子はまったくない。ふと、イアンはセシルの腹を探った。その手は冷たく、快楽というにはほど遠いものだ。
「やめっ」
「さあ、見せてください。あなたの魔力回路を」
「……ぐっ!」
同時に起こる衝撃。先ほどの魔術が発動され、魔力回路があらわになる。その間にも、イアンの手は止まらない。
(……シルバっ)
その時だった。
轟音。何が起きたのか分からないほどの砂埃。
「一体、何が!?」
驚くイアンの視線の先には、大きな翼と尻尾の生えた、セシルが一番会いたい、魔王が立っていた。
「シルバ!」
その声に、影が動き、魔王が姿を現す。
怒りと大量の魔力をまとって。




