【心の変化】8
「戻ったぞ、セシル」
シルバは研究室の扉を開くと、そう言った。しかし、いつもの柔らかい声は返ってこない。
「……セシル?」
そう問いかけるが、返事はない。代わりに、いつもよりも綺麗に片付いた机の上に何か置いてある。
それは一枚の札だ。シルバはその魔法陣を解析した。
「……まさかっ!」
シルバは血の気が引いた。なぜこの札がここに置いてあるのか。意味する事柄はひとつだ。
「セシル!」
置いてあった札。それは、シルバとセシルの契約を解除するための札だった。
***
シルバは急いでギルバートの部屋へ向かった。魔術棟の中だというのに翼を広げて全速力だ。セシルが攫われた。魔人研究室の人間が連れ出した、としか考えられなかった。
「あれ、どうしたの?アクセス権限ならセシルくんと一緒に魔石を……」
「セシルがいない!」
その言葉にギルバートは顔を歪めた。その言葉の意味が、なにを表しているのか。それは十分に分かっていた。
「部屋になにかなかった?」
「これだ」
そう言って、シルバは札を差し出す。
「これは、主従契約の解消?」
「セシルは言っていた。有事の際は契約を解除すると」
「ってことは有事なんだね」
ギルバートは扉を開けた。シルバに言う。
「クライヴくんのところに行こう。何か知ってるかもしれないしね」
ギルバートは不思議な奴だ。話しているうちに、シルバも落ち着いて行動できるようになっている。二人は廊下を走り、クライヴの執務室へ向かった。
「セシルさんですか……すみません。私ではわかりかねます」
そう言いながら試案しているクライヴは静かに言った。
「魔人研究室に行きましょう。それが一番です」
「仕事はいいのか?」
その言葉に、クライヴは笑った。安心しろ、とでも言いたげだった。
「こんな私でも、役にたつかもしれませんしね」
「いいんじゃない?クライヴくんは、前線に立って魔人と戦ってたこともあるし」
「……人は見かけによらぬな」
「じゃあ、オレも行く」
後ろからかけられた声は勇者アレックスだった。アレックスは難しい顔をしながら、三人を見ていた。
「話は聞いた。セシルさんが大変なんだろ?」
「なぜ、ここに?」
「セシルさんに挨拶して次の町に行こうとしたんだよ。で、セシルさんを助ける。それが、オレの決めた判断」
「いいのか、勇者が自分の領土で暴れて」
シルバの質問に、アレックスは笑いながら答えた。
「上等!オレの力は人民のためであって、国のためじゃないし」
見回せば、セシルに関係する人が集まっている。魔術棟の管理人、前線での経験がある上司、勇者。
(これも、セシルの人望なのだな)
シルバは考える。自身にも忠実な部下はいた。それも人望がなせる業なのだろう。しかし、シルバには魔王という肩書がある。セシルにはそれがないのだ。彼の懐の深さは感じていたが、それだけではないのだろう。
「……」
ポケットを探る。セシルがくれた魔術の札。それを確認しながら、シルバは全員に言った。
「いくぞ、魔人研究室だ」
全員が頷いた。




