ギルドにて
その日の夜、ギルドに顔を出した私は王国からの機密依頼を受けることになった。機密依頼はギルドにすらその内容が知らされない依頼で、真っ黒な封筒に赤い封蝋で用意されるのが特徴である。唯一ギルドが分かるのは依頼人と指名者位で、報酬すら冒険者からの報告を信じるしかない依頼である。
それ故に機密依頼を受けられる冒険者と言うのは限られている。積み上げてきた実績とギルドから相応の信頼を受けている上位冒険者のみが受けることのできる依頼である。言い換えれば機密依頼を渡された冒険者は否応なくそれを受けなければならないという暗黙の了解も存在する。それこそ今持っている依頼を放棄してでも受けなければギルドからの信頼を大きく損なうことになる。
封を開けずとも内容を知っているだけに、更にこの依頼は断りにくい。下手をすれば国際問題に発展すると理解していてなお依頼を断るだけの度胸は私には無い。
かといって私が出張ってなにか出来るのかと聞かれれば答えは否だろうとも思うのだけれど。
「ナーニャ、前に受けたグリーンリザードの生態調査依頼、他の冒険者に回してくれる?」
「分かりました。珍しいですね。いつもなら掛け持ちになってもご自分で依頼を達成されるのに…」
「この機密依頼、何かと同時並行で出来る程簡単じゃないからね。しかも一日二日で終わる物でも無いから」
受付のナーニャが言う通り、普段なら掛け持ちになっても自分で自分の仕事は終わらせるのが私のスタイルだけれど、今回はそうもいっていられない。うっかり手を抜いて魔族に攻め入られでもしたら、この国の戦力では負けは無くとも被害が大きくなる。そして自国にいる魔族からの信頼も失墜するのだろう。ああ本当に何故こんな政治的な問題に一冒険者を巻き込むのか。
「…ユウヤは一度シメた方が良いかな」
「怖い事言わないでください!」
「あれ?声に出てた?」
「ばっちりと!」
しまった。つい本音が口をついたらしい。本気では有るので否定はしないけれども。
「まあつまりは国王陛下にも関わる案件だってことだよ。だから掛け持ちは流石に出来ないんだよね」
今までも機密依頼を受けたことは有るが、それぞれ他に何の依頼も受けていない時だった。だからこそ通常依頼と機密依頼の掛け持ちなんて言うことは起こり得なかったのだけれど、指名依頼と通常依頼の掛け持ちは山ほど熟してきた。だからこそ掛け持ちしないとは珍しいと思われたのだろう。
「ではグリーンリザードの生態調査はキャンセルしますね。ギルドカードをお願いします」
「はい」
「有難うございます。今回は特例措置が適用されますからペナルティも有りませんので」
特例措置は指名依頼や機密依頼などを請け負う冒険者に適用される措置である。それ以前に受けていた通常依頼が未達成でも違約金やペナルティが発生しないというものだ。そんな措置でもないと指名依頼も機密依頼も請け負う冒険者などいなくなる。
「カードをお返しします。依頼、お気をつけて」
「ありがと。行ってくるよ」
帰ってきたギルドカードを受け取ってギルドを出る。ナーニャには気を付けてと言われたけれど、一応身の危険はない依頼である。
本当に国のお偉いさんだけで何とかしてほしいものだ。