勇者とは①
「おはよう。今日もよろしく」
「「「よろしくお願いします」」」
翌日の講義の時間。前日と同じメイドに同じ応接間まで案内された私は、既に揃っていた三人に軽い挨拶をした。今日は剛に約束していた通り勇者についての講義になる。事前に剛から聞いていたのか、昨日とは別の意味で三人が緊張しているように見えた。
「じゃあ今日は君たちについている『勇者』の称号について講義するね」
勇者とはこの世界に数ある称号の内の一つである。
称号には非戦闘職である聖女や治癒師、戦闘職である弓師や槍師、生産職である錬金術師や薬師など様々なものが有るが、その中でも勇者の称号は落ち人からしか確認されていない特殊なものである。
その昔、魔族との戦いが激しかった頃には強制的に落ち人を召喚し、その中で勇者の称号を持つものに先陣を切らせていた事実も有る。それ故に魔族との仲が良好になった今でも、勇者が現れたという事実は国際的に隠していいものでは無い。万が一隠し、それが魔族側にバレた時の信頼の失墜などのリスクを考えると隠そうなどとは思わないが。
勇者の称号を持つ者の特徴として、魔法適性が何であっても魔に属する対象に対して特効性のある攻撃が出来るというものがある。魔物は勿論、魔族に対しても特効性が有るため、国によっては軍事的に利用しようとしてくることも考えられる。ドラグニル王国は周辺諸国と不戦協定を結んでいる完全中立国だから魔族国に侵攻しようという動きも無いため、正式に勇者を保護したという声明を出したことで魔族からも大きく動かれることは無い。
さて、では魔族と人族との仲が良好な今の時代、勇者の称号が何の役に立つかと言うと、ドラグニル王国においては王国からの手厚い保護、及び出来る限りの様々な援助が受けられるようになる。冒険者になりたいのであればギルドへの口利き、教育を求めるのであれば上級の教師、爵位を求めるのならば一代限りではあるけれど男爵位に取り立てる。ちなみにこれらは遥か昔に王国の法として制定されている落ち人への権利と言う名の配慮である。
但し権利が保障される以上義務も発生する。主なものは王国への帰属。他の国家には好戦的と言えば良いか、軍事拡大に精力的な国家も存在する。そう言った国家に属し、魔族との衝突を防ぐためにも、これから先ドラグニル王国の保護下に属してもらうことは必須である。中立国であるドラグニル王国が保護し管理するという事実が大切なのであって、こればかりはどうしようもない事実であることを受け容れてもらわなければならない。
この世界で生きていくにあたって必須になる魔法技術については私か魔法騎士団長が教練を担当することになる。魔法騎士団長は一番最初に翻訳スキルを与えたレックスと言う男だ。魔力を扱えれば使える魔道具も有るけれど、自分自身で魔法が使えないと困ると言うことも良くあることだから真剣に取り組んで欲しい。
「とまあ、こんな感じなのだけど、何かここまでで質問は有る?」
「国の戦力にはされないということで認識は合ってますか?」
「君たちがそうなりたいと望まない限りは国家戦力として扱うことは無い。例えばだけれど騎士団や魔法騎士団に入団したいと希望すれば話は別だけれど、どちらにせよ勇者だからと言う理由で特別討伐ノルマが多いなんてことも無い」
「冒険者になる場合、補助は無いのでしょうか?」
「冒険者になりたいのであれば、中級の魔物に殺されないレベルの戦闘訓練を積んでから登録になる。戦闘訓練は魔法武器関わらずまんべんなく熟してもらうから、実力不足で登録早々大けがを負うなんてことは無いだろうね」
隆と剛からの質問に答えながら、一人黙っている千佳をちらりと窺いみる。着いてこれていないわけでは無く内容を自分の中でかみ砕いている最中のようだったので、特に声をかけることはしなかった。