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第2話「無職の俺は選択肢を持ち合わせていないようです」

「これから、どうすっかな」


 現状に甘んじることを止めて、本気で何かしら行動を起こそうと考え始めたのは、ふとした瞬間にそう呟くようになってから一週間が経ってからのことだった。

 現在俺はとある宿に宿泊しているのだが、当初宿泊を予定していた日数はとうに超えている。

パーティーを追放された直後の俺の落ち込み様から、宿主のおばさんは俺に追加料金を請求することはしなかった。それに甘えて俺も自分から宿代を払おうとはしなかった。いわば、滞納してしまっているのだ。


 ようやく追放の傷から立ち直り精神が回復し始めてきた今、俺は実のところ未納の分の宿代を早いうちに支払ってしまいたい。だが残念ながらそれをすることができないのっぴきならない状態に俺は陥っている。

 俺は、財布代わりにしている巾着の口を開いて中身を確かめた。

 入っていたのは銀貨十枚と銅貨三枚。三日分の食料がぎりぎり賄えるレベルの極貧状態である。宿泊代を支払うどころの話ではない。一週間後の生活すら見通しが持てないレベルである。


「どうしてこんなことに……」


 そう独り言を溢しながらも、俺はその原因を理解している。ベッドの横に置かれた小さめの机の上を埋め尽くしている本の山に視線を落とした。

 療養中に買い揃えた巷で噂の小説の数々だ。

 初めはほんの暇つぶしのつもりで二、三冊だけ買っていたのが、まさかのドハマりしてあっという間に読み切ってしまい、とにかくたくさん小説が読みたくてしょうがなくなった。

 その結果、この半分も読み切れていない本の山と金銭状況の惨状が生まれてしまった。


「……どうしよう。宿代は払えてないし本も読み切れてないから、このまま野垂れるわけにはいかないけど」


 俺は迷った。どうすればお金を手に入れられるか。

 まず考えたのは本を売ること。状態は悪くないし書数もそこそこあるから悪くない手なのではないか。……まあそう思ったのは最初だけで、この案はすぐに却下した。そもそもまた読むかもしれない本を売るなんて勿体ないし、仮に売ったとしても稼げるのはせいぜい一週間分の食費ぐらいで宿代を返すなんて夢のまた夢だ。

 次に考えたのは、手持ちの装備を売ることだ。俺は一応ヒーラーとしてはS級だし、他の支援魔法の使い手としても国内では指折りの実力者なのでそれに見合った性能の装備を使っている。高級な魔物の素材が使われていたり職人の技巧が凝らされていたりするので、かなり高額で売れることは間違いない。しかしこれも却下。この方法で得たお金をもってしても延滞していた分の宿代を払いきるのは難しいだろう。


 このまま適当に考え続けても実用的ではない案が延々と思い浮かびど壺にはまりそうだと思ったので、俺は一度自分の長所を思い浮かべることにした。そこから名案が浮かぶこともあるかもしれない。


「俺の長所かぁ。長所……長所…………う~む」


 俺は考えた。身体的な面から、精神的な面から、経験的な面から、人間関係の面から、特技の面から、エトセトラの面から考えてみた。

 その結果思いついたのは――


「俺には、魔法しかない…………だと?」


 それだけだった。「夜更かし小隊」に入ったことを機に剣士からヒーラー兼支援術士にコンバートして以来、クビになるまで毎日研鑽を積んでいたから、俺には自分の魔法だけに関しては絶対的な自信があった。


「ま、魔法以外には目もくれず、あんだけ頑張って磨いたんだから当然っちゃ当然だわな」


 自分が魔法以外に関して自身を持っていないというのは多少空しくはあるが、お金を稼ぐための第一歩目のヒントが得られたというのは大きな進展だろう。


 さて、問題となるのはこのお得意の支援魔法を生かしてどうやってお金を稼ぐかである。

 魔法を活かす以上、冒険者への復帰はほぼ確定と見なすべきだ。その上でどのようにするのがよいだろうか。

 俺単騎でダンジョンに潜ってモンスターを討伐するのは無理だ。元剣士とはいえ、当時ですら俺の剣士としての腕前はC級かそれ以下である。

 今更だが、この国では冒険者にはランクが与えられる。最低からC級、B級、A級、S級というように上がっていき、最上級はX級である。

さらに冒険者は剣士、魔法使い、盾使い、弓使い、その他武具使い、格闘家に分類され、その各職ごとにランクが与えられる。

つまり俺は、剣士として最低級でありながら前衛を志望していたのだ。どんな強メンタルだよ。いまさらだけど恥ずかしいわ。

結局何が言いたいかというと、俺は自分自身で支援魔法がかけられたり回復できたりするがそもそものフィジカルがないので、一人ではモンスターと戦えないということだ。

では、以前の『夜更かし小隊』の時のようにギルドのメンバー募集掲示板からパーティーを組むか。それも御免だった。これでもかなり優秀な魔法使いなのだが、本来なら国に仕えるレベルの術士である俺は、一般的な冒険者にとってその価値を正しく測る事ができない。故に、割に合わない配当が与えられる場合がほとんどであろう。そして俺の価値がわかるような上級冒険者は全員が優秀なメンバーでパーティーを構成しているため、俺の介入する余地はない。


ならば、俺からパーティー募集を呼びかけよう。一回の探索限りにすれば使い捨てられることははい。適当な誇大広告で冒険者を煽って、相手の勢いのままにパーティーを組み、後から高い報酬を要求すれば金かあるいはもっとイイものが手に入るかもしれない。

金目のものとか、あわよくば体とか――


「イヒヒ……」


 どうやら『夜更かし小隊』の一件で俺の心はどこか歪んでいたようだ。

 自分が思っている以上に、ずっと信じていた仲間から裏切られたショックは心に傷を与えていた。

 しかしこの歪みに俺が自分で気づくことはないのだった。


 煩悩を手にした俺は、いてもたってもいられず早くも行動を開始した。


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