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83.新しい国に老害は不要だと放逐された老人たちの建国記

 ヴィードランド王国が大きく変化したことなどつゆ知らず、アントン達は平和な日常を過ごしていた。


 3000人増加によって、最初の村を含めて村は6つに増える事になった。

 ひとつの村に5~600人ほどである。

 この人数は主に消費する薪の量と、安定して得られる木材資源から余裕を持った数字として決定されたものである。

 食料生産に関しては、当面は種類を絞って作業負荷を軽減しつつ、精霊魔法と併用して生産量を水増しする事で食い扶持を賄う。が、精霊魔法なしでの農業にシフトするのが最終目標だ。


 最初の村はいつしかアレク村と呼ばれていた。

 誰が名付けたのかは不明だが、最初の村、開拓村、その他の暫定の住処と複数の住処があるため、呼び分ける必要が生じたためいつの間にか

 最初の村:アレク

 開拓村:ベルトルト

 川沿いに作られた暫定の住処:ツェーザル

 それ以降に追加で作られた村:ディーデリヒ、エーベルハルト、ファビアン、ゲルト。


 村に名前が付いたことで、住人達の気持ちも少しだけ変化した。

 荒れ地の村の村人が、アレク村の村人になり、帰属意識が発生した。

 ここは自分の村であるという気持ちが、様々なモチベーションに繋がった。

 守るべき場所。

 発展させるべき場所。

 そういう気持ちだ。


 精神論が全てではないが、最後の最後に限っては、それは馬鹿にならない違いとなる。


  ◆◇◆◇◆


 そして村の環境が整ってから最初の満月の日。


 アントンとクリスタはアレク村、マーヤはディーデリヒ村に移動して、奉納の用意をしていた。

 ヨーゼフはマーヤと共に訪れたディーデリヒ村で、奉納の用意をしながら首を傾げていた。


「どうしたのよ。何か気になることでもあった?」

「いやな。村の名前はなし崩しに決まったけんど、国の名前はどうすんだべかと思ってな?」

「あー、さすがに国名はあたし達が決めないとダメよねぇ」

「ふつーは村の名前もだけんどな」


 とヨーゼフが笑いながら組み立て式の奉納台を組み立てて行く。


「候補はあるのかしら?」

「ねぇなぁ。ちいっと考えてみたんだが、難しいもんだなぁ。仰々しい名前は違うべ?」

「例えば?」

「なんとか聖国とか精霊なんとか国みてぇなのだな」


 マーヤは、確かにそれは恥ずかしいと呟く。


「実態としては精霊を国名に入れるのはアリだと思うし、国として名乗りを上げるなら、はったりも必要だけど、あんまり痛々しいのはちょっとイヤね……」

「マーヤなら何とする?」

「あー、そうね。もうアントン王国でも良いんじゃない?」


 国になるとすれば、この辺りでは王制となる。

 そして王を立てるなら、それは精霊と最初に対話した巫覡(ふげき)であるアントンが適任である。

 その辺りは何となく全員の共通認識となっていた。


「そんなことば言っとると、聖マーヤ精霊国とかにされっぞ?」

「それはイヤねぇ……さて、大体準備は出来たかしら?」


 マーヤは辺りを見回して不足がないかを確認する。


 現在、各村には精霊の祠が設置されている。

 祠には、精霊から新たに貰った木の器を設置し、日々、村人達がそこに精霊魔法で産みだした水を注いでは祈りを捧げている。

 そして、祈りの度に器の底の部分の複雑な模様が黄色みがかった柔らかな光を放ち、器の中の水が減っていくのを見て、村人達は精霊の存在を強く感じるという生活を送っていた。


 木の精霊が望む事を知るアントン達は、それはもう奉納と呼んでも差支えないのでないかと思ったりもするのだが、それはそれである。


 今回は、祠の前に綺麗な板で作った卓を設置し、白い布を掛けて祭壇とし、祭壇の奥側には葉が付いた小枝、右手前に小皿に乗せた獣脂に芯を入れて灯した灯明、左手前に小皿に盛った土を置いて、その中央にアントンが木の精霊から受け取った木の器に、水の精霊魔法を使える村人が水を注いだものを置いている。


「必要なものは揃ってるわね?」


 マーヤの問いに、ヨーゼフが頷き、始めるべ、と、村人に向き直る。


「だば、みんな目さ閉じて、木の精霊の守護に感謝を。マーヤは祝詞ば頼む……」

「祭壇前にマーヤが立ち、祭壇に向って手を合わせて深く頭を下げる。


「では、皆さん。精霊の守護に感謝と、加護を祈ってください。


 我らに加護を与えたもうた木の精霊よ。

 豊かな水の力によりて大地を緑に染め、風に揺れ、いずれは火を生み出す全ての精霊の子にして、木々、草花の主よ。

 この地の新たな住人となった者たちが、御身に感謝の祈りを捧げます。

 この者達の汚れを祓い、御身の守護と、加護の在らんことを、精霊が友、アントンとその代理人マーヤの名において、ここに祈念す」


 そして、マーヤは振り返り、跪く村人達に向って目を開けるように声を掛ける。

 木の器が光を放ち、辺りを柔らかな光が包む。

 そして水が少しずつ減っていく。


 村人達には日々の祈りで見慣れた光景である筈が、場を整えて仰々しく行なう事で、器が放つ光もいつもよりも神々しく見え、村人達は感動しながら感謝の祈りを捧げるのだった。

 村人達が感動する様を見たマーヤは、すっと頭が冷えるのを感じた。


(感動が大き過ぎるわね……これは良くないわ……)


 人間は刺激に慣れてしまう生き物だ。

 兵士達の士気の維持について苦労をしていたマーヤは、だからこそ、強い感情ほど長く持続しないことを知っていた。

 また、感情の波が大きいほど、それ以降の波は相対的に小さく感じられるようになってしまうものだ。


(こうした事を甘く見ていると、いつか大きな問題になったりするのよね)


 精霊との契約はこの土地の防衛の要である。


 奉納は精霊との契約で定められた事であり、決して疎かにしてはならない。

 防衛の要だけに、秘密保持が必要で、だから村人達すべてに詳細は明かしたりは出来ないが、だからこそ、ある程度、望む方向へ誘導するような話をしておくべきだ、とマーヤは感じた。

 そこまで具体的な思考の流れがあったわけではないが、兵士を鼓舞するのと同じように、緩急を付けた訓話が必要だとマーヤの直感が囁いたのだ。


 奉納で大きく感動しているのなら、刻み込むのはここである。と。


 そう考えたマーヤは、感動する村人達に、精霊との出会いから今に至る物語をお伽噺のように色々と脚色しながら村人に話して聞かせた。

 それは、ヴィードランド王国内であれば、馬鹿げたお伽噺だと言われそうな内容だった。


 外つ国で追放され、導かれるように北を目指した老人達と一人の娘の物語。

 彼らはある晩、荒れ地で美しい羽を持つ虫が月に向って飛ぶのを見て、この地に辿り着く。

 寄る辺のない彼らは、アレク村の位置にあった草原で一夜を明かす。

 草原で夜の見張りをするアントンの前に、輝く姿の精霊が姿を現わし、老人達を哀れに思し召した木の精霊は、彼らに少しだけ力を貸すことにした。

 そして真摯な祈りと満月の晩の奉納がある限り、その加護は続く。と約定が交わされた。

 その後も同じく追放された者たちが流れ着き、人が増え、村が広くなった。

 最初は板すら作れなかった彼らだが、やがて水車を作るようになり、複合精霊魔法による開拓速度向上により、村は広くなった。

 そして、今ではシューマッハ領からの3000人を受け入れてもなお余力のある国家となった。

 それらは、アントン達を哀れに思し召した木の精霊の力である。

 だからこそ、自分たちは約定を違えてはならない。

 精霊の加護に感謝の祈りと奉納を忘れてはならない。


 そういう物語だった。

 月に向って飛ぶ虫に導かれたとか、精霊に出会ったとか、加護を得たとか、精霊神殿の者でも失笑するようなお伽噺である。


 しかし村人達は、初めてこの地に来たときになぜか川を渡れなかった事を思い出した。

 精霊に祈りを捧げた際に、精霊の加護を与えられた事を思い出した。

 複数の精霊の加護を持つ人間など、彼らの知る限り、それこそお伽噺の中にしかいない。

 そうした加護は、日々の祈りと奉納によって、精霊が齎してくれた恩寵であるとマーヤは語った。


 彼ら自身の経験が、それが単なるお伽噺ではないと教えていた。

 そして、その日以降。

 その物語を村人は子供達への寝物語として伝えた。

 そして最後にこう付け加えるのだ。


「他の国では、加護を得られない者もいる。多くても加護はひとつだけ。この土地は特別なのだ。だが特別なのはこの土地に加護をくださる精霊様のおかげ。日々の祈りと、奉納で、常に精霊様に感謝の気持ちを忘れてはならない」


 それは一歩間違えれば選民思想に繋がりかねないような話だが、他から来た民であっても精霊に認められれば加護が得られる、精霊への祈りや奉納を疎かにすると誰であれ加護が失われるかも知れない、という点が、選民思想とは一線を画している。

 マーヤが語った事を聞き知ったヘンリクとリコは、後にそれを村人から聞き取り、一部に訂正を入れつつも、それをこの国の正史として残す事になるのだが、この時のマーヤは知る由もない。


  ◆◇◆◇◆


 そうして、緩やかに村が増え、いつしか、西の荒れ地も農地として利用されるようになり、彼らは国としての体裁を整えていく。

 彼らはまだその存在を秘しているがいつかは世界に向って名乗りを上げる事になる。

 その時に備えて、国家に必要な組織を作り、官吏を育てなければならない。


 彼らの国土には、南北に縦断する運河があり、その運河の水は、かなり上流から引かれている。

 それは本流よりも流れが緩やかになるように作られているため、船での移動も容易である。

 そして、運河と交差するように伏せ越しで伸ばされた沢山の用水路と畑が彼らの土地の大半を覆っている。

 そうやって水面の面積が増えた事と、耕作地への散水による影響もあってか、少しだけ周辺の湿度が高くなり、周辺の降雨量も増えつつある。


 荒れ地に降った雨はそのまま砂礫の奥に飲み込まれるが、いつかは限界が来るはずだ。

 そうなれば彼らの国家が、広大な元荒れ地を国土に変え、強大な国に成長する可能性もある。


 アントン達にはそれを見るだけの時間があるかは不明だが、いずれはクリスタか、その子か孫が。

 そうした景色の中で暮すことになるかも知れない。


 こうして、新しい国に老害は不要だと放逐された老人たちは国を興し、彼らの子孫はいつまでも幸せにくらしましたとさ。

最後までお付き合い頂きありがとうございました。

取りあえず、書いてみたいと思っていた事は一通り書けましたが、結構難しかったです。

早い時期に感想を閉じたので、好き勝手に暴走してしまったかも知れません。


10/27いっぱいまで感想を開けておきます。

ごめんなさい。感想開くの失敗していました。

ご連絡ありがとうございます。

改めて、感想開きました。

10/28いっぱいまで開けておきます。

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