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老害追放――新しい国に老害は不要だと放逐された老人たちの建国記。ときどき、若返った国の崩壊の記録。荒れ地の果てに新国家を作ります――  作者: KOH


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81.カスパル

 そして、フンメル公爵と『爵位持ちの上官』が面談する日がやって来る。

 アロイス・エルスター公爵は、夜の内に残りの部隊を砦近くまで進めさせた。


 まだ日が昇りきらない内に、砦からは死角となる位置に布陣したアロイスは、


「計画に変更はない。フンメル公爵が同盟の貴族との話し合いのために門を出た所で護衛と分断し、即座に拘束せよ。拘束が難しい場合は逃がさない事を最優先とする。逃げられそうなら殺害も許可する」


 そう命じた。

 命令を受けたグスタフの隊は、砦の目の前の陣幕とその周辺の木の陰に姿を隠した。彼らにはフンメル公爵が出てきた所で騎士達に襲いかかり、騎士とフンメル公爵を分断する任を与えられていた。


 フロリアン――いつもの農民の扮装ではなく弓兵の姿――の部隊は、最後に地図を確認して、フロリアンを残して森に入っていった。

 そして


「……弓兵は伏せました」


 とフロリアンが報告をする。

 満足げに頷いたアロイスは、


「開始の合図を受けたら、奥から順に砦に矢を射かけさせよ。目的は陽動だ。すべて変更なし」


 と命じる。


 日が昇り、暫く経った頃、砦の門が開く。

 5名の騎士を伴い、門から現れたのはフンメル公爵だった。


「……姿形は本人そっくりです」


 ローベルト・アウラー子爵は、陣幕の影から覗いてそう告げる。

 アロイスもそれに同意し、右手を高く挙げ、『開始』の合図を送った。


 伝言ゲームのように送られた合図が一番奥に伏せている弓兵に到達した。

 直後、塀の中に矢が打ち込まれ始める。

 砦内に落ちるように3射して、下がって伏せる。


 伏せていた弓兵は総勢30人。

 それぞれが3本を射込めば、90の矢が塀の中に降り注ぐ。


 塀の上の騎士達は、


「森の中からの攻撃だ!」


 と叫びはするが、隠れ家として作られ、守りに向かない塀の上からでは木々が邪魔で兵士の姿など見えない。


「何があった?!」

「おいっ! 報告をしろ!!」

「俺は砦内に逃げるぞ!」


 騎士としてはやや不適格な者たちが大騒ぎをする。


 中には


「公爵様を中に!」


 と叫ぶ騎士もいるが、その声は行動に繋がらない。


 悲鳴と怒号があがった事で、フンメル公爵の護衛についていた騎士達が声が聞こえた方向(後ろ)に注意を向ける。

 その瞬間を狙い、門前近くに隠れていたグスタフ部隊の兵士達が飛び出した。


 兵士達は、両手で長柄の鈍器を振りかぶってそんな騎士達に叩きつける。

 騎士達の視界は狭い。

 状況を理解出来ないままに奇襲を受け、金属鎧がひしゃげる音が響き渡り、5名いた騎士は、初撃で3名が倒された。


 それでも護衛の騎士達は、公爵を守るために前に出ようとするが、多勢に無勢である。

 裏切られたと理解したフンメル公爵は、周囲に視線を走らせて逃げ場を探すが、門との間には騎士達を叩きのめしていた兵士がいる。

 陣幕側にも兵士の姿があるのを見て、兵士の姿が少なく見える塀に沿った細い道を走り出した。


「ほう、知恵はあるようだ」


 護衛の騎士達を制圧したグスタフ小隊は、陣幕で盾を受け取ると公爵を追い始める。

 そこで、公爵に当たらないと判断した塀の上の騎士達がようやく攻撃を開始した。

 普通、塀の上からであれば投石や弓矢が主力となるが、森に近すぎるため、騎士達の武器は長槍であり、公爵を追う兵士達を槍で攻撃する。

 盾をかざしてその攻撃を受け流しながら兵士達が公爵に迫る。

 が、これも陽動だった。


「うぐわぁっ! な、何をするっ!」


 森の木の影に隠れていた弓兵が、近くを通った公爵を森に引き込む。

 そして、甲高い笛の音が辺りに響き渡った。


「フンメル公爵を確保した。抵抗を止めよ!」


 アロイスが前に出て、そう叫ぶ。

 アロイスだけは、借りもののヴィードランド王国の近衛の鎧を着ており、そんなアロイスに投降を求められた騎士達は、フンメル公爵の身柄を押さえられている事もあり、抵抗を諦めた。


  ◆◇◆◇◆


 弓兵達が砦の周囲を囲んだ状態を維持したままで、騎士達の武装解除と砦の解放を命じたアロイスは、廃村に移動してフンメル公爵の取り調べを開始した。


「公爵に対して無礼であるぞ! なぜ我が国の近衛がここにおる!」


 猿ぐつわを外した第一声はそれであった。


「この鎧は、王からお借りしたもので、私は近衛ではありません。お久し振りですね。カスパル・フンメル公爵」

「……貴様、この儂を見知っておるのか?」

「国に仇なす大罪人にして、フンメル公爵領の領主、カスパル・フンメル公爵ですね? 何度かお会いしましたが、お忘れですか。貴族としては致命的な失態ですな。私はエルスター公爵ですよ」

「ふざけるな! 外務卿なら何度も会った事がある。お前のような若造ではないわっ!」

「ええ、此度の戦争で父は戦死し、エルスター公爵家は代替わりしましたから」


 それを聞き、フンメル公爵は鼻で笑った。


「ふん! あの愚か者が死んだか。ならばこの国はもっと良くなるな」


 アロイスは拳を握りしめながら、蔑むような目付きで嘲笑した。


「おやおや、仮にも前公爵を悼む言葉もないとは、フンメル公爵家は貴族としての礼儀をご存じないらしい。しかしまあ、これからこの国は良くなるでしょう。それには同意しますよ」

「……なんだと?」


 親の死を馬鹿にされ、アロイスが顔を真っ赤にして怒るかと思っていたフンメル公爵は、拍子抜けしつつも予想と異なるアロイスの反応に疑問を呈した。


「いや、この国の害悪となっていた貴族の大半は既に諸国軍……彼らの言葉で言えば同盟軍によって討ち取られているそうで、あなたが最後なんですよ」

「お前ら! まさか恥知らずにも諸国軍に降伏したのか?!」

「隠れ潜んでいた恥知らずな臆病者にだけは言われたくはないですなぁ。我々は降伏はしておりませんよ。父が命がけで停戦をもぎ取り、相手から休戦条約締結を申し入れてきたのです」

「なぜだ! 軍事力は圧倒されていた筈だ!」

「父は外務卿でしたからね。戦争の勝敗が軍事力だけで決まると考える愚か者ではないのです。知恵と言葉が父の武器です」


 同時に「その愚か者はお前だ」という毒を言外に伝える辺りは、アロイスは父に似ていた。


「待て……儂が最後と言ったな? なぜここまで引き延ばした? 儂を捕えた目的はなんだ?」

「なぜそれを教えて貰えると思ったのですか? ああ、ひとつだけ教えて差し上げましょう。今のあなたは平民扱いする事が許可されています」

「ふっ! ふざけるな! 私には王家の血も流れておる! なぜその儂が平民呼ばわりされるのだ!」

「さて、なぜでしょうね。まあでも、普段通りに喋りまくってくれたこと、感謝しますよ。あなたがご本人であるときちんと確認出来ました……連れて行け!」


 兵士にそう命じると、フンメル公爵――いや、家名を失い、ただのカスパルとなった老人は、口汚くわめきながら兵士に小突かれつつ外に連れて行かれる。


 アロイスは、疲れたような溜息をつきながらその醜態から視線を外し、今回の作戦の事務手続きの書類を処理するのだった。


  ◆◇◆◇◆


 カスパルは、両手両足に枷を付けられ、廃屋だった小屋のひとつに閉じ込められていた。

 本人確認が出来ているのだから殺しても構わないが、ヴィードランド王国にとって、分りやすい悪役の存在は利用価値がある。


「わ、儂が平民扱いされるだと? ふん、尊い血の意味も知らぬ愚か者が……だが、貴族派の大半は討ち取られたと言っておったな。全員が討ち取られたのでないなら、まだ勝機はある」


 ヴィードランド王国の王宮に於いて、今回問題を起した貴族達の爵位の失効と領地返上は決定事項である。

 なぜならば、ヴィードランド王国に於いては貴族を死罪にすることは出来ないためである。


 貴族派の貴族の大半は同盟の手で処分されたが、身柄を拘束された者も少なくはない。

 彼らもカスパルと同じように爵位が失効して平民の身分となり、処刑を待つ身となっている。

 アロイスが述べた「貴族の大半は既に諸国軍によって討ち取られた」というのは、残りは逃がしたという意味ではないのだ。


 王宮としては、今回の騒動の明確な悪役を欲しているのだ。

 貴族として荒れ地に追放したのでは、民衆に罪の在処が伝わりにくい。

 だからこそ、公開処刑をもって民衆に事態の幕引きを伝え、今後の変化についても彼らのせいだと知らしめる必要があるのだ。


 そうやって、この件で発生する悪感情が向う先を限定する。


 そのためのカバーストーリーはこうなる。

 元フンメル公爵とその仲間が周辺諸国に迷惑を掛けたため、周辺諸国が軍を送ってきた。

 単身、外務卿が敵陣に乗り込み、命がけで対話の道を開いて矛を収めて貰った。

 そして、元フンメル公爵とその仲間の身柄が拘束され、処刑の運びとなった。

 協力して悪を滅した事で、ヴィードランド王国と周辺諸国の関係は密接になり、平和が戻った。

 ただし、やらかしたのはヴィードランド王国側なので、国家としてペナルティーを受ける事になる。


 ほぼ真実であるが、今後も国を治めねばならない(バート)のやらかしだけはなかったことにされる。


 そうした運命を知らぬまま、カスパルはこの状況をどうすればひっくり返せるのかと思考を巡らせるのであった。

誤字報告など、ありがとうございます。


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