8.夜営
岩と箱馬車を使って張った天幕はいわゆるタープである。
人が歩けるほどの高さを有し、雨が降ったらその下に逃げ込める。
それとは別に個人のテントが1つ。
アントンとヨーゼフ用が1つ。
マーヤは着替えもあるのでクリスタの箱馬車に間借りする。
野営地には、これからは貴重品となるが、微量の虫除けの粉を撒いている。
ヨーゼフが鉱山で使っていた薬で、かなり効果があると言う。
「夜の見張りはアントンが最初で、後半はあたしでいいわね?」
「そうじゃな。ヨーゼフには寝る前に水を出して貰わんとならんし、クリスタは訓練で疲れているようじゃし」
「大丈夫ですわ。わたくしも見張りをしますわよ」
「ヨーゼフとクリスタの精霊魔法は、ワシらの命綱じゃ。ふたりはできるだけしっかり休んでくれ」
「わしゃ遠慮なく寝るぞ。嬢ちゃんもそうしたらええ。こういうときは寝るのも仕事だべ?」
こう言われてもなお自分が起きていると言えば、ヨーゼフにも同じ事を求めることになってしまう。
そう考えたクリスタは
「分かりましたわ」
と口を閉じた。
食事の後片付けを終えると、出来ることは少ない。
灯りは焚火が消えない程度に熾火を残し、時折、太めの薪を入れて火吹き棒で息を吹き込んで火を移す。
オイルランタンも魔石ランタンも貴重品である。用意はしてあるが点けることはない。
ヨーゼフがいるから水だけはそれなりに使えるが、それ以外はすべて限りある資源で、この先補充できる保証はない。
眠気覚ましのお茶ですら、荒れ地では貴重品なのだ。
つまりは暇潰しに何かを口にすることは憚られる。
白湯だけは飲めるが、それだけなら飽きるしトイレが近くなるだけだ。
だから眠気を堪えながらアントンは軽い運動をする。
そして、槍を片手にフラフラと野営地周辺を見て回る。
水もない荒れ地である。
生命はほとんどいない。
ほぼ熾火とは言え、焚火があるのに羽虫すら飛んでこない。
そんな中、アントンは砂礫の一部が動いているのを見付けた。
否。
それは砂礫に似た模様の何かだった。
「あれは蛇じゃな?」
砂礫の色をした蛇が横たわっていた。
妙に平べったくも見えるが、低い姿勢で何かを狙っている。
ふいに、ふらり、と首を揺らした蛇は地面に噛みついた。
その口から昆虫の足のような物が覗いている。
「……ふむ。やはり虫や蛇はおるのじゃな……毒のあるものでなければ良いが……どれ……精霊よ、穿て」
アントンは槍を使わず、遠くから土の精霊魔法で石つぶてを放つ。
指の爪ほどの大きさの石は蛇の首に当り、その体を断ち切った。
アントンはわざと砂礫を蹴飛ばして音を立てながら蛇に近づく。
ふたつに分かたれた蛇は、首側も尻尾側もうねうねと動いている。
アントンはその蛇の頭に槍を突き刺し、腕に絡まろうとする尻尾側を拾い上げて焚火のそばに戻り、しっかりとトドメを刺して皮を剥いで丁寧に洗うのだった。
◆◇◆◇◆
夜半。
そろそろ交代の時間かとアントンが夜空を見上げていると、マーヤが起きてきた。
「ふむ。流石じゃな。そろそろ起こしに行こうと思っとったんじゃが」
「夜中の交代に自力で起きるのは基本よ……あら、蛇がいたの?」
「おう。見慣れない種類じゃったが」
アントンが解体した蛇の皮の模様を確認したマーヤは、
「この模様は『まだら砂蛇』ね。一応分類は魔物よ」
と種類を告げる
「毒は?」
「噛まれると3日くらいは腫れるわね。死んだって話は聞いたことないけど」
「魔物なのか……なら後で頭を割って見るか」
「魔石? 魔道具なんて持ってないわよ?」
魔石は蓄積されている魔力の質や量によってその色合いやサイズが異なる。
もっとも、それを使うに必要な魔法陣は作成に手間と材料費が掛る割に寿命が短いため、ほとんど普及していない。
例えば、魔石ランタンも存在するしアントンも持ってきている。
が、使えば時間あたり、魔石1個が消えていく。
そして使われる魔法陣も劣化が進むと暗くなるため、数年で魔法陣の交換が必要になる。
それがこの世界の魔道具だった。
だから、普通なら魔石にはさほど価値がない。
「魔石ランタンは持ってきておるぞ? それに綺麗なのが出る事もあろう?」
「透明度が高いのならヨーゼフにクリスタちゃんの装飾品に加工して貰いましょう」
「うむ……まあ見た目が良くなければ魔石ランタン用じゃな」
アントンは小さなナイフでまだら砂蛇の頭を割って中から小さな石を取り出して指先で血や脂を取り除く。
焚火の明かりでキラリと、小石が光る。
「まずまずね。小さいけど、薄い青が綺麗だわ。ペンダントトップには小さいから、指輪がお薦めね」
「そうか。ならランタンに使わず、取っておこう」
「で、肉はこっちね? ちゃんと洗ってあるわね? これは食べられるわ……少し炙ったら、日陰で乾しましょう……あら、お腹の中には白サソリがいたの? こっちの毒は麻痺毒で、馬でも倒れるから気を付けてね」
蛇の胴体と捨てた内臓を検分したマーヤは楽しげにそう言い、首の断面を見て目を細めた。
「これ、魔法よね? アントンってこんなに精霊魔法を使えたかしら?」
「精霊魔法は仕事で使っておったからか、いつの間にかな」
「見てみたいわ。あの薪を撃ってみて」
マーヤはそう言って、火を付けていない薪を指差す。
こうなったマーヤは、なかなか面倒だと知っているアントンは、溜息をつくと右手を掲げた。
「精霊よ、穿て」
コン、と軽い音を立てて石つぶてが薪に刺さる。
それを見たマーヤが目を丸くする。
「石つぶてが刺さった?」
投擲した石が木の幹に刺さるようなものだ。
普通は刺さらない。
それを知っているマーヤは目を丸くする。
「刺さりやすい形の礫をイメージしたからじゃな」
マーヤは薪を拾い上げて炎のそばでマジマジと確認した。
そこら中にある砂礫と同じ色合いの石つぶてが、薪に半ばまで突き刺さっていた。
その形状は円盤。薪に当たった際に一部が欠けていたが、端がそこそこ鋭い形状の円盤だった。
「こんな形のつぶてなら、確かに刺さるかも知れないわね。ん? 短剣をイメージしたら、そういう形になるのかしら?」
「前に試したら形はできたが、飛ぶときにバランスが崩れて刺さらんかったよ……さて、ワシはもう寝る。後は頼むぞ」
「ええ……異常は蛇だけね?」
「ああ。ここまで静かなのが異常に思えるが、荒れ地ではこんなもんなんじゃろうなぁ」
普通なら、王都であっても鳥や虫の声がある。
それがまったくない。
荒れ地の経験が皆無のアントンからすれば異常な事態だ。
「ここまで奥までくれば、そういうこともあるわよ。でも、蛇がいたように、生き物がいないわけじゃないわ」
「そうじゃな。警戒は必要じゃな」