78.偵察結果
「報告します。先に報告したように、フンメル公爵の潜む砦を発見し、周辺の偵察を行ないました。周囲に伏兵なし。砦から川に繋がる箇所に道の痕跡はあれど、低木が生えており、徒歩でなければ移動は不可能。道の痕跡は川辺の祠跡に続いておりましたが、祠は崩壊しており、その他の建造物は発見出来ず。川岸は断崖になっておりまずが、細い道を辿って川原に降りられます。これが周辺の概略図です」
報告のために戻ってきたフロリアンは、簡潔な報告と共に、現地の状況を記した概略図をアロイス・エルスター公爵の横に控えるローベルト・アウラー子爵に手渡す。
「ご苦労。聞きたいのだが、道側と川側に軍を配置して、砦を囲むことは出来そうか?」
「…………道側以外は深い森ですので、そちらに軍を展開するのは難しいかと」
アロイスは概略図を広げ、砦の周囲の状況を確認する。
そして、砦の周囲には、森との間に僅かな隙間はあるが、そこに兵を並べることは無理だと判断した。
「周囲の木々の根元まで、塀の上から槍が届くほどの距離しかないのか。これでは、木に登って侵入出来てしまうのではないか?」
「塀の内側については、離れた位置の木に登って確認しましたが、近い木に登って発見されなければ可能かもしれません。ですが、流石に塀の上には見張りがおります」
「ふむ」
アロイスは、どう攻略するべきかと首を捻った。
戦略目標は毒の対処である。
毒を使わせないこと。
毒の知識を持った、制御出来ない者を処分すること。
使わせない、については川の方向に予備兵力を置いて万が一に備えることで対策とできる。
問題は、処分の方だ。
拠点を落すだけなら容易い。
この砦には致命的な欠陥がある。
防衛拠点ではなく隠れ家とするため、周囲の木々が残されているのだ。
だから、少し離れた森の中に油と薪を配置して、全方位の森を焼けば、少なくとも木製の塀は消え失せるし、煙と熱で中の者が死んだり焼け死んだりするかも知れない。
だが、その手段は最後の手段となる。
毒の知識を持るフンメル公爵の身柄を確実に押さえなければならないからだ。
煙で死ぬならともかく、焼け死なれて炭になってしまうと、本人確認が出来ない。
密かに逃げ出されて、別の場所で毒を使われるという事態は避けねばならない。
王からは生死不問と命じられているが、後々を考えると生きたまま捕えるのが理想だ。
その場合、隠れ家の構造が問題となる。
隠れ家としての機能を優先しているとは言え、仮にも防衛設備の砦を元にしている以上、真正面から突っ込むのは危険すぎる。
「フロリアン隊長。君ならどう攻めるかね? 実際に現場を見た者の『感想』を聞きたい」
「個人の感想で宜しければ……3通りの策を思い付きました。ひとつ目は、塀には数カ所、傷んでいる部分がありましたので、夜陰に乗じてそこを破壊して侵入する方法。ふたつ目は天候次第ですが、晴れが続いたタイミングで森の中に砦を囲むように大量の薪を配置して点火。山火事をおこして塀を灼き尽くし、あわよくば蒸し焼きにする。みっつ目は、農民として交流を深め、相手が油断した所で内部から、というやり方でしょうか」
「なるほど……交流して内部に入り込む、か……普通に考えるとかなり難しそうだが、勝算があるのかね? いや、勝算を考えるのはこちらだ。なぜ、その案が出たのかを聞かせてくれないか?」
「我々は農民として、近くの廃墟に住み着いて炭焼きをしつつ偵察を繰り返しています。砦の騎士には敢えて発見させておりますが、彼らが我々を疑ってはいる様子はないように感じました」
フロリアンの隊の兵士は、大半が農村出身であり、ここしばらく、農民に扮して村などで情報収集をしていたため、見た目も言葉もほどよく荒れている。
農民から見ても農民に見えるのだから、疑う騎士などいない。
川で魚を獲って、その帰り道、偶然砦を発見した風を装い、
「こんな立派な御城。エライ人が住んでるに違いねぇ」
と魚を献上すれば、繋ぎは付けられる。
その後も不定期に、新鮮な食材を供給すれば、その関係は強固になる。
荷車に乗せた荷物を、そのまま倉庫に入れたりするのを頼まれるようになれば頃合いだ。
「……フロリアン隊長は、そういう搦め手が好きなのかね?」
「軍記物などはよく読みます」
「……そうか。都合良すぎる想定もあったが、全体としては面白い。案のひとつとして検討しよう」
◆◇◆◇◆
林を開拓するというのは、本来とても時間がかかる作業である。
木を一本切り倒すだけなら、そう時間は掛らないが、切株を抜根するのは時間を要する重労働だし、切株を取り除いた穴は埋めて使える土地にしてやらなければならない。
アントン達の開拓が順調だったのは、土の精霊の加護持ちが、木の精霊の加護を得たことで、複数種類の精霊魔法を混ぜて使う事が出来たからだ。
そして、新たに加わった村人、総勢およそ3000人も、内1割ほどが同じ事が出来た。
また、水の精霊の加護持ちの割合も多く、彼らもまた、木と水の複合精霊魔法で開拓を推し進めた。
「随分と完成しておるな……というか、完成しすぎておらぬか?」
最終的な住処が決まるまでの暫定措置として、運河沿いを開拓させ、そこに簡易的な畑を作り、その隣に人の生活空間を作る。
そういう計画だった。
実際、それは実現されている。
所々に、人が集まれるような広場も作られ、物資はそうした場所に作られた倉庫に格納され、分配される。
それも計画通りと言える。
運河沿いの土地はあくまでも一時的な避難所であり、薪の消費量を考えれば、ここに定住を許すわけにはいかない。
そのため、最終的な開拓村の候補地を探して兵士の一部は探険を続けている。
の、だが。
広場のそばの船着き場に船を寄せ、物資が入った袋を下ろしたアントンは、呆れたように周囲を見回した。
「広場にベンチは良いとして、なぜ市が立っとるんじゃろう?」
そこには、この土地で作ったり手に入れたり加工したりした、様々な品を並べた市があった。
地面に布を敷いて、そこに並べる程度のもので、物々交換ばかりではあるが、最初の村にはまだそれすらない。
生産能力に余力はあるが、それらの余力の大半を開拓に注ぎ込んでいるためなのと、アントン達が流通をある程度制御して、全員に物資が行き渡るようにしていたからである。
アントンが荷を運んできたことに気付いた村人が、現場の責任者であるヨーゼフを呼んでくる。
「おう、アントン。視察だべか?」
「荷運びのついでにな……だが、随分と整ったな。暫定の村が一番発展しておるように見えるぞ?」
「あー、そりゃ、暫定の村だからこそ、だべ。開拓は落ち着いたけんど、自分たちの定住先は未定。家すら天幕で凌いどるべ? けんど、畑に肥料を漉き込んで、水を撒いて、精霊魔法で作物を育てっちまえば、後はする事もねぇ。暇を持て余しておかしな事されっと困るから、暇潰しをさせてんだわ」
「そういう事だったか。早めにきちんとした村を作らないといかんな。そっちはどうなっているか聞いておるか?」
「南に3キロほどのトコに、候補地があったちゅう話だけんど」
新しい村はひとつでは足りない。
周囲の薪の消費を考えれば、三千人を一カ所にまとめて生活させたらあっという間に燃料不足になってしまうためだ。
当面は、開拓した際に出た木の根などが燃料になるが、使い切ってしまえば周囲の木を伐らねばならない。
そして、伐った木が育つのには時間がかかる。
魔法を併用しても、生育に年単位が掛る木を数日で育てたりは出来ないのだ。
「暇潰しが必要なら、南に向けて運河を作らせることも検討するか。自分たちの村になる場所までの運河なら、希望にもなるじゃろう」
「市をやらせるよりゃ、ええかもなぁ……ああ、そうだっげ。ヘンリクがお前のことば探しとったんだ。荒れ地の緑地化の件と聞いたべ?」
誤字報告など、ありがとうございます。