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77.発見

「追い詰めるのは悪手。さて、どうするか」


 地図を見ながら策を講じるアロイスの元に、農民に扮した隊と通常の隊の指揮官がやってきた。


「お呼びですか?」

「ああ……まずは偵察だ。フンメル公爵のいる場所を特定したい」

「気付かれないように、ですか?」


 農民に扮した隊の指揮官がそう尋ねるとアロイスは頷いた。


「ああ、相手を刺激しないように。農民の姿なら見られても問題はあるまい。フロリアンの隊に任せる」

「範囲と精度と期限はどうなさいますか?」

「……最初の範囲は道が途切れる辺りにあるこの山だが……地図に記載がないような細い道があれば、その旨の報告と平行してその奥も徒歩で半日の範囲を確認だ。精度はそこにフンメル公爵の隊がいるかどうか。それと、他に川の近くに隊を伏せていないか。別働隊がある場合、隊を張り付けて動きを報告できるようにしてくれ。どの程度必要か?」

「この広さなら晴れていれば発見に二日。天候悪化を加味して六日といった所でしょうか。細い道があった場合はまた二日分を追加。周辺調査はそこから更に二日ほど。相手が貴族と騎士ばかりなら、もっと早く見付けられるかも知れませんが」

「よし、動いてくれ。グスタフの隊は、隊を分けて3交代で待機。フロリアンの偵察結果次第では即応の可能性もある」


  ◆◇◆◇◆


 フンメル公爵は、隠し砦の奥まった部屋で、持ち込んだ燻製肉を囓りながらちびちびと酒を飲んでいた。

 それ以外にやることがないのだ。


 いつ同盟の接触があるか分らないため泥酔は出来ない。

 だから嗜む程度に留めるつもりが、かなり長い時間飲み続けてしまっている。


 自身の酔いに気付いたフンメル公爵は、杯に水を入れ、それを飲み干す。


「くそ……条約破りの野蛮人どもが」


 ヴィードランド王国の大半の意見として、ヴィードランド王国はまだ条約違反はしていない。

 ただ、雨で川が氾濫して、荒れ地でのトラブルが発生した。

 荒れ地で発生したことに、国が責任を持つことはない、というのが国際常識だ。

 それに、食糧不足については現時点では予測でしかない。

 言いがかりに等しい。


 部分的に見れば、確かに貴族派の行いの影響があるかもしれないが、それは他の貴族派の連中がやらかしたことで、フンメル公爵の責任ではない。

 狭くて暗い砦で、自分が不味い酒を煽っているのは、他の無能な貴族派の連中がやらかしたからだ。

 フンメル公爵はそう考えていた。


 だが。


「だが、これは良い機会だ。国が滅びようとも、貴族の地位が高い国に売込めば、公爵の血を持つ私は安泰だ」


 同時にフンメル公爵はこれを好機とも捉えていた。

 それは貴族派の貴族にとって、論理的思考の帰結だった。


 貴族派の貴族の多くは、平民は貴族のためにある。貴族は平民とは異なる存在だと信じていた。

 魂の格が異なる存在であると。

 狼と犬のように、似ているが異なる存在であると。


 彼らの意識の中では平民は言葉を話す家畜なのだ。


 だから、他国の貴族は、同種の生物(貴族)である自分なら受け入れてくれる。

 そう考えている。


 もしも近隣諸国がそのように考えていたなら、そもそも戦争になる筈もなく、王都が陥落寸前まで攻撃される事もなかっただろうが、それは考えていない。


 その代わり。

 どうやって売込むか。

 国が変れば今と同じ公爵の地位は無理だろうが、侯爵にはなれるだろう。

 そんな事を考えながら、彼は、燻製肉の皿に手を伸ばす。


「……なくなったか……おいっ! 肉が切れたぞ! つまみを持て!」


  ◆◇◆◇◆


 その道は、地図にあったように山のそばの森のそばで終っていた。

 周辺には、廃村が残るのみ。

 そこから奥に入る道はない。


 普通なら、立ち寄る者も少ないだろう土地で、農民に扮したフロリアン隊の12人の兵士が廃屋の手入れを開始する。


 あるものはただ家を整え、井戸の掃除をする。

 そしてある者は山に入って薪を集め、斧の音を高らかに響かせながら木を伐採して枝を払う。

 炭焼きの準備を調えつつ、畑にも手を入れるが、こちらは雑草の処理を始めてますよ、という所で手を止めておく。

 この家にいるのは、炭焼きや、滅多に来ない場所の山の幸を目的に戻ってきた農民だと見えればそれで十分なのだ。


 炭焼きの用意が出来た訳ではないが、切り取った湿気たままの枝を強引に燃やして、派手に火の粉と煙を上げる。


 それを廃屋の庭、森の中など複数箇所で行なう。


 と、突然、焚火を見ていた農民(に扮した兵士)が膝の屈伸を始め、不思議な体操に繋げていく。


(偵察が来た。右斜め後ろ。方向を確認し、先行しろ)


 今回のために作った暗号を読み解いた農民(偽)達は、斧を持って偵察がいるのとは少しずれた方向から森に入ると


「どれ伐るべぇか?」

「あっちのがえーんでねぇか?」


 等と声を掛け合って偵察の背後に回る。

 もちろん、誰も偵察のいる方向には目を向けない。

 相手が身を隠したいのなら、こうすれば引くだろう。という読みである。

 が。


「お前達。ここで何をしている?」


 と、偵察は森の中から出てきて農民に扮した兵士達に声を掛けてきた。


「うあっ!?」


 驚いた様子で――実際、声を掛けてくるとは考えていなかったため本気で驚いて――思わず斧を胸の前で構える農民(偽)。

 同時に、騎士は剣を抜いて構える。

 自分のすべきことを思い出した農民(偽)は斧を下ろして申し訳なさそうな顔で頭を下げる。


「な、なんだ、騎士様でねぇか。こんな森ん中でいってぇ何を?」


 剣を抜いた自分に対して斧を下ろす様子を見て、声を掛けた騎士は剣を鞘に戻す。


「偵察だ。お前らこそこんな所で何をしておる? この辺りの村は廃村の筈だが」

「へぇ、近場の木を伐りすぎっと怒られるんで、たまにこうやって炭焼きに来て、ついでに家が崩れないように直してるんでさ。ああ、後は薬草、山菜を集めたり。村長から領主様のお許しは出てるってぇ聞いとったけど、ダメだったべか?」

「む、そうであったか。ならば問題はない。所で、他国の軍が通過しなかったか?」

「ええと、少し前に王都に向うのを見たって聞いたけんど、通過させろってお触れがあったとかで、何事もなく」

「その軍は戻って来なんだか?」

「特にそういう話は……おらぁ聞いとらんけど、お()さはどうだ?」


 隣でかしこまっている農民(偽2号)は、そう聞かれて


「ひぇっ?! い、いや、おいらも聞かんなぁ」


 と答える。


 その答えに満足したのか、騎士は森の奥に向かいかけ、ふと足を止める。


「そう言えば、やたら煙を上げておったが、あれは何だったのだ?」

「へぇ、虫除けでさぁ。暫く放置しとったから毒虫がおるといかんで」

「ああ、燻蒸か。森に燃え移らんようにな」

「気を付けまさぁ」


 農民(偽)がそう答えると、今度こそ騎士は、森の奥に姿を消していった。


  ◆◇◆◇◆


 しばらく後。

 背負い籠に山菜やらを入れた農民(偽)が帰ってきた。


「戻りました。南に距離300程の位置にやや開けた土地があり、そこに木造の塀に囲まれた石造りの塔のような構造物を発見しました。そこに向う道が木の枝で隠されているのも見付けました。塔の向こう側には川がありますが、かなり距離があります」

「塔か。この辺りからは見えないな」

「周囲の木の背が高いせいもあるかと。壁は高さ3mの木製、塔は高さ5mほどの石造りで、少し離れた位置の木に登って塀の中を覗いてみましたが、他は倉庫や厩舎と、宿舎らしきもので、それらは木製です。長年放置されていたようで、一部壊れておりました」


 ここは街道から離れた行き止まりである。

 本来、滅多なことでは敵が来ないだろうここに砦を作る意味は薄い。

 意味があるとすれば、それは、中に逃げ込んだ者を守ること。


 常から兵士が配置されるような防衛拠点ではないのだ。

 だから放置され、結果、あちこちが荒れている。


「門と塀はどうか?」

「門は真新しい補修の跡が。塀も同様ですが、数カ所、まだかなり傷んだままの箇所もあります」

「よし……ならば、明日は早朝から川で漁をして、この辺りに農民がいることを印象付けろ。平行して、周辺に伏兵がいないかと、川回りに向う道の整備状況の二点を確認すること」

誤字報告など、ありがとうございます。

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