74.組織
ヘンリク達が戻ってきたところで、精霊の祠の前に集まり、具体的な対策の話し合いが始ま
「確認だけど、受け入れる方針なのかな?」
らなかった。まずは、前提の確認だった。
「ワシはそのつもりじゃよ。彼らを見捨てた場合、彼らはヴィードランド王国に戻るか、精霊の加護のない所まで移動して、そこに住み着くことになるじゃろ? 前者なら、この土地の存在がヴィードランド王国に知られる。後者なら近所に『自分たちは見捨てられた』とワシらに恨みを持つ者が生活する事になる。可能ならどちらも避けるべきじゃろう?」
「……可能なら、なんだね? なら不可能と判断する基準は?」
「具体的にどうという条件はないが、今いる者が優先じゃ。それが危険に晒されるなら、不可能となるじゃろうな」
ヘンリクはアントンの返事を聞き、レオンに視線を向ける。
「……判断出来る情報がないから、俺はそれで良いと思う。父さんはどう思ってるんだ?」
「うん。僕も、アントン君に切り捨てる覚悟があるなら、問題ないと思うよ。アントン君。協力するから、具体的にどうしたいのかを指示してくれないか?」
「お前がやれば早いじゃろうに」
「精霊様と最初にお話をしたのはアントン君だからね。君が決めるのが一番後腐れがないと思うんだ。もちろん、責任を丸投げする気はないからそこは安心してね?」
どうしたのか、を問われたアントンは、先ほど考えた事を皆に伝えてみることにした。
「なら、まず。前提としてはさっき言ったように受け入れる方針で検討したい。
だが、現時点では3000人近い人数を受け入れる余裕はない。衣食住で考えるなら、衣類は今着ているもので凌いで貰う。住居も彼らは軍の天幕を持ってきているようだから、当面はそれを使って貰う。そうすると早急に対応が必要になるのが食料じゃな。ここまでで意見はあるかね?」
「衣類と住居は、どれくらいの期間『当面』とするのかは?」
「未定じゃな。じゃが、食っていけるならその辺りは何とでもなろう?」
アントンに聞かれ、ヘンリクは頷いた。
「そうだね。期間限定の期間については、ある程度開示しておくべきだと思うけど、異論はないよ」
「ヨーゼフ、道具は用意出来るじゃろうか?」
「無理でねぇか? 青銅の鋳造なら多少は早ええけんど、数作るとなりゃ、錫はあっけど、燃料も銅もたりねぇぞ」
精霊魔法で農作物を量産するとしても、道具もなしではきつかろう、とアントンが尋ねると、無情にもヨーゼフは首を横に振った。
「けんど、連中は兵士じゃろ? なら剣やナイフくらいはあるんでねぇか?」
「それを使って貰うしかないか……開墾した土地に畑を作るのに、鋤くらいは欲しいところじゃが」
「穴掘りの道具で頑張って貰えばええべ? まあいつまでもそれってわけにゃいかねぇだろうし、うちの工房でも作り始めとこう」
「頼む。いずれ、家を建てることにもなろうから、そちらの用意もじゃな。人手が必要なら言ってくれ。魔法が苦手な連中なら回せる筈じゃ……さて、それでは、ワシの考えをもう少し具体的に述べるとしよう。
まず、増えた者たちに精霊の加護を得て貰い、精霊魔法の才がある者は運河沿いの開拓に従事して貰う。川に面して1m。奥行き1m程をひとり分として、早急に畑として調え、魔法を用いた食料生産を実施。
魔法の才がない者は、肥料の作成と開拓で出た木材の加工や木の根を薪にする作業に。ヨーゼフの手伝いもここからじゃな。
精霊魔法を使って食料生産と種の生産を行ない、余力があれば川から離れた位置に空き地を作って、そこをさっき話した『当面の間』の仮拠点として利用して貰う。
という所でどうじゃろうか?」
はい、とクリスタが手をあげる。
「おじいさま、わたくし達の飲み水は濾過して沸かしたものを使っていますが、3000人分となるとかなり難しいのではないでしょうか?」
「ああ、そうじゃった。となると濾過器の材料と大量の薪が必要になるのか。マーヤ、連中は大鍋を持っておるのか?」
「大鍋は軍の装備品だからあると思うわ。でも、うちの領はなぜか水の精霊魔法が使える者が多いから、自給自足出来ると思うわよ? 一応聞いておくわ」
「水の精霊魔法か。なら加護を祈る際に少しで良いから水を奉納して貰おう、精霊の覚えもめでたくなるじゃろう」
「それは良いですね。あ、おじいさま、馬がたくさんいるなら、餌も必要ですわよね? あと、お塩とかは足りるでしょうか?」
「餌は精霊魔法で頑張って貰うとして、塩か……断層の岩塩だけで数年は保つじゃろうが、他の場所にないか、探索もすべきじゃろうな……マーヤは魔物の禁足地外の探索の危険度をどう考える?」
ここが砂漠であれば、水分が地中の塩を毛細管現象で吸い上げ、地表付近で水分が蒸発して塩が残ったりする。
塩類集積と呼ばれる現象で、元々地中に水分が少ない土地では、撒いた水が呼び水となって地中の塩を吸い上げ、塩害となることがある。
が、幸か不幸か、砂礫の隙間はそこまで狭くない。
地中深くには、こぼれ落ちた微細な砂があるだろうが、地表付近までそうした砂が届くほど蓄積されていないのだ。
そのためこの世界の荒れ地は、地表付近に塩は少ない。
塩を撒いても僅かな雨が降れば、地下深くに流れされてしまう。
だから、この周辺で岩塩を探すのであれば林の中か、荒れ地に転がっている岩などに求めなければならない。
加護によって中型以上の獣や魔物の禁足地となっているあたりにあれば良いが、そうでない場合は相応に面倒で危険な作業となる。
「そうね……今回来た連中もそうだけど、シューマッハ領の兵士は治水の主力部隊だったから、対人訓練よりも自然環境下での活動が多かったわ。だから、そういう調査は得意分野ね。ただ、岩塩捜索みたいな特化した訓練はしていないから、何人かをヨーゼフに鍛えて貰いたいわね」
「特化ちゅうほどの事はできんけど、まあ、見分け方くらいは教えちゃる」
「アントン君、さっき君は『『当面の間』の仮拠点として利用』って言ったけど、仮ではない拠点はどうするのかね?」
「あー、うん。そうじゃな。塩探しと並行して、拠点候補地も探して貰おう。で、見付かったら、そこを開拓するってことで」
なるほど、とヘンリクは頷いた。
「当面の間を伸ばすも縮めるも自分たち次第って事になればみんな頑張るだろうし、仮拠点が、仮である事を知ってもらう意味でも良さそうだね」
「そこまで考えてはおらんかったよ。ただ、自分たちで納得した場所を見付けるのが良かろうというだけの事じゃ」
「ああ、それも大事だね。さて、僕は受け入れても良さそうだと考えるけど、みんなはどうかな?」
マーヤとクリスタは即座に賛成する。
ヨーゼフも同じく。
ただしリコが懸念点があると言った。
「これだけ急激に人口が増えれば、トラブルも発生します。そうなった場合の調停などの手段を決めておくべきかと」
法律と呼べるものは既にある。
ヴィードランド王国のそれを基本として、他国の法を参考にして、多少手を入れたものだ。
参考文献に沢山の栞やメモが挟まっただけの、極めて雑なものだが、ヘンリクとリコとアントンなら情報を読み取れるようになっている。
法があってもそれを遵守させる仕組みがない。
通常、民は法に反する事はしない。
法を暗記しているわけでもないのにそうなるのは、法律が最低限の道徳を明文化したものだからだ。
これは、不道徳な者は、知らずに法を犯す可能性があることを意味する。
そして人が集まれば不道徳な者もある程度出てくる。
ヴィードランド王国では、平民同士のトラブルであれば、村人や村長が調停をしていた。
その権力は、国の武力が後ろ盾として存在するから機能する。
また、村ごとに多少の違いはあれど、犯罪者の扱いなどは大枠としては統一されている。
リコが述べているのは、そうした大枠や、どのように後ろ盾を機能させるべきかという話だった。
「基本はヴィードランドと同じで良いのではないか?」
アントンの問いに、リコは少し困ったような表情を見せる。
「良いと思いますが、詳細を決めて、組織を作る必要があります。例えば、ヴィードランド王国には王都や領都、町と村などがあり、村であれば、村長の家に犯罪者の留置施設が併設されます。それが王都なら、かわりに兵士の詰め所が犯罪者を留置する施設として機能します。そして、村長が犯罪者を留置した場合などのタイミングで兵士が村に出向き、軽微な犯罪であると判断した場合は村に解決させます。村では手に負えない問題であれば兵士が犯罪者を回収します。この兵士の武力が、村長の権力の後ろ盾として機能します。また、回収した犯罪者について、武官と文官の一部が余罪の調査を行なったり、共犯者の摘発を行なったりします。そして、最終的に罪に見合う罰を決定し、執行します。最後の部分は我々が担うべき仕事ですが、それ以外は管理組織が必要です」
「今の話だと兵士と調査のための人員を管理する組織が必要じゃな?」
「官僚組織ですね。税を集め、予算を決め、官僚と兵士に給与を払い、馬車の手配をして、村との連絡を行い、調査をさせて結果をまとめるのがひとつ。そして、開拓や水車の維持、治水などの公共工事を行なう必要も出てきます。もうひとつ、、軍の設立も考えねばなりません」
「軍か……マーヤ、頼めるじゃろうか?」
マーヤは肩をすくめ、しかるのち、重い溜息をついた。
「……はぁ……またあたしが軍務卿? 軍は金食い虫だから、その頭は貧乏くじなのよねぇ……まああたしが適任なのは分るからやるけど、みんなも協力してよね? 特にヘンリク」
「なんで僕が名指しにされるのかな? あ、ゴメン、心当たりしかないや。学問ばかりのインテリは理想論と反戦が好きだからね。ここではそうならないように教育するよ」
「頼むわよ? 民を守るために戦うのが国の意義なんだから」
「それで。軍はマーヤとして、官僚はやはりリコじゃろうか?」
「いえ、どちらかというと、官僚は平民から選ぶべきでしょう。最低限、読み書きと計算と連絡が出来る必要がありますから、レオン殿が連れてきた商人などが使えるかと。長にレオン殿を置くのも宜しいかと」
「なら、ジークベルトは、その方向で組織設立を補佐してね。他に決めることは? なければ、マーヤ君は外の彼らに今決まったことを守るなら受け入れる旨と、ここのルールを伝えて。アントン君は精霊の加護のための準備だね。今回はクリスタ君は、アントン君の後ろに控える感じで行こう。ここが王国になったら、姫様だからね」
誤字布告など、ありがとうございます。