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73.人口

「前方に騎兵! 単騎です! 騎兵の北方、500mほどの川に橋梁のような構造物も発見!」


 前方と荒れ地方面に不定期に出していた斥候がアランの元に報告を持ち帰ってきた。


「単騎? 武器と鎧は?」

「兜だけ金属。遠目であるためそれ以外は不明です!」


 騎兵の姿を確認した斥候は、そう報告した。


「騎兵の向こうに橋という事は、橋を守る構えか? ……総員、武器防具確認! 領民の馬車を内側に! 陽動の可能性を考慮! 周囲の警戒を厳とせよ!」


 アランはそう指示を出し、自身も兜を被ると少しでも高い視点を得るために馬車の馭者台に立ち上がった。


 彼らはマーヤが定期的にケルンの保守をしていると気付いていた。

 その上で残されていた『問題なし』という符丁である。

 それは彼らにとって、荒れ地の奥に生活圏があると信じるに足る情報だった。


「各員、傾聴! 槍の距離に入るまでは手出しをするな! 軍旗を立てろ!」


 上官が無抵抗を指示して逃げ出した以上、彼らの現在の行動は敵前逃亡にはならない。

 上官が逃げ出した事で、アランには民の避難行動を支援する権利があるが、上官が戻って来れば勝手な事をしたと糾弾されるだろう。

 また、民の行動が避難ではなく逃散であるとされれば、逃散の幇助者となる。

 だからこれまで彼らはどこの部隊かを知られないように軍旗を掲げずにいた。


 だが、正体不明の何者かとの遭遇ともなればそのような事は言っていられない。

 敵対する意志がない事と、自分たちの所属を明らかにし反応を見る、アランの命令はそうした理由から発せられたものである。


 その旗を確認した騎兵は、その場で馬の足を緩め、背中を見せて右手を異なる角度を付けて数回振った。


「騎兵! 速度を緩めました……あれは……手信号? あ?! 大将です! シューマッハ伯爵です!」

「なんだと?! 全隊に減速を通達! 速度を緩めろ! おい! 旗信号だ! 『こちらはシューマッハ伯爵領軍。合流する』と送れ!」

「復誦します! 『こちらはシューマッハ伯爵領軍。合流する』。旗信号。送ります!」


 アランの命令で馬車の群れが速度を落し始める。

 そして、兵士の一人が揺れる馭者台の上で旗を振り回し、信号を送る。

 それを読み取ったマーヤは兜を外し、ゆっくりと先頭の馬車の横に馬を付けると、アランに向ってヘルメットを投げつけた。


「アランが率いていたか。久しいな! それで? ヴィードランド王国は戦争になると聞いたが、なぜ逃げてきた?」


 ヘルメットを受け止めアランは、馬車から降りて敬礼をする。

 一瞬、間を開けて、ああ、とマーヤも敬礼を返して馬から降りると、アランは敬礼したまま直立姿勢で


「上官が無抵抗で敵を通過させよと命令した上で、逃げ出しました! 自分たちは家族、親族を守るため、ありったけの馬車で逃げ出してきました!」


 と答えた。


「……領民の一部というわけか」

「ここにいるのはあなたが生きていると信じ、荒れ地に出ることを希望した者だけです……本当に、こんな荒れ地の中でよくぞ……」


 そう言いながら涙を拭うアラン。マーヤは笑いながらその肩を叩いた。


「兵士がこんな事で泣くな! だがまあそうか。貴族派が上官になっただろうに、今までよく逃げ出さなかったと言うべきか……それにしても、よく荒れ地に出ようなんて思ったな?」

「出立前にアラヤ伯爵と話されていたのが耳に入りまして、探してみれば符丁が残されており、これは、来い、という事だろうと」


 そう答えるアランに、マーヤは苦笑を返す。


「よくその程度の情報で……まあ良い。確かに符丁はお前達のように逃げ出す者があると信じて残したものだ。それで? お前達はどうするつもりでここに来た?」

「家族達の安住の地があると信じて参りました。また、可能であれば指揮下に加えて頂きたく!」

「……私はこの地では領主ではないし、軍務卿でもない。だから指揮下は無理だ。だが、お前らの希望をここの責任者達に伝えることは出来る。この土地で生きるなら、兵士ではなく普通の村人となる必要があるが、問題無いか?」

「勿論です」

「ふむ……まあ、少々人数が予想外だったが話は通す。全員に伝えろ。今後は私の命令ではなく、この土地の責任者の命令に従うこと。それが出来ねば、迎え入れてやるわけにはいかんとな」

「了解しました! 聞いていたな? 通達、急げ!」


 先ほど旗信号を送った兵士にそう命じるとアランはヘルメットをマーヤに返し、


「それでは我々はこの近くで野営の用意に入ります」


 と今後の動きを申告する。

 それを聞いたマーヤは少し考えてから


「食料と薪は足りているか?」


 と尋ねる。


「食料はまだ。薪はそろそろ尽きます。水は魔法があるので何とか」

「そうか……短期の野営ではなく、中期の駐屯地として整えろ。これだけの人数が入る場所がない。数日分の食料と薪については手配しよう。やりくりしてくれ。領民の中に子供は多いか?」

「乳飲み子は15名。幼児が30名。畑の手伝いが出来るくらいの年齢が40名ほど」

「多いわね……乳は足りているか? 山羊と牛の乳なら融通できるぞ」

「……戦災孤児ではないので母親の数は足りています……ここまでは問題は聞いていませんが、確認します」

「病人や負傷者は?」

「治療が必要な者はいませんが、改めて確認します」

「総勢、何名になる?」

「軍が、指揮官から常備兵までで708名。その家族親族が合計で2203名。合計2911名です」


 必要な聞き取りを終えたマーヤは、橋の所まで彼らを案内し、ここを駐屯地にしろと命じ、橋を渡って村に入っていった。


  ◆◇◆◇◆


「ヴィードランド王国軍じゃないのか?」


 村に入るなりアントンにそう聞かれたマーヤは


「あたしの所の領軍の一部ね。戦いに来たわけじゃないわ。詳細は分らないけど、合流させてほしいって」


 と尋ね、あたりを見回した。


「まとめて説明したいんだけど、ヘンリクとリコはいないの?」

「開拓村の方に行っておる。迎えを出したが後10分は掛るじゃろう」


 距離にして5km。

 運河の脇の道路はまだ一部が整備中であるため、往復は船になる。

 それを思い出したマーヤは辺りを見回した。


「ヨーゼフは?」

「大穴の底で採掘している。そちらも呼びに行かせた。ああ、あそこに見えてるのがそうじゃろう」


 アントンは西の大穴の方に見える小さな人影を指差した。


「そうすると……ああ、良いところにいたわ、マルク! レオン君を連れてきて頂戴。ヘンリクの代理にしたいから」


 マーヤは周囲の人垣の中から息子のマルクを見付け、そう頼む。


「ん。分った。牧場の方にいる筈だから呼んで来る」

「マーヤおばさま、戦争になるわけじゃないんですよね?」


 人垣が割れた奥から犬を連れて出てきたクリスタは、周囲を気にしながらそう尋ねる。


「ええ、仲間に入れてほしいんですって。彼らはあたしの昔の部下だし、悪いことが出来る連中じゃないわ。ただ、ちょっと数が多いのよね」

「さっき、ちょっと水車の所から覗きましたけど、あれでちょっとですか?」

「ごめん、かなりね。小さい子供もいるようだから、早めに何とかしたいけど、あの人数はさすがに頭が痛いわ」

「何にしても戦争にはならないって事で安心しましたわ!」


 珍しく、かなり大きな声でそう言ったクリスタは、後ろを振り向いて、村人達に笑顔を見せながら犬を引っ張って畑の方に戻っていく。


「……ああ、そういう事ね。クリスタちゃんの気配りは領主向きね」

「ワシの孫を勝手に領主にするな。それで? 物資は足りておるのか?」

「薪が少ないみたいだけど、食料はまだあるみたいよ。水は魔法で賄ってるって。3000人近いから、食料が足りなくなったらちょっと厳しいわね」


 さすがに突然3000人が増加するというのは彼らとしても想定外である。

 彼らはまだ川を渡れないため、即座に危険があるわけではないが、それだけの数が飢えれば、そして、子供が飢えて死んだりすれば、暴動に発展する可能性もある。


「集中して葉物野菜の種を作りつつ、2000人ほどは開拓に回して、開墾して畑を増やすか……土が落ち着くまで収穫は安定はせんじゃろうが、その人数だとそんな事は言ってられんし、全面的に魔法に頼るしかなかろうな。その上で安定供給に繋げるには、取りあえず、ふたつの村の面積を3倍くらいにしなければならんじゃろうか」

「3倍? 3000人増えるのに、たった3倍に増やすだけで足りるの? ……どういう計算なのよ?」

「この村の生産能力は、精霊魔法を使う場合で1日あたり、投入人口の3倍程度になるんじゃ。ただ、その生産能力は耕作面積が上限となるじゃろ? 3000人を受け入れ、その全員を投入しても、3000人分の作物を得ることは出来ないんじゃよ。じゃから、耕作面積を一気に増やす。その場合、肥料も考えると一人あたり、1平方メートル程度はあった方が良いじゃろうから。土地を3倍に増やして、増やした面積を全て畑にすれば、という計算じゃな……じゃが、雑な計算じゃから、見落としがありそうじゃな……」


 アントンがそう溜息をつくと。


「見落としがふたつあるように思います」


 とマルクに呼ばれて後ろで話を聞いていたレオンが口を挟んだ。


「ほう、教えてくれんかね?」

「まず、第一に、今のお話は住環境を想定していませんよね」

「それは、開拓を進めつつとなるじゃろうな。3000人分の家となれば、板だって簡単には用意出来ん。今、荒れ地でやっているように、天幕を張って生活してもらうしかなかろう。で、ふたつ目は?」


 アントンの質問にレオンが頷いた。


「もうひとつの問題として、今ある村の周辺をそれだけ開拓をしてしまうと、将来、燃料問題が発生する恐れがあります」

「燃料……ああ、林の木を伐採することで、木が減ってしまうという事じゃな……何か良い案はあるかね?」

「……今ある村と開拓村から離れた場所に開拓村を作る場合、時間が掛りすぎます。例外はこの村と開拓村の間の運河沿いです。運河沿いを広めに開拓して暫定の畑を作り、食料供給が安定したら、離れた位置に開拓村を2つほど増やして、そちらに移住させ、運河沿いの畑は潰して植林する、とかでしょうか」

「開拓した土地を放棄させる前提か……抵抗意見が多そうじゃが……まあ、いずれにせよ、開拓村を増やす必要はあるじゃろうし、皆に広く意見を求めてみることにしよう」

いつも誤字報告など、ありがとうございます。

私事で恐縮ですが、法事がありまして、次の更新が遅れるかも知れません。


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