表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/83

70.複合精霊魔法

 一方的かつ唐突な停戦の報せと共にエルスター公爵の遺体を受け取ったヴィードランド側は混乱した。

 事情が分かるまでは


「軍使に手を掛ける卑怯者め」


 等と激昂する者もいたが、死に化粧が施された遺体や、棺桶に掛けられたヴィードランド王国の国旗、それに添えられた手紙がそうした声を沈静化させた。

 その上、死地に赴く前、万が一に備えて用意した遺書が開封され、同盟側が書いた手紙の裏付けが取れた。


 その遺書の内容を聞いた(バート)は、頭を抱えた。


「まさかエルスター公爵(叔父上)が『最後の作戦』の存在を公表するとは……あれはこの世から消し去るべきものだったのに」


 そばで同盟からの手紙と付き合わせて再確認するドミニクは溜息をついた。


「……今となっては仕方ありますまい。もう消し去ることは不可能です……しかし、不思議ですな」

「何がだ?」

「本人の遺書と同盟からの手紙によれば、ヴィードランド王国が『最後の作戦』を使わないという事を公爵は伝えたはず。それなのになぜ停戦なのか、と不思議に思ったのです。『最後の作戦』を恐れているのであれば、むしろ一気に攻め落とす所でしょうに」


 毒を脅威だと考えているのなら、毒が撒かれる前に滅ぼせば良い。

 ほしい物があるなら、滅ぼしてから好きなだけ持って行けば良い。

 いずれであっても停戦をする理由としては弱い。


「……ああ。確かに気になるが……我が国が使わぬと言うのを信じられぬのか、信じた上で開示した文書に含まれ(毒の作)ない情報(り方)の入手を狙っておるのやも知れぬな」

「その辺だとして、それが同盟の手紙に書かれていなかった事がまた謎なのです。ほしい物があるのなら要求をしない理由はないでしょうに」

「我が国の水を得るために同じ条約に名を連ねていたが、あちらも一枚岩ではないのだろう……ああ、或いは」


 バートは椅子の背もたれに寄りかかって天井を見上げながら言った。


「こちらに戦争への備えがあったことを示した事で、他にも本命の切り札があるのでは、と警戒している可能性もあるか?」

「なるほど。それはありそうですな。ですが、当然、そのようなものはありませんから、停戦期間が終ったら、一気に攻め落とされますな」

「……覚悟を決めたここに来て停戦で、すぐに再戦か? 少しでも生き永らえる事を喜ぶべきだろうが、これは胃に来るな……ああそうだ。ひとつ考えを聞かせてくれないか?」


 (バート)の言葉にドミニクは何でしょうかと姿勢を正し、同盟からの手紙をテーブルに置いた。


「今回の件、叔父上の意図が分からないのだ。仮にも先王()の弟であり、外務卿だった叔父上が何の意味もなく余の命令を無視したとは思えない。そして、理由があるのならなぜ相談もなく行なったのか、というのも分からない」

「遺書には、その点についての明確な記述はございませんな。外務卿であった方ですので、外交的な意味を持つ一手だったのだろうと推測しますが」

「しかし、単に周囲を巻き添えにして自殺、いや、心中をするような作戦を、実施するなら一矢報いるためと理解できるが、単に伝えて終いとしてどんな意味があるのだろうか?」


 そう問われたドミニクは、思考の海に沈み、長考の後、顔を上げた。


「言うまでもなく、根拠などありませんが幾つか、私ならばこう思ったかも知れないという理由が思い付きました」

「聞かせて貰えるか?」

「現状、我らが滅びれば、彼らの主観が正史として残ります。という前提で。

 ひとつは、共倒れを狙えば出来たのに、我が国はそれをしなかったという事を伝え、条約破りは同盟の言いがかりである。我が国は真っ当な国だ、と主張したかったのかも知れません。

 もうひとつは、我が国が滅びた後、彼らが仲間割れをしていずれは毒を使って滅びるように仕込んだ、という見方もあります。

 後は……まあ、この国があったという事実だけでも残しておきたかったのかもしれませんな」


 ドミニクがあげた理由に、(バート)はなるほど、と頷き、すぐに首を傾げた。


「ん? ……我が国は各国の記録から消えるのか? だとしても、なぜ『最後の作戦』を公開することで、それが消えないことになるのだ?」

「歴史にヴィードランド王国の名を残すか否かを決めるのは戦勝国です。まあ同盟と無関係の国とも国交はありますから、記録が完全に消え去ることはないと思いますが。同盟が『最後の作戦』を記録に残す場合、誰があのような悪辣な作戦を立案したのかが問題になる恐れがあります。そうなった時、一番簡単な解決策は『悪のヴィードランド王国が考えたものであり、彼らはそれを危惧して攻め込んだ』と記録する事かもしれません」

「悪のヴィードランド王国として記録されることを叔父上が望むか?」

「さて、こればかりは聞いてみないことには。ですが記録されるのが悪名だとしても、なかったことにされるよりはマシという考え方もできます」


 彼らは見当外れな話をしていたが、これは一種の現実逃避のようなものだった。


 同盟は、王城を包囲し、更に王都をも包囲していた。

 逃げられる隙はどこにもない。


 この状態で、同盟は彼らに具体的な要求は何もしなかった。

 そうなると停戦開けまでは出来る事は何もない。

 だから、彼らは不明点について意見交換をしていたのだ。

 有り体に言って暇潰しである。


 そこに意味はないし、結果が出るとも思っていない。

 エルスター公爵の考えを知る事はもうできないが、同盟の考えであれば、今から書簡で確認する事も出来るのだから。


「それにしても、なぜ停戦期間は10日なのか」


 暇潰しはまだまだ続くのだった。


  ◆◇◆◇◆


 ヘンリクの息子にしてレオン商会の会頭レオン。

 そして、マーヤの息子にしてレオンの友人のマルク。

 このふたりは、今、極めて興奮していた。


「精霊よ、疾く成せ」


 レオンが植木鉢に植えた二十日大根に手をかざして呪文を唱えると、その葉がほんの少し伸びる。


「……おおうっ!? 本当だ! 本当に魔法が使えている! 精霊の加護を持たなかったこの俺がっ!」

「甘いよレオン……俺はクリスタちゃんに禁断の呪文を教えて貰ってるんだ。見てろよ。『精霊よ、疾く実りを成したまえ』」


 呪文とともに二十日大根が一気に成長し、あっという間に花が咲き、すぐに花が枯れ、葉も茶色に変じていく。

 と同時に、マルクが魔力の使いすぎて地面に膝をつく。


「くっ! こんなにキツいのか……」

「今のはなんだ?! 知らない呪文じゃないか!」

「ああ、クリスタちゃんに教えて貰ったんだ。なんでも、実りを成す……つまりは種を作らせる所まで一気に成長を促進させる魔法だそうだ……が、魔力の抜け方がエグいな」

「種か。だから枯れたのか。だが、これでは大根も食えそうにないな」


 マルクは茎を引っ張って植木鉢から枯れた二十日大根を引き抜いて確認する。

 大根部分は割れ、全体的に水気を失っていた。


「こりゃ食えそうにないな。なるほど、こうなるのか。種が欲しいときには使えるだろうが……植木鉢の土も砂みたいになってるし、畑で使うなって言われるわけだ」


 精霊の加護は産まれながらに得るものであり、後天的に得られるものではない。

 それがこれまでの常識だった。

 だからこそ、生まれ付き加護を持たないレオンとマルクは、体と財力を鍛えるという方法で精霊の加護がない不利を補っていた。

 その彼らが、村に来て最初に驚いたのは、後天的に加護を得られるという事だった。


 加護を得られるだけではなく、魔法の才能を得られる可能性があると知った彼らは、ひたすら祈り、様々な品も奉納した。

 その甲斐あったのか、才能だけは元からあったのかは不明だが、レオンとマルクは加護を得て、魔法の才も得た。

 これまで加護がないことで何かと肩身の狭い思いをしていた彼らは、夢中になって精霊魔法を練習した。


 今回の件は、その一環である。

 取りあえず、慣れるまでは事故防止のため、畑ではなく植木鉢で訓練をしているのだ。


 アントンから種を分けて貰い、村人達に魔法を教えて貰った彼らは、毎日魔力が尽きるまで訓練を行なっていた。


 そんなレオン達を遠くから眺めながら。


「僕としては、レオンには文官の仕事を期待してたんだけどね」


 とヘンリクは、溜息をつく。

 それを聞きつけたマーヤが苦笑する。


「管理が出来る人間がもう少し欲しいわね」


 現在、それなりに人数が増えてきたため、村の北方に小さな村が誕生していた。

 マーヤが言っているのは、そこの管理者であり、商会を率いていたレオンはその候補筆頭だった。


 新しい村があるのは、位置的には村から見て北側。

 断層を抜けた向こう側で、村からの距離は5kmほどの位置である。


 開拓に際して、まず運河とは名ばかりの、村の中限定の運河を北に伸ばした。

 ヒト種では、この村の者以外には使えない複合精霊魔法という力は、多くの不可能を可能にした。

 特に土と木の精霊の複合魔法は、森の開拓には驚異的な効果を発揮し、運河の作成をあり得ないほどの速度で進めた。


 木を切るのは従来通り人力である。

 その速度は今までと同じだ。

 しかし、複合精霊魔法は切株を枯らして根っ子を土ごとひっくり返すため、切株処理の時間が大きく減少する。

 その切株処理の結果、森の中には木の根を抜いた大穴が幾つも残った。

 大穴を繋げてやればそこに空堀が出来上がる。

 空堀の底の土を整えて、空堀の両岸に盛り土をして、板材などを用いて壁面を調えてやれば、運河がそれなりに形になってくる。


 そうやって、空堀が北に伸びていく。

 100mほど伸びた所に堰を作り、村から水を流す。

 そうなれば、そこまで船が使えるようになる。

 伐採した木を運河を使って村に運び、製材した板を現場に届ける。

 そして、堰の向こう側がある程度整ったら、新しい堰を作って水を流す。


 それを繰り返すことで、運河は順調に5kmほどまで伸びた。

 そして、断層という名の段差を超えたあたりを切り拓いた彼らは、そこを第二の拠点と定め、大量の板や資材を運び込んで数軒の小屋を建て、畑を作る。

 運河沿いの道路はこれから整備することとなるが、こうして、10人ほどが新しい開拓村に移住し、開拓村の基礎を作って行くのだった。

いつも誤字報告など、ありがとうございます。


……予約投降失敗していました。。。


複合精霊魔法。

技術としては51話で登場していますが、この名前は初出です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バナー"
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ