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7.荒れ地へ

 村で水を補給し、野菜を買い足し、鶏の餌を少し分けて貰った一行は、立会人となる村長と共に村の北にある林に入っていく。


 林の中、伐採のために作られた道は狭く、クリスタの馬車は小枝に擦られながら道を進む。

 だが、そんな調子だったのは村から出て10分ほど。

 進むほどに木々が減り、ある地点から、地面の色が茶色から赤茶に変化し、更に進むと赤茶けた砂礫に覆われた土地に変化する。


 林が切れ、乾いた風が砂の匂いを運んでくる。


 荒れ地の地表には水がない。

 砂礫は砂よりも隙間が大きいため、水や湿気が滞留しにくいのだ。

 多孔質なので雨でも降ればその表面に水が残るものの、風が吹けばすぐに蒸散してしまう。

 かなり深い場所まで乾いているため、たまさか種が落ちても、育つことは希で、育っても水がないのですぐに枯れる。


 枯れ草色の草すらまばらになる辺りまで立会人として見送った村長は、書類に日付とサインを入れると原本を3人に渡し、写しを木の箱にしまい


「このあたりまでがヴィードランドです……アントン様の小麦のお陰で冷害の年でも村に飢えて死んだ者はおりません。何かあったら馬で来てください。恩のある方を追い返すようなことはしません」


 とアントンに頭を下げる。


「ありがたいが、そこは来たら追い返すと言ってくれ。ワシらの覚悟が鈍る……ああ、クリスタは別じゃ。この娘は別に追放された訳ではない」

「承知しました。それでは……こういう言葉が適切か分かりませんが。ご武運を」

「うむ。それこそワシらに必要なものじゃ。世話になった。それでは健勝でな」


  ◆◇◆◇◆


 アントンとマーヤは馬車には乗らず、道を確認しながら馬をひく。

 クリスタの馬車がそれに続き、ヨーゼフの馬車が後ろから追う。

 時折、マーヤが目印としてケルンを作り、色が異なる石を拾い集めてはケルンの下に並べる。


 荒れ地に道などない。

 だから時折馬車を停め、ヨーゼフが昔ながらの桶に薄板に磁化した針を乗せた方位磁針を浮かべる方法で方角を確認する。

 普通の旅人は、街道に沿って移動をするものだからこうした方位磁石に不便を感じる者はいないのだ。


 荒れ地は基本的に赤茶けた砂礫に覆われた比較的平坦な土地だが、アントン達がいる辺りの砂礫は砂丘のような凹凸がある。

 手前の丘は小さいが、奥に行くほど標高が高くなっているように見える。


「のうヨーゼフ、なんでこの辺は丘ばかりなんじゃ?」

「わしが知るかよ。予想で良きゃ、砂礫の元になった大岩が眠ってるんだろうさ」

「表面の砂礫が流れ落ちそうなもんじゃが」

「ここの砂礫には小さい穴がいっぱい開いとるし、形もいびつだべ? そういうんは滑りにくいもんじゃよ」


 アントン達は、丘の間を縫うようにして進む。

 途中、馬車の車輪が砂礫に埋まりかけたり、馬が疲れて動きたがらなくなったりもしたが、それでも日が傾き始める前には、振り返ると林が見えない辺りまで移動していた。


「そろそろ今日の泊地を決めないとね」


 マーヤが空を見上げ、横を歩くアントンに声を掛けた。

 時間にして午後4時にもなっていないが、整備されたキャンプ地があるわけでもない。

 暗くなってから探すのは危険なのだ。


「木も水も草もない。どこでも同じじゃろ?」

「似たような丘ばっかりだしねぇ。大きな岩とかあると良いんだけど」

「岩か。目隠しか?」

「そうね。後は柱の代わりにもなるわ。一番大事なのは、背中から襲われない位置取りが出来るってことだけどね」

「岩を背に戦うのか? 何と?」


 アントンに真顔で問われ、マーヤは苦笑した。


「習い性ってやつよ。この辺じゃ獣も賊も乾いて死んでるでしょうけどね」

「……前に、荒れ地にも蛇や虫はいると聞いた事があるが」

「あら、そうすると火魔法で地面を焼いてからの方が安全そうね」


 あれは疲れるのよねぇ、とマーヤは肩を落す。


「ところで、あの岩などはどうじゃ?」


 アントンは丘の後ろに見えてきた岩を指差す。


 高さは人の背丈ほど。

 この辺りの砂礫と同じ、赤っぽい多孔質の岩で、側面は腰の高さほどまで砂礫に覆われている。


「あの形だと、反対側から岩に登れちゃうから本当は良くないんだけど……でもまあ、この辺ってあんなのしかないし、仕方ないわね」


 そう決めると後は早い。


 岩の周囲をぐるりと一回りすると、不整地での夜営の経験があるマーヤとヨーゼフが意見を言い合う。


「南南西よ」

「北東じゃ」


 そして意見が割れた。

 アントンは夜営の経験こそ豊富だが、それはそのために整備された広場などで行なうものでしかなく、早々に口を挟むのを諦めた。


「南西方向は遅くまで明るいわ。空が暗くなった後、手元が少しでも長く分かるのは有利よ? それにあの岩、南南西から見ると少し平たいから死角も少ないわ」

「そったら事言って、お前は何と戦うつもりじゃ? 荷には野菜なんかもある。少しでも涼しい場所に置いた方がいいべ。日暮れまでずっと夕日が当る西側も南も避けるべきだべ?」

「……そう言えば生鮮食品があったわね。鶏もいるし」

「……荒れ地じゃ薪にも限りがあるわなぁ」


 お互いに相手の言い分を前向きに評価する。

 その上で


「なら、人は南南西に。馬車は北東に停めるとか?」

「うんにゃ。人はそれで良いとしても、見えない位置に馬車を置くのは、荒れ地であってもしたくはないわい」

「それもそうねぇ」

「あの、それでしたら」


 クリスタが口を挟む。


「馬車全部を南南西に置いて、わたくしの馬車を一番西にしてその影におふたりの馬車を停めるのではどうでしょう?」

「ふむ? マーヤ、どうじゃ?」

「クリスタちゃんは、馬車の中で寝るのよね? なら、クリスタちゃんの馬車はあたしたちのそばに停めるべきだわ」

「じゃな。で、わしらの馬車は小さいから、嬢ちゃんの馬車の影に入れば日に当らない」

「良さそうね。アントン、良い報せよ。あんたの孫は賢いわ!」

「知っとるわ!」


  ◆◇◆◇◆


 岩の南南西に馬車を並べる。

 箱馬車と岩の間に天幕を張り、マーヤは天幕の南の、離れた位置に薪を重ねて三脚で鍋をぶら下げ、煮炊きの用意をする。


「ヨーゼフ、水を頼むわ」

「おう」


 ヨーゼフは鍋に半分ほど水を入れて蓋をする。

 そこに干し肉を入れ、王都から持ってきた少ししなびてきた野菜を刻んで入れる。


「嬢ちゃん。これ、鶏にやんな」


 ヨーゼフは葉物野菜の根の部分などをクリスタに渡す。


「ありがとうございます」


 と受け取ったクリスタは、4羽に渡るように小さく千切って鶏にそれを見せ、フェイントを織り交ぜつつ均等に与える。


「ほ。うまいもんじゃな」


 餌の与え方を見て、ヨーゼフが感心したように声を挙げる。


「クリスタは村などで飼っている家畜を撫でるのが好きじゃから、その成果じゃろう」

「小さい動物は可愛いじゃないですか。令嬢としてはどうかと思いますけれど」

「まあ、えーんじゃないか? もう令嬢でもないんじゃ。むしろそういうのは役に立つじゃろ」


  ◆◇◆◇◆


 夕食の仕込みが終わったところで、マーヤは穂先に布を巻いた槍を持ちだした。


「クリスタちゃん。今日はこれを使って貰うわ」

「槍ですか? 思ったより短いのですね」


 自分の背丈ほどの槍を見て、クリスタは首を傾げる。


「クリスタちゃんが考えていたのは、大勢で使う槍ね。あれは4mとかあるけど、これは2mとちょっと。短槍って呼ばれるものよ」


 巻いてある布を取り去りながらマーヤは説明をする。


「槍には色々な種類があるわ。騎兵に特化したランス。大勢で陣形を組んで相手を叩き潰す長槍。クリスタちゃんが想像していたのはたぶん長槍で、大勢が呼吸を合わせて4m上から穂先を叩きつけるの。そうなれば、刃のない柄の部分だって十分な凶器よ。だけど、人数が少ないと、半歩横にずれれば避けられるわ」

「振り回すのではダメなのですか?」


 左右に避けられる縦の攻撃と違って、横からの攻撃は武器や盾で受けるかしゃがむしかない。

 そこに気付いたクリスタがそう尋ねると、マーヤは楽しそうに笑った。


「良い質問だけどそれは無理なの。大勢でやれば仲間に当たるし、一人でやるなら避けられた後、振り切って体勢を崩した所を狙われるわ。振ってる途中で強引に止めたりすれば体が壊れるか槍が折れるわ。まあこの辺は少し訓練をすれば自然と理解できるわね……というわけで、持ってみて」


 マーヤに渡された槍を右手に持ち、石突きを地面に付けたクリスタは


「思ったより重いですね」


 と呟く。


「訓練だからね。少し重いのを選んでるわ。さて、それじゃ普段の置き方から説明するわ」

「はい、お願いします」


 最初は座学のようなものだった。


 平常時の槍の置き方。

 立てておく方法と横にして置く方法。

 穂先の付け方。

 柄の確認の仕方。

 確認すべき点と必要な道具。


 そこから、実技になるわけだが、最初はマーヤの動きをよく見る。

 兵士に対する訓練よりも説明を多めに、マーヤは基本的な動きを何回か繰り返して見せる。


 まずは置いてある槍を手に取る方法。

 そこから、穂先の鞘を外して構えるまでの動き。

 構え方。

 突き方、振り方、トンボを捕るときのように穂先をグルグルと回すやり方。


「それじゃやってみて。槍は地面にある状態から」

「はい」


 クリスタはマーヤの動きを思い出しながら、槍の重心より穂先寄りを右手で握って拾い上げ、鞘を外して石突きを下に突いて右手の位置を移動させつつ左手でも柄を握る。

 両足を肩幅よりやや広めに開いて腰を落し、槍を臍の位置に構える。


 突き。は、慣れない動きのためにぎこちなく、踏み込みともタイミングがあっていない。

 しかし、タイミングのずれ方は剣の時と似ていた。


「待って」


 このままでは剣の時と似たような動きになると気付いたマーヤは、槍を持たせずに踏み込みだけを数回行なわせる。

 次に槍を持たせ、構えを確認する。

 そして、槍を持ったまま、突かずに踏み込みだけを練習させる。


「構えは悪くないわ。ちゃんと穂先が相手に向いているし、重心も低くて安定している。踏み込みがズレるのを少し何とかしないとだけど」

「ズレてますか」

「そうね。畑を耕す時って、踏み込まずに腰を落すのよね? その腰を落す代わりに踏み込むのだけど、あなたのはほんの少し遅いのよね」


 なるほど、とクリスタは腰を下ろす動作を踏み込みに変えて何回も練習をする。

 そして、クリスタの動きが疲れで鈍くなってきたところで訓練は終了となった。


「煮物もそろそろ良さそうね。夕食にしましょう。クリスタちゃんもその辺で切り上げて体を整えて」

「はい……」


 マーヤの馬車に槍を片付け、クリスタは生命の精霊に疲労の回復を祈る。

 腕と足の痛みが少し楽になったクリスタは、大きく息をはきながら筋肉と筋をしっかり伸ばす。


「この柔軟体操、気持ちいいですね」

「兵士の訓練は、訓練前に走り込んで、訓練後にそれをやらせてるのよ」

「先に走るんですか? 疲れちゃいそうですね」

「兵士の仕事のひとつが走ること、歩くことだからね。疲れてる時にもある程度動けないとダメなのよ」


 限界はあるから、それを知るのも訓練のひとつ。その内あなたにもやってもらうからね。と笑うマーヤに、クリスタは引き攣った笑みを浮かべるのだった。

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