表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
老害追放――新しい国に老害は不要だと放逐された老人たちの建国記。ときどき、若返った国の崩壊の記録。荒れ地の果てに新国家を作ります――  作者: KOH


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/83

69.一時停戦のための会議

 エルスター公爵の遺体は綺麗に浄められた後、棺桶に入れられ、経緯を記した手紙を添えた上で白旗を掲げたベルカの部下の兵士の手によって王城の門前に戻された。

 捕えた敵将の死体など、切り刻んで敵の城に放り込むのがごく当たり前の世界に於いて、これは破格の扱いである。

 それでなくともこの戦力差であれば、相手は全滅する。軍使を切り捨てたとしても何の禍根も残らない。

 そう考えれば、丁重に対応する理由などない。


 ならば、それだけベルカがエルスター公爵の命賭けの策に感銘を受けたのかと言えば、そういう訳ではない


 むしろ僅かな会話の結果、ベルカはエルスター公爵を嫌っていた。

 ベルカからすれば、彼は仕える王の命に背いて、好き勝手をした不忠者であり、知略のみでこの戦争に僅かな期間とは言え、停戦を齎した悪人である。

 エルスター公爵が停戦まで読んでいたのかは、今となっては確認は出来ないが、同盟に戦争の継続を躊躇わせる策としては効果的だった。


 お互いがお互いを信じる事が困難になる。

 今回の策は、すべての国家が超兵器の設計図を手に入れたような状況である。

 自分だけが手に入れたのであれば、使うなり封印するなり、自在に出来ただろう。

 しかし、他国も同じ力を手にしてしまった。

 そうなると、出来る事は少ない。


 ひとつはやられる前にやる。

 この世界に於ける普通の国家方針である。


 もうひとつが、同盟国全体で毒の不使用条約を締結し、破ったら袋叩きにする程度。

 だが、その条約が効力を発揮する状況――つまりは毒を撒かれた後――で、加害国を袋叩きにしても、被害を受けた国の土地は死ぬ。国は滅びる。

 つまり、その条約は相互防衛条約ではなく、相互敵討ち条約に過ぎない。

 もちろん、袋叩きにされると知った上で毒を撒く国は少ないだろう。十分な抑止力たり得る。


 理性ではそう考える。


 だが、毒が存在すると知ってしまった彼らは、もう知らなかった頃には戻れない。

 同盟国に対する猜疑心の芽を摘むことは出来ないのだ。


 エルスター公爵が行なったのは、そういう事だった。

 ヴィードランド王国の王はそうならないように、毒の存在を秘したまま滅びるつもりだったという。

 王の心に背き、国と共に滅びる覚悟を台無しにしたのがエルスター公爵である。


 それこそが、ベルカがエルスター公爵を嫌う理由だった。


  ◆◇◆◇◆


 ベルカが行なった一時停戦の措置を知った各国の将軍や参謀は、最初は怒りに震えた。


「軍使に何かを言われたかは知らぬが、情けなくも怖じ気づいたか」


 と。


 その説明のために全員を集めた場で、まずバチークが


「一時停戦にしてでも同盟側で話し合うべき情報がある。皆もそれは知っている筈だ」


 と述べた上で、毒についての情報を開示した。

 その途端、それまで非難の声があがっていた場が静まりかえる。


 各国の将軍や参謀は、バチークが見たのと同じ巻物を受け取っていた。

 その際、巻物を届けた者は、巻物と引き換えに身の安全を求めた。


 自身の命の対価である。普通に考えればありふれた情報では命乞いには使えない。

 だからこそ、命乞いと共に巻物を受け取った者は、巻物はそのひとつだけだと誤認した。

 同盟国全てが同じ巻物を持っているとは考えていなかったのだ。


 ただ、だからと言って、秘密にするような重要な情報であるとも考えていなかった。

 内容に毒の作り方の記述がなかったことから、不完全な情報と捉えていたのだ。


「この巻物を軍使から受け取り、全ての同盟国に同じ物を渡したと聞いています。ですが誰一人としてそれに触れることもなく、アプソロン王国指揮の軍が一時停戦をした事に苦情を述べていますがなぜですか? この策は、他の毒でも代替可能ですが。ローデヴェイク王国将軍閣下にお聞きします」


 バチークがそう述べた瞬間、ローデヴェイク王国以外の全ての者が、ローデヴェイク王国がそれを秘していた理由を考えて、自分なりの納得出来る答えを見付けてしまった。


(自分だけが受け取ったと思っていたから秘したのか。秘した理由は聞くまでもない。自分たちだけが持っている情報と考え、いずれ密かに使うためだ)


 と。


 自身を省みれば、そうではないと分かるのだが、バチークはローデヴェイク王国(他人)を名指しにした上で、そう問うてみせた。

 軍備増強に力を入れているローデヴェイク王国。

 この情報が正しければ、それはとんでもない武器となる。

 皆が、『ローデヴェイク王国(他国)』がそうした理由について問われ、自分なりに納得出来る答えを見付けてしまったため、以降、その考えを前提とする方向に思考は流れる。


 が。


「ローデヴェイク王国以外の皆にも問う。なぜ受け取った事を秘していた?! ふん……いずれ使うためだな?!」


 ベルカがそう大声で言い放った事で流れが変った。


 その言葉で全員が、自分たちも含めて皆が『ローデヴェイク王国(他国)』と同じ事をしたと思い出した。

 自分は違うと言える。

 だが、それを信じて貰えない事は、つい先ほどの自分の思考が証明している。

 自分がローデヴェイク王国(他国)を信じなかったように、他国も自国を信じないだろう。


「まさか! 我がローデヴェイク王国はそのような事はせぬ!」


 最初に名指しされたローデヴェイク王国の将軍が、理由も何もなく、ただそう叫ぶ。

 すると、他の国もそれに続く。


「オーグレン王国もそうだ! そのような卑怯な真似をするものかよっ!」

「アルスカヤ公国も同じだ。そもそも我々はこの巻物の情報を、信じてなかった。言わなかったのは無意味な情報と誤認したからだ!」


 各国の将軍がそのように叫ぶ。

 それを見て、ベルカはバチークの肩を叩く。


「後は任せるぞ」

「やるだけやってみます……」


 バチークはベルカの前に立ち、手を叩いて大きな音を立て、片手を挙げて注目を集めた。


「ベルカ将軍に代わりまして、参謀のバチークです。まず最初に、皆さんは巻物を受け取った事は黙っていたけど、そこに悪意はなかった。そういう事で良いですね? で、確認です。ここにいる方は信用するが、あの国だけには持ち帰らせてはならない。と思っている方は私が5つ数える間に遠慮なく仰ってください……1,2,3,4,5……はい。いらっしゃらないと言う事で続けます。しかし皆さん、信じて貰っておいて恐縮ですが、私は全部の国を疑ってます。いや、もちろん戦友たる皆さんの事は信じています。ですが皆さんの母国の全員を信じる事は出来ません。おっと、恐い目で睨まないでください。皆さんの国の国王陛下や貴族を疑っているわけでもありませんからね? 私が信用していないのは、皆さんの国にいる見知らぬ誰か。そして遠い将来の見知らぬ誰かです。何なら、自国の国王陛下であっても、顔も知らない50年後の国王陛下を信用していません。何しろ顔も名前も知らないんですから……まあ、うちはノンビリ屋が多いので、そこまで酷いことはしないだろうと期待はしますけどね。期待と信用とは別です。自身がそうなのですから、皆さんに50年後、100年後の我が国の国王陛下を信用しろとはとても言えません。同様に、皆さんの国の50年後の国王陛下や将軍を信用しろと言われても無理です。まずはここまでご理解頂けてますかね?」


 アルスカヤ公国の参謀が挙手をした。


「はい、何でしょうか?」

「今の話は、知らない者を信用は出来ぬと回りくどく言っているだけで、それは当然の話ではないか。貴君の発言の意図を教えて貰えぬだろうか?」

「申し訳ありませんが、もう少しお待ちください。さて、この巻物に記載されている毒ですけど、毒の作り方は秘されています。ですが、実はうちの国では鉱山の毒として知られています。精錬所なんかから出る汚染物質ですね。そのままでは同じにはなりませんが、その毒を少し弄れば、同じ効果が得られるのではないかと思っています。毒を流す方法については巻物に書いてあります。おや、我が国はこの巻物を使いこなせそうな気がしますね。精錬所なんかから出る汚染物質だと聞いた皆さんも、持ち帰って研究すれば使いこなせてしまいます。おやおや。50年後、どこかの国の将軍が、これを使うのではないかと心配になってきましたよ」

「……貴様、毒について自分から言っておいて何を言うか?」


 ローデヴェイク王国の将軍がそう言うが、バチークは苦笑を返した。


「鉱毒に苦しめられた経験がある国は少なくありませんからね。知らなくても、調べればすぐに辿り付きます。この巻物の情報はそのように作られているんですよ。さて。そうなると、我々は今後、疑心暗鬼の中に生きる事になります。あの国が毒を撒いていないか? 今年の不作は毒の影響ではないのか? 流行病のように見えるが、あれは毒の影響ではないのか? どんな不幸も毒のせいだと思ってしまえる。すべての他国が信用できない状態になるのです。常に他国を疑わねばならず、やられる前にやれ、と判断する者が出たらおしまいです。この巻物はそうしたものです」

「持ち帰らず、全員が破棄すれば良いのではないか?」


 オーグレン王国の参謀の声に数人が頷くが、大半は渋い顔をする。


「控えを取っていないという保証は? 私はほぼ内容を暗記していますが、破棄のため、私を殺しますか? ここにいる多くの人が、この巻物の内容を知っていますが、皆さんもここで自決しますか? 各国の陣に、内容を覚えている人はいませんか? 全員自決させますか? 個別に渡されてしまった時点で、破棄は不可能なんですよ。やられましたね」

「条約などで使用を禁ずれば良いのではないか?」


 ハーポヤ王国の参謀がそう言うと、半数ほどが頷いた。

 バチークは肩を落して効果は薄いでしょう、と述べた。


「例えば、毒を撒いた国を周辺国が袋叩きにして滅ぼす条約があったとしましょう。相互防衛条約ですね。ですが、この条約が発動した時点で毒を撒かれた国は滅びがほぼ確定します。『防衛』するには手遅れなんです。まあ、全ての国が、袋叩きにされるのがイヤだから使わないという判断をする事もあるでしょう。ですが、それなら自国から見て上流以外の周辺国全てとか、一部を除くすべてに対して毒を撒いてしまえば? どの国が撒いたのか分からない状況を作れば、反撃はないかもしれません」

「見付からないように毒を使うことが可能なのか?」

「エルスター公爵曰く、20人の兵士がいれば可能だと。大きめの商隊ならそのくらいですから、商隊として侵入させておいて、必要なものをバラバラに送り込む。なんてやり方されたら気付くのは無理だと思うんですよ」


 これまでの戦争は、少なくとも千。多ければ万の兵士がぶつかり合うものだった。

 なぜなら多くの場合、勝負は主に数で決まるからだ。

 だが、それだけの軍が動けば、自然と察知されてしまう。


 だからこそ、宣戦布告をして堂々と、というやり方が主流となっていたわけだが、この毒は違う。

 僅か20人ほどで、個人の暗殺をするように、国を丸ごと殺せてしまう。

 そして暗殺者は、分かりやすく黒覆面を付けたりしない。

 ごく普通の、どこにでもいる農民や商人の顔をしている。

 そうした事が各国の将軍や参謀に染み渡るのを待ち、バチークは続けた。


「もしも本気でこれを使おうという国が出た場合、打てる手はあまり多くないんです。そして、それこそが今回、停戦を呼びかけて集まって貰った理由に繋がるんですが……まず、この毒、使わないって信じられる国がありません。理由はさっき述べたとおり。今ここにいる皆さんは信じるとしても、未来の誰かを信じることなど出来ません。もちろん、皆さんからしたら、アプソロン王国だって信用ならないでしょう。皆さんにお聞きします。将来にわたって、信じられる国、ありますか?」


 見知らぬ未来の国王や将軍は、毒を使うかも知れない。

 信じられる国などない。

 バチークの言葉を聞いた皆がそう考えた。


「世界に目を向けた場合、最悪なのは自国が滅びる事じゃないんです。すべての水源が汚染される事です。そうなれば、雨水と水の精霊魔法に頼るしかなくなり、人間の世界は滅びます」


 何を馬鹿な、等と言う者はいなかった。

 実際、たかが水の事で彼らは戦争をしているのだから。


「それで、我々を集めたのはなぜですか? ここで、全員を亡き者にして、情報の流出を防止するんですか?」

「まさか。そもそも、巻物の重要性に気付いた国があった場合、既に自国に送っていたとしてもおかしくはありません。だから、ここにいる全員を殺しても無駄です。皆さんには、私が先ほど垂れ流した妄想と、これから私が述べる解決策について、それは違うと論破して頂きたいのです」

「まだ続くのか?」

「はい、論点はひとつだけですが。実は今の状況で、信じられる国の候補がひとつだけあるのです。誰よりもこの毒について詳しいくせに、宣戦布告を受けてもそれを脅しに使う事もなく、国家が滅びかけているというのに、この情報を秘したまま、討ち死にしようとしていた奇妙な国が。その国は貴族派という派閥によって崩れかかっていました、今回の戦争で、貴族派の大半は力を失ったようです。戦後処理でそのあたりを色々縛っておけば、今暫く、水源を彼らに預けて置いても良いのではないかと、そういう妄想です」


 バチークの言葉を聞いた各国の将軍は正気か、と目を見開いたが、参謀達は難しい表情で頷きあった。


「バチーク殿。今回の件はそれに留まらぬが、それについては触れないのかね?」

「アルスカヤ公国のドナート参謀殿。留まらぬとは、どの部分について述べているのでしょうか?」

「戦術や戦略が基礎から変りかねない点だな。貴君には言うまでもないだろうが、戦術の多くは、極論すれば、相手に対して数の優位を取るための物だ。そして技術の発展は、数の優位をひっくり返すために様々な兵器を生み出した。攻城兵器などはその最たる物だが、それも同程度の威力の兵器を同数並べれば互角に持ち込める可能性がある。しかし、この毒は違うね?」

「ご賢察の通りです。確かにこれは従来の戦術とは対極に近い位置にあります。何しろ、数の優位の意味がないのですから。そして使われた側は()()()条約で相打ちであるのに対し、使った方は()()()()相打ちとなりますね」


 で、それが何か? とバチークは首を傾げてみせる。


「ああ、これは我らの意見として言わせたいのだな? 乗ってやろう。従来の条約は既存の戦術などを基礎としている。戦術が変るのであれば、条約の内容もそれに応じたものとせねばならないだろう」

「なるほど。つまり、戦いが起きてから機能する条約ではなく、常時、監視し合う体制を調える事ができる条約とのセット、のような?」

「やはりそこも考えていたか。アルスカヤ公国としては、論破ではなく、アプソロン王国の意見を叩き台とした建設的な意見交換を希望する」

「気が早すぎませんか?」

「ヴィードランド王国の現状を見る限り、急ぐべきだと考えているのだよ。かの国が籠城に倦いて滅びてしまっては、この話し合いは時間の無駄になろう?」

「なるほど。では、同盟の他の国の説得をお願いします」

誤字報告など、助かっております。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バナー"
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ