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66.同盟軍水源維持部隊、西方担当

 ヴィードランド王国が近隣諸国軍と呼ぶ軍には『水源維持部隊』という名前が付けられていた。

 部隊規模としては、各国の常備軍の1割ほどがヴィードランド王国の王都を目指している。

 なお、実際に動いているのは2割ほどだが、『水源維持部隊』に参加しているのは1割ほどとなる。

 では、残りの1割は何をしているのかと言えば、ヴィードランド王国に入った所に防衛陣地を作っていた。


 建前上は、ヴィードランド王国の反撃に備えるためのものである。


 しかしその防衛陣地は、同盟国に後ろから撃たれないためのものである。

 お互い、相手を信用してる訳ではない。

 彼らの絆は利害関係なのだ。


 陣地の部隊は、万が一、裏切りがあった場合に戦力を追加投入して盤面をひっくり返すためのものである。


 蓋を開けてみれば全ての国が同じように陣地を作ってしまったため、戦えば泥沼となるわけだが、他の国がやっている以上、どの国も今更部隊を引っ込める事は出来なくなっていた。


 その結果、各国の防衛陣地は、少し離れた位置に展開する形となり、表面上は他の陣地と和やかなムードで待機任務についていた。


 防衛陣地がそのような状態となったことで懸念されたのが、すぐそばに仮想敵を置いた状態での暴発である。

 不測の事態の発生を防止するため、各国の指揮官達は落ち着いた性格の部隊をその場に残し、好戦的な者たちで構成された軍をヴィードランド王国の王都に向けて進軍させた。


  ◆◇◆◇◆


 ヴィードランド王国と諸外国の間には交易のための道がある。

 道と言っても、他の荒れ地よりもやや調えられている程度のものでしかないが、水源維持部隊はその道を使って兵員や物資を送り込んでいた。

 条約違反に対する行動である。という大義名分のため、今回の戦争は宣戦布告から侵攻開始までかなりの間がある。

 守る側に時間を与えてしまってはいるが、攻める側の準備も万全だ。

 が。


「領都の城までもが無血開城か」


 途中の町や村では無抵抗のままに彼らを迎え入れ、あまつさえ領都の城や砦までが即座に開放された。


 単独で攻め入ったのであれば、この後は兵士達に略奪をさせるのだが、今回に限ってそれは禁じられていた。

『広大な国土ごと国民を自国の奴隷とし、自国に水と食料の安定供給を齎すのが今回の戦争の戦略目標である。無抵抗な農民や、農民の家屋、畑などは極力傷付けるな。それこそが国家としての戦利品である』という理由によるものであり、それは今のところ守られていた。

 農民が残っていなければ今後の食料生産に不都合が生じ、戦略目標の半分が未達成となってしまうのだから、指揮官達も必死である。


 もちろん輜重部隊の負荷を減らすため、食料などの徴発は行なっている。が、これも順調とは言いがたい。

 収穫前の作物が畑などに残っているが、食料倉庫などは全て空にされていた。

 その状態で畑の作物を奪えば村人は飢えるしかなくなる。

 だから、食料の徴発は、農民が死なない程度に残しつつ、というギリギリのラインを見極めながら行なわれた。


「これは……暴発する前に兵士達の憂さ晴らしをさせてやらねばなぁ」


 城や砦を前にして、いよいよ戦いだと興奮した兵士達が拍子抜けする間もないほど速やかに無血開城され、しかも徴発以外の略奪が禁じられている。

 兵士達は途中で狩った獣の血以外に血は見ていない。

 これでは兵士達は収まらない。

 手柄もなければ略奪もないと、その欲求不満が暴発寸前まで高まりつつあった。


 暴発すれば面倒な事になる。と、同盟軍水源維持部隊、西方担当参謀のバチークは溜息をついた。


 憂さ晴らしと言っても出来る事は多くない。

 継戦能力――兵士達の体力や物資――を残しつつ、欲求不満を解消させねばならない。


 バチークには『村人の抵抗があったためという理由で、小さな村をひとつだけ襲わせる』程度の策しか思い付かなかった。

 その許可をどのタイミングで出すべきか、とバチークが頭を悩ませていると、天幕の外がにわかに騒がしくなり、護衛の兵の誰何の声の後、


「イルクです。ご報告があります」


 という声が天幕に届いた。


「入れ! 何があった?」


 入ってきたのは本日の夜番をまとめさせている騎士のイルク。

 やや嬉しそうな顔のイルクを見たバチークは、悪い報告ではなさそうだとそっと安堵の息を吐く。


「昼前に出た斥候が戻りました。次の砦には動きがあったとのことです」

「ようやくか……その情報、もう気付いている者もいるだろうが、兵達には日の出までは伏せておけ。明朝、日の出を待って行軍開始とする。それで? 砦の情報は?」

「表に斥候を待たせております」

「よし、ベルカ殿の天幕で聞こう」


  ◆◇◆◇◆


「地図ではこの位置になります。少し森に入った位置に馬防柵と盾だけで構築された小規模な砦がありました。遠目ですが、馬も確認しております。そこから更に1kmほど進むと石造りのローザ砦があります」

「小規模な砦か。馬と兵の数は?」

「馬は見える範囲で10騎程。兵数は確認出来ませんでした」

「ローザ砦にも兵は詰めていたのだな?」

「はっ。砦の上部に歩哨が立ち、砦内には煮炊きする煙が上がっていました。砦には旗もありましたが、グーラ侯爵のものでした」


 それを聞いたバチークは、おや、と首を傾げた。


「グーラ侯爵家の旗か? ちょっとここに描いてみろ」

「はっ……このような模様でした」


 灰を詰めた箱を差し出し、斥候に旗の模様を描かせるバチーク。

 指で描かれた旗の模様は確かにバチークの知るグーラ侯爵家のものだった。


「お前、絵が上手いな」

「斥候ですので」

「しかし……ふむ。貴族派は腐っていると聞いていたが、王家を守るために戦うものなのか? いや、しかし何のためだ?」


 そう呟くバチークに、西方担当の指揮官(ベルカ)が声を掛ける。


「バチーク。もう少し噛み砕いてくれ。何を気にしておる?」

「は……ここまでヴィードランド王国は無血開城を繰り返してきています。私はこれを、王都を戦場と定めた上での覚悟の撤退であると考えております。何しろ、同盟軍水源維持部隊は北以外の三方向から迫っています。彼らには個別にそれに対応する戦力はありません」


 ヴィードランド王国には戦力が少ない。

 城から離れた場所で同盟軍水源維持部隊を迎え撃てば、碌な抵抗も出来ないまま磨り潰されて終ってしまう。

 それくらいならば、王都の壁と王城を使って籠城した方が戦力を集中しやすい。


 戦力の集中が出来るのは水源維持部隊も同じだが、相手が籠城する場合、こちらの数の有利を活かしにくい。

 むしろ、数が多いことが、こちらの不利益となる事すらある。


 そう考えると、戦力を王都に集結してそれ以外は無血開城した今までの戦術は説明がつく。


 ですが、とバチークは続けた。


「ですが、その場合、この砦で戦力を消耗する意図が分かりません。砦の位置と彼らの行動から、我が軍の王都侵攻を僅かでも停滞させるための作戦に見えますが、その戦力を王都に向わせた方が、彼らの少ない勝率の向上に寄与します……そういう意味で、彼らの戦略上の目標が分からないのです」

「出せるだけの兵を王都に向わせて、武具を持たせた農民を案山子にして、老兵達が背後から騎馬で急襲すると言った策ではないのか?」


 ベルカは、地図から読み取った作戦を口にする。

 が、即座に違うか、と首を横に振った。


「それはないか……馬に乗れる老兵なら、王都に向わせた方がマシだな。籠城戦なら老兵でも十分に戦力になりそうだ」


 ベルカの訂正を肯定しつつ、バチークはもうひとつ気になる点がある、と言った。


「同意します。籠城戦であれば、走り回る体力がない老兵でも城壁の上から弓くらいは引けます。もうひとつ気になる点がありまして。情報が正しければグーラ侯爵は貴族派です。我々の王都侵攻を僅かでも停滞させるために命を捨てるような人物ではないと聞きます」

「腐っても貴族だ。国難にあたって愛国心に目覚めたのではないか?」

「そのように変化したと判断出来るだけの情報がございません……そうした状況での献策ですが……ひとつは、伏兵に気付かない振りをしつつ砦に一当てして、伏兵が出てきた所を叩く。騎兵の足を止めれば被害は抑えられるでしょう。もうひとつは、伏兵に対する先制攻撃ですが、相手に地の利がある中でこちらから攻撃をすれば、相手は逃げるでしょうから難易度は高いですね」

「騎兵を誘き寄せる場合は、逃げられないように出来るのか?」


 そう聞かれてバチークは簡単だと笑った。


「彼らに我が軍の全滅を狙える戦力はありません。そうなると相手の戦略目標は輜重部隊を焼き払うこと。次が指揮官を直接狙うこと。今回の戦力で狙えるのは奇襲を掛けたとしても輜重部隊程度でしょう。奇襲されると分かっていれば、速度を奪う方法など幾らでもあります。足元に穴を掘って置いて、相手が来たらそこに丸太を差し込むのも効果的でしょう。丸太の間にロープが張ってあればなお効果的です。丸太で立体を作って転がしておく、でも良いですね。生木を積んだ偽の荷馬車を混ぜておいて、積み荷ごとひっくり返しても相手は動けなくなります」

「火矢を使われたらどうするのだ?」

「水を染み込ませた毛布を何重にも掛けておけば、そうそう燃えません。危険なのは飼葉などですが、それも相手の予想進路から遠すぎず、近すぎない場所に配置すれば問題はないでしょう」


 実際には、普段から幾つもの防火対策がされている。

 それに、万が一火がついても水樽を配置しておけば、火を消し止められない理由はない。

 荷馬車に油でも掛けられれば変ってくるが、相手の接近を許さなければ済む話だ。


 そもそも火計は奇襲に分類される作戦である。

 相手に知られて警戒された奇襲作戦など、失敗するのが当たり前なのだ。

誤字報告など、助かっております。

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