63.布告
王は家臣達の言葉に耳を傾け、信頼できる者を増やしつつあった。
その結果、王の元に正しい情報が集まるようになり、
「これは……どうしたものか」
王は現状のあまりの酷さに目を覆った。
近隣諸国との関係が、かつてないほどに悪化。
国内に目を向ければ農民達が逃散し、王宮の呼び掛けに答えない貴族も続出。
それが貴族派ならばある意味、当然と言えるかもしれないが、本来貴族派ではなかった貴族も王宮の呼び掛けを無視してる。
「王国にあって、王の声に耳を傾けないか……見限られたのだろうか? ドミニク、意見はあるか?」
「貴族派に関しては、我々に集まった情報から今までの悪事が露見することを恐れ、逃げようとしていると考えます。貴族派以外の貴族は、民を守るために領内に引きこもろうとしている可能性もあります」
「民を守るため? つまり、国が治安を保てないという判断……か」
「……陛下。今は国内問題よりも近隣諸国の動きへの対応を決めるべきかと。言い方は悪いですが、国内問題なら兵士を派遣すれば何とでもなります。しかし我が国が条約違反をしているという理由で条約破棄をされた場合、我が国には自衛に足るだけの戦力がありませぬ」
ヴィードランドは条約によって守られていた。
条約――そして、水と食料供給――によって、近隣諸国を縛り、競合させ、それを盾としていたのだ。
しかし、ヴィードランドが条約の条件を履行出来なくなった場合、その盾は消滅する。
残るのは、十分な防衛戦力を持たない、水資源が豊富な国土を持つ国家である。
ヴィードランドが先に約束を破ったという大義名分があれば、周辺国はヴィードランドに食らいつくだろう。
そして、条約の不履行がほぼ確定的となった今。
ヴィードランドは早急にその対策をしなければ国が滅びることとなる。
内政がどうのと言ってる暇などない。
国が滅びれば民の財産も奪われ、運が良くて奴隷、運が悪ければ命すら残らないのだから。
その優先順位を理解している王は、ドミニク達に頷くと、食料生産の枷となっている問題の原因追及と解決策、暫定対処策についてを尋ねるのだった。
◆◇◆◇◆
工作の隠蔽に失敗したと判断した貴族派は、他の貴族派関係者との連絡を絶った。
彼らは主義主張から貴族派としての派閥となっていたが、そのまとまり方はかなり緩い。
今回の件も一部が始めた小さな事件だった。
ただ、それに気付いた貴族派の貴族達が自分たちも、と似たような事を始めた結果、出来る事が増え、それを悪用して更に手を広げたため、その影響が広範囲に広がったのだ。
最初の頃に入り込んだ官僚に頼んで都合の良い情報の流れを作り、多くの役職が彼らの物となった。
上司が貴族派になれば、協力した官僚も昇進する。
そういう関係性だ。
だから、その関係を表に出さないため、他の貴族派関係者との連絡を絶つ貴族が増えたのだ。
その結果、それまでは曲がりなりにも論理的――貴族派に利益を齎す事で自分も受益出来るように行動する――な部分があった行動が破綻した。
財産のない下級官僚達はまだ、残っており、彼らがいることでそれぞれの組織は辛うじて動いてはいた。
だが、組織の頭は機能していなかった。
昨日と同じ今日を続けるだけならば、それでも十分に稼働し続けただろう。
しかし、国の運営の要となる人物を排除し、彼らの功績の否定のために彼らが行なったことをやめさせ、それどころかまったく反対の事を行なうようにしたことで、平穏な日々は終った。
今までなら起きなかったような問題が多発する中、管理の出来ない管理者、判断の出来ない決定権者は何もしなかった。
そんな混乱の中でも下級官僚は頑張ろうとした。
状況を調べ、対策を考え、上級官僚に説明して指示を仰いだ。
だが
「指示をください」
という部下の声に対し、彼らは
「自分で考えて動け。言われる前に率先してやれ」
と無責任な発言を繰り返した。
そして多くの官僚が
「現場が勝手にやって問題が起きたときは現場の責任。うまく行ったら自分の功績。言われる前にやれだ? こっちは指示をくれって言ってるんだよ! そっちこそ俺たちに言われる前に自分で考えて指示を出せ。言われても指示すら出せない能なしめ! 甘えてるんじゃねぇぞ!」
と、職を辞していく。
財産がない者、行く先のない者が残っていた筈なのに、そんな彼らですらヴィードランドを見限ったのだ。
結果、逃げ遅れた者に仕事が集中し、使い潰されて倒れていく。
残った貴族派の官僚の大半は、辞職した部下がいなければ何も出来ない。
大半が自分で何かを成せない者になった時、官僚組織は完全に機能しなくなった。
軍隊で言えば残った全員が将官である。
戦う者も、矢玉を運ぶ者も、後方で給与や支援物資の手配をする者もいない軍隊は既に軍隊ではない。
何も出来ない口だけ集団である。
「自分で考えて動け。言われる前に率先してやれ」
と言っていた彼らは、こうなることを考えもせず、誰に言われるまでもなく率先して自分の首を絞めていた。
こうしてヴィードランド王国の内務を司る官僚組織は死んだ。
◆◇◆◇◆
ヴィードランドの内務系の官僚組織が機能を失った数日後。
近隣諸国が、タイミングを計ったようにヴィードランドに宣戦を布告した。
大義名分は
・ヴィードランド王国による条約違反が認められる。
<詳細:詳細な条約違反内容>
・条約違反について再三の問い合わせに明確な回答なく、時間だけが経過している。これは引き延ばし工作である。
<詳細:問い合せ内容と時期。それらに対する回答>
・一方的な条約違反に対する説明がないため、条約は破棄する。
<詳細:条約効力が喪失する明確な日時>
・全ての大河下流の国家の生存権を守るために、やむを得ずヴィードランド王国に対して戦線を開くものとする。
<詳細:大河の名称と被害を受ける国の名前>
・ヴィードランド王国以外に対する攻撃の意思はなく、彼らの権利は守られるべきである。
<詳細:守られるべきとする具体的な権利についての記述>
というものであった。
固有名詞に違いこそあれ、ほぼすべての国がこうした宣戦布告文を発布した。
外務系の官僚組織は貴族派の浸食をあまり受けていないため、各国に設置された大使館はそれなりに機能していた。
外交官は宣戦布告文を受け取ると、大使館を閉鎖すると国外退去命令に従って速やかにヴィードランド王国に向った。
ヴィードランドに戻った彼らは、内務系の官僚組織が完全機能停止していることを知った。
「アードラー様。布告文を持ち帰るのであれば、急がねば……早馬の手配を致します」
「待ちなさい。急ぐ必要はない。彼らの大使館にも布告文は届けられているよ。そして、彼らが準備を調えていたのであれば、もしかすると、今この瞬間にも布告文が王宮に届いているだろう」
だから急ぐ必要はない、とアードラーは部下のクルトに落ち着くように告げた。
「……我々は退去させられただけなのですか?」
「そうなるね。しかし内務が機能していないのでは、早馬も使えない可能性もある。確認の上、最悪の場合は商人から馬車を買い取らねばならないかも知れぬな」
「手配をします……しかし、家族連れもいますが、どうしましょうか?」
「私とクルトとバルトルトの3名が王都に向う。残る者についてはアンデ子爵とベンヤミンに任せる」
二手に分かれる際に、武官はそれぞれのグループに必要となる。
また、残る者の中には貴族と対等に対話できる身分を持つ者がいなければならないし、残るメンバーをまとめられるだけの人望が必要となる。
そうした理由を読み取り、名前を呼ばれた者たちは静かに頷いた。