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58.堰

 オーグレン王国のノア・ノルマン子爵は、管理人(フィリップ)の連絡を受け、オーグレン王国の北方全体を治めるエストマン侯爵に一報を入れ、自身は5名の騎士に荒れ地に出る用意を調えさせ、彼らを伴って荒れ地に調査に赴いた。


 途中、レーン村で村長(イェルド)とニルスから話を聞いた彼は、明日の朝を待てぬと日が沈みかける荒れ地へと進む。


 水や食料を積んだ馬車と水の精霊魔法使いを伴い、片道半日の距離にあるヴィートランドを目指すのだ。

 荒れ地には獣や魔物はほとんどいないからこそ、出来る事だが、暗い道を走るため馬車は速度は出せない。


 今回の件がヴィートランドの故意であった場合、ヴィートランドで補給を受けられない可能性もあるため、馬車には1往復分以上の荷が積まれている。

 荒れ地の砂礫に轍を刻みつつ、馬車は人が進むよりもやや早い程度の速度で進む。


 騎乗した数名――内1名は水の精霊魔法使い――は馬車を待たずに先行。川の様子を偵察しており、何かを見付ければ戻ってくる手筈になっている。


 日が沈んだ荒れ地を、月明かりを頼りに枯れた川沿いに進んでいくと、前方から騎士の馬が戻ってきた。


「ノルマン様! ヴィートランドから3キロほどに堰が設けられ、水が荒れ地に流れ出ています!」

「設けられている? ポールの目にはどのように見えたのだ?」

「加工された材木が乱雑に川底に打ち込まれており、そこに多数の廃材のようなものと丸太が引っ掛かる形で堰になっているように見えました」


 加工された材木が堰を作っているのであれば、確かに『設けられ』た可能性が高くなる。

 廃材などを使って堰を仮設したとすれば、ポールの報告のようなものになるかも知れない。

 だが事故の可能性を否定出来るほどの情報ではない。

 少し考えてから、ノルマンは


「堰の周辺に人影は?」


 と尋ねる。


「姿は見えませんでした」

「ふむ。ならば事故の可能性が高いか」


 誰の土地でもない荒れ地に作られた堰ならば、勝手に破壊すれば済む。

 だから堰を作るなら、簡単に守れるヴィートランド国内が望ましい。

 仮に荒れ地に作るなら、少なくとも破壊されないように見張りを置く。ノルマンならそうする。


 だが、そうした予断は判断を歪めると、ノルマンは、現地を見るために馬車を進めた。


「なるほど、あれか」


 堰から20mほど離れた位置からノルマンは堰を確認した。

 そこから先の地面は、砂礫の色が変っていたためである。


「流れ出た水はなぜ川に戻らぬ?」

「推測で宜しければ」

「うむ」

「川底には粘土がありますので、水は吸い込まれませんが、荒れ地に流れ出た水の大半は砂礫に吸い込まれているように見えます。砂礫は無限に水を吸い込むと言われておりますし」


 地下に岩盤なり粘土の層なりがあったとしても、その上の砂礫の中を流れる伏流水としてどこかに流れ出していれば、水が地表に出てこない可能性もある。

 そう説明を受け、ノルマンは足元の砂礫に視線を落し、堰に視線を移した。


「堰の破壊は可能だと思うか?」

「濡れた砂礫は危険だという伝説もありますので、近付けるかどうか……ああ、泥沼状態ですが川底を歩いて行けば或いは……ただ、堰が切れたとき、逃げられるかどうか」

「それでも我々がやらねばならぬ。水の供給は貴族の義務であり権利なのだ」

「……分かりました。ですが、我々が倒れる可能性を想定し、二名を戻して道具と応援を呼ぶべきと具申します」


 万が一があった場合、事情を知る者がいるのといないのとでは、後の動きがまったく変ってくる。

 ポールの具申を聞いたノルマンは、確かにその通りだと頷く。


「独身、子供がいない者を優先して返してやれ」

「……ご配慮、感謝します!」


 家名を絶やさないようにという配慮から出た言葉に礼を述べたポールは


「アッサール! エドガー! 両名は村に戻って、堰を破壊するための人手と道具類を借りて参れ! なお、アッサールは侯爵閣下が見えたときに状況を報告するため村に残れ!」


 村に戻す2名を選抜し、命令を下す。


 彼らを見送った後、ポールは


「可能かどうか分かりませんが、火を掛けてみるというのは如何でしょうか?」


 と提案する。


「火矢か? だが、堰からは水が漏れ出ておるようだ。あれでは油紙程度ではなかなか点くまい?」


 堰は橋の残骸とその他雑多なゴミで構成されており、それなりに隙間が多い。

 その隙間に小さなゴミが吸い込まれた結果、現在では水漏れの量は、湧き水ほどになっている。

 水が堰のあちこちから漏れているのでは、火矢程度では火は点かない。


「火矢では難しいと思います。ですので、あの堰の所まで進み、薪を積み上げ、薪の中段に点火するのです」


 地面に触れている部分は濡れてしまうが、溢れ出た水に触れないように作れば火は燃える。


「それで、あの堰に燃え移るか?」

「恐らくは」

「だが、それで燃え落ちるだろうか? 紙で作った器で湯を沸かす話を聞いたことがあるが」

「こちらから見えている部分のすぐ後ろまで水が来ているなら、あまり燃え落ちないかもしれませんが、表面が燃えるだけでも十分では?」


 ポールの言葉に、少し考えたノルマンは、なるほどと頷いた。


「半分も燃えれば強度が保てぬか」

「ご賢察の通りかと。ただし、堰が十分以上の強度を持っていた場合は別ですが」

「それは何であれ当然の話であるな……分かった。しかし、あそこまでどう進む?」


 この辺りでは堰から漏れた水がほんの少しだけ流れており、川底は泥沼のようになっている。

 そういう場所に踏み込むと、泥に足が腿まで沈んで、泥の底に埋まっていた枝などで足が傷つく恐れもある。

 今回の彼らの装備は速度を重視したものなので、防御性能はやや犠牲になっているのだ。


 ポールは少し俯くようにして策を検討し、ふいに顔をあげ、馬車の方を見やった。


「あれを壊し、その板を足場にしましょう。余りも出るでしょうから、それは薪や薪の台に。よろしいでしょうか?」

「ふむ……足場は2本幅。準備を終えたら最後に幅1本分を回収し、薪に焼べる事とせよ……ああ、我々の薪として車輪と車軸は残すように」

「承知しました……では、バルトルト、オットーは分解に掛ってくれ」


 ポールの指示に従い、2名の騎士が馬車を解体する。

 まず、馬車から水や食料、薪などの搭載物を下ろす。

 (くびき)を外し、馬は食料などが入った木箱に繋ぐ。

 次いで、(ながえ)ごと(くびき)を外し、本体だけになった箱馬車から車輪と車軸を外す。

 単なる箱になった馬車を、小さな手斧と馬車用の工具を使って解体していくが、比較的簡単に屋根が外れ、壁の部分も外される。

 騎士や兵士が使うことを想定した、保守性が高い馬車なのだ。

 壁や屋根は斧で切ってバラす。

 床も同じくだ。


 ポールの指示で解体は順調に進む。


「隊長。轅や車輪、あと、柱部分はどうしますか?」

「ああ……長い棒は、この後必要になる。車輪は刻んで薪にしろ……それとこの辺に小さな焚火を作っておけ」

「承知しました」


 ひとりが刻む作業を続け、ポールともう一人(オットー)が板を使って堰の手前まで板2本幅の通路を作る。


 そして、堰の手前の泥の中に板を置いて、薪を置くための濡れていない場所を作る。

 そこに薪から剥いだ木の皮、斧で馬車をバラした時に出た細かなくず。小枝サイズに細く割った薪、油を染み込ませたおが屑等を置き、その上に細い順に薪を重ねていく。

 残す分以外の薪を粗方置き終った後、足場として置いてあった板を、薪の山の上に重ね、ポールはノルマンに手を振った。


「よし、バルトルト、火の点いた木を持って行け」

「は!」


 一本橋となった足場を通ってポールが戻ってくると、焚火から抜いた火の点いた2本の薪を持ったバルトルトが入れ替わりで堰に近付く。


 ポール達が積んだ薪は結構な量だが、点火すべき場所は分かりやすく空いている。


 バルトルトはおが屑に点火すると、一瞬で油が燃える時の黒い煙が上がる。

 煙の流れを確認しつつ、持ってきた2本の燃えさしを細い薪の間に差し込むように入れ、バルトルトは足場にしていた板を回収しながらゆっくりと後ろに下がる。


 薪の下の小枝から細い薪に火が移り、一時的に火が小さくなるが、安定した炎が細い薪を燃料に再び広がっていく。

 また、細い薪の下に差し込んだ火の点いた薪の炎も安定している。

 こうなると、生半可なことでは火は消えない。


 あがる炎が風を呼び、煙突効果が生まれれば、常に新鮮な空気が火の回りに引き込まれる。

 炎が大きくなり、輻射熱で堰の表面が乾いていく。

 太い薪に火が点く頃には、炎は堰を構成する木材にも引火し始める。


 漏れ出る水の影響で、堰の火は点いたり消えたり、めまぐるしく状態を変えるが、全体としては炎は大きくなっていた。


「ポール。2交代で見張る。先番は俺とバルトルトにしておこう。ポールとオットーは後番だ。それぞれ6時間は休むように」


 後番のポールとオットーが天幕を作り、先番のノルマンとバルトルトは食事を作る。

 煮炊きの時間を使って、ポール達は馬の世話もする。

 と。

 何かが割れるような音が響き渡り、全員が堰に注目する。


 堰の表面は火に覆われているが、木材の芯まで燃えているようには見えない。

 薪が爆ぜただけか、と目を逸らした瞬間。


 今度は太い木と木が擦れるような異音が響く。


「あ、堰の奥の火が消えてます!」


 そう叫んだバルトルトが指差すあたり。

 彼らから見て堰の奥側の火が消え、火が黒い水に覆われる。

 流れ出た水は、大量とは言えない量だったが、それでも薪などが押し流されていく。


 と、水の流れが変化したことで、力の掛り方が変化したのだろう。


 轟音とともに堰が崩れ、大量の水と瓦礫が流れ始めた。


「取りあえず、川に水が流れるようになりましたね……野営の準備始めちゃいましたけど、どうします?」

「今日の所は野営だ。村には2人がおるし、侯爵が来られるかも知れぬ。それにあれだけの瓦礫では、またどこかで引っ掛かるかも知れん。さあ、食わねばもたん。食事にしよう」


 ノルマンはそう言って、火に掛けた鍋を確認するのだった。

なかなか主人公達のターンになりませぬ( ̄∇ ̄;)

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