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55.王の気付き

 川の氾濫が発生したのはバッハ伯爵領だけではなかった。

 ヴィードランドを南北に貫くポリス川。

 今回の氾濫の被害はポリス川とその支流で発生していた。


 敢えて切らずに残されていた斜面の木々が切られたり。

 農家の人手不足で雑木林が手入れされずに放置されたり。

 新しい製鉄所のため、周囲の木々が燃料として切られたり。

 今まで軍の訓練という名目で行なわれていた工事が行なわれなくなったり。

 貴族派の土地で護岸の補強が行なわれなくなったり。


 そうした、個々であれば被害は出るにせよ、ここまでの大問題に発生しなかっただろう事が、ヴィードランドを南北に貫く大河の何カ所かで行なわれた。


 河川沿いに発生したことなので時系列は曖昧だが。

 雑木林から流れ出したゴミが用水路を塞いだ。

 畑に被害が出る前に用水路は補修されたが、その際に溜まった水が大量のゴミと共に川に流れた。


 雨で一時的に水量を増した川が更に増水し、川縁が水で洗われ、流れの中にゴミが増える。

 増えたゴミは川縁の木々に引っ掛かり、時に堰となり、時に堰が決壊し、と流れる水に不規則な波を作り、大きなゴミが増えていく。


 川に橋があり、そこに流れた木が引っ掛かれば堰になり、堤から溢れた水が周辺に水害をもたらし、やがて橋は耐えきれずに流される。

 そうやって流された材木は、更に下流に被害をもたらす。


 まずはそういう連鎖があった。


 同時期、山の横を流れる水が川縁の土が流出し、その上の土砂が崩れる。

 土砂崩れによって発生した堰は、大量の水を貯め、上流側に水害の被害をもたらす。

 そうやって普段なら水が流れない場所に水の流れを作り、更に流れにゴミが加わる。

 こちらの水はしばらくは低い場所を求めて畑などを水浸しにした後、大量のゴミとともに低い場所――川――に戻っていく。


 普段よりも水量が多く、その水量には長い周期の波があり、水には大量の硬くて大きなゴミがある。

 そんな水で洗われれば、護岸工事途中で放置された土が剥き出しの堤は一溜まりもなかった。


 ポリス川の周囲は、溢れた水で洗われ、溢れた水はゴミを浮かべて下流に向う。


 上流側で発生した時は小さな被害だったが、川は繋がっている。


 とは言え運が悪かった。

 他の川なら堤が切れれば、そこから水が流れ出す分だけ下流の水面の高さは下がる。

 川の水が流れ出ることで、被害はその地域で終り、下流の被害はそこまで拡大しない。


 しかし、ポリス川は比較的傾斜が急な大河であり、流れ出た水は留まらずに下流に流れ込んだのだ。

 結果、被害は下流へと連鎖した。


 このポリス川の氾濫によって、幾つもの橋が流され、その流域の住人の多くは、畑を流された。家を失った者も少なくない。

 そして、ゲラーマンの村人から、上流から流れてきた木材が川を堰き止め、橋を押し流したと聞いた農民の多くが、その木材の出処に気付いた。


  ◆◇◆◇◆


 ローベルト・アウラー子爵は、少し移動した後、すぐに自領に戻る事となった。

 街道の橋が流されていたため、それ以上進むことが出来なかったのである。


「貴族派の土地で橋が落ちた。常ならば貴族派の工作を疑うところだが……それにしては被害がデカすぎる」


 見える範囲で村ひとつ。

 多くの家々の形は残っているが、水浸しになっているし、壊れた家もある。

 村人の被害として一番大きいのは畑が流されたことだろう。

 ゴミ混じりの水が畑の表面が削り、作物の多くも押し流した。

 或いは芋類なら地面の下に残っていたかも知れないが、村ごとに作る作物が指定されている中、運の悪いことにこの村はマメ類を作っていたそうで、見える範囲は綺麗に流されている。


 村ひとつの作物が流されたのであれば、貴族派の工作の可能性は低い。

 この被害は貴族にとっては税収の減少を意味するし、村人は国から預かっている王家の財産である。

 ひとりふたりならともかく、村ひとつ分の住人を飢え死にさせるなどあってはならない。

 対処のため、貴族は予定外の出費を強いられるだろう。


「だがなるほど……こういう事があるから、従来は複数種類の作物をあちこちの畑に分散していたのか」


 ローベルトは護衛の者から2名に、被害を調べ、必要なら支援を行なうようにと命じ、そのまま領地へと戻っていった。


  ◆◇◆◇◆


 例年と変らぬほどの長雨だったにも関わらず発生した水害。

 それはすぐに王宮に伝えられた。


 原因が貴族派にあるという情報ではないため、それは速やかに王の知る所となった。

 (バート)はそれを聞くと、


「ポリス川の氾濫か。まあ、予定通りと言えよう。これで流域の土地が肥えて、実りをもたらしてくれるのだ。ああ、水害に不慣れな流域の住民に被害など出さぬようにな」


 と宣った。


 だが、その後、次々に齎される水害の()()報告の内容にその頬は引き攣ることになった。


「水害で作物が流されただと? どういう事だ!」


 報告に来た上級官僚は怒鳴りつけられ、後ろに控える下級官僚を前に押し出す。


「この者が一番詳しいので、説明はこの者から……」

「……直言を許す」

「身に余るお言葉、光栄に存じます……ご存知のようにヴィードランドの雨季は今の季節、秋から冬にかけてです。過去の記録から、我が国の水害被害はこの季節に集中しています。夏に小麦の収穫が終わった後なので、小麦の被害は秋蒔きの種だけです。ただ、晩秋から冬にかけてが収穫時期のものも数多くそれらが被害を受けております。ヴィードランドは恵まれた土地で、通年で作物を育てられますので、どの時期であっても、何かしらの作物が被害を受けることに……」

「止めよ……もういい。分かった」


 ヴィードランドではどの季節でも作物が育つ。


 その情報だけで十分だった。


 常に畑に作物があるのであれば、水害が発生すれば必ず被害が発生する。


「他国で実績のある方法なのだぞ?」


 力なくそう呟いた(バート)に答える者はなかった。

 ただ、その脳裏では、かつてのマーヤ・シューマッハ伯爵の言葉が雷鳴の如く響いていた。


『他国に学んだ?! 治めるべきは国内でしょうに、他国のやり方が通用するとでも? しかも我が国の治水は治安のみならず外交の……!』


「シューマッハ伯爵はこれを言っていたのか……伯爵はあの後、何を言おうとしていたのか……誰か。シューマッハ伯爵をここへ……ああ、そうか余が追放したのか……あの者の言、事実であった。探し出してここに」


 (バート)は力なく、そう言葉を紡いだ。

 もしもそれが追放の前であれば、アントン達は喜んでこの場にはせ参じただろう。

 しかし、もう彼らの道は分かたれてしまっていた。

 彼らが戻ることはもうない。


 側近のカールが(バート)の耳元で囁く。


「陛下、それは無理にございます。かの者は北の荒れ地に出て行きました。荒れ地で水と食料が尽きればそれまで。恐らくもう生きては……」

「……なん、だと? 隣国に渡れば済む話ではないか、なぜ……そのような事に?」

「追放された者の多くは、諸外国の国境を通ることもできず荒れ地で死ぬ定めです」


 母国で犯罪者として追放された。

 そのような者を入国させれば、国家間の火種にもなりかねない。

 だから、国境から荒れ地に出ることは容易でも、別の国の国境を抜けて入国出来るのは、それなりの対価を支払える者に限られる。


 今まで、国外追放を、単に文字通りの意味に捉えていた(バート)は、ようやくその刑の重みを理解した。


「……確か、他にも多くの者を国外追放にしたが……俺はなんてことをしてしまったのか」


 一人称が、王になる前の俺になるほど。言葉を飾る余裕もないほどに(バート)は混乱した。

 そして、先王が遺した言葉を思い出した。


『バートが王になったならば、暫くは皆の声に耳を傾けて様々な事柄を学ぶのだ。

 おまえの知識は机上のものに過ぎぬ事を忘れるな。


 だが皆の声を聞くだけでは王の責務は果たせぬ。

 皆から学んだあとは、自ら考え判断したのちに後悔するようなことはするな。

 多くの者にとって王命は拒否できない絶対のものだ』


 バートはその言葉を忘れず、皆の声に耳を傾けてきたつもりだった。

 だが、マーヤ達の訴えは退けた。

 その上、その言葉を伝えるなと厳命もした。

 それで皆の声に耳を傾けたと言えるのか?

 そう自問した(バート)は、どうすべきかと思考を巡らせる。


(もう手遅れか……いや、だが、シューマッハ伯爵達は俺にこれを気付かせるため、貴い犠牲になったんだ。もうこれ以上は間違えてなるものか)


 マーヤ達を貴い犠牲と切り捨てた(バート)は、再び顔をあげた。


「各院に伝えよ! 此度の被害への対策などを広く求める。意見があれば身分に関わらず俺に届けよ!」

ここで、王が「俺は悪くない!」って言うのもありなんですが、彼の場合は騙されてそのような状況に置かれていたんですよね。だから気付かせました。まあかなり手遅れっぽいですが。

しばらくはアントン達はお休みです。

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