53.贅沢
川付近から運河に繋がる用水路と、村の中限定の運河――現時点では、村外周の堀が水掘になり、そこから先は開拓待ち――と、その気になったら船も通れる数本の水路が完成した。
それと並行して、村の揚水用水車の補強が行なわれ、細い木から板を切り出せるようになった。
元々、最初に作った水車は馬車の予備の車輪と竹などの柔らかい部材、皮を剥いだだけの丸太などを使っており、機能は揚水に特化していた。
正しくは特化していたというよりも、他の用途には使えなかった。である。
水車を動力に使おうとすると、反動で水車本体が振動したり弱い部分が破断したりするため、動力用としては試験的な利用しか出来なかったのだ。
その揚水用水車を、荒れ地周辺で手に入る材料を使って補強した結果、人が付きっきりで細かく調整してやれば細い木から板を切り出せるようになった。
人が調整してやらなければ壊れかねないような振動があるが、それでも細い板を作れるようになった。
その後は早かった。
細い板を使って揚水用水車を更に補強し、段々と太い木からも板を作れるようにし、更に板を増やして動力用の水車を一から作る。
そして動力用の水車で作った板を用いて動力用は改良される。
数度の改良を経て、最終形とは言いがたいが、動力水車が完成した。
新しい水車により、林で手に入る丸太の大半から安定して板を切り出す事が出来るようになった。
丈夫な部材を使えるようになったことで、製材機を動かしたら反動で水車が揺れるという事はなくなったし、保守しやすい構造で、長期に渡って使えそうな水車が完成したのだ。
板の生産が増えれば更なる補強が可能となるが、アントン達はそれよりも板の生産継続と板を使った開拓を優先した。
結果、木の板が使われるようになった事で、村の景色が変化しつつあった。
まず、あちこちに板を利用した小屋が建てられ、雨ざらしだった製材機などが屋根付きになった。
板が出来たことで、川に荷馬車が渡れる橋――緊急時は簡単に外せるもの――が作られ、家のドアは木の板に置き換えられていく。
即席に近い勢いで作った村人達の住居も、板を用いたものに変った。
土壁はそのまま残ったが、屋根や窓回りなどは板で整えられ、ベッドやチェストなどがゆっくりと増えていく。
また、まだ小さなものだが、運河にも船が浮かんでおり、子供達が遊んでいる。
「おじいさま! 船って楽しいですね!」
川縁で刈り取った葦を運ぶ小舟から手を振って、船が揺れて驚いた顔をするクリスタに、アントンは手を振り返す。
「あまり迷惑を掛けるんじゃないぞ! それと落ちるなよ!」
「これも仕事ですわ-!」
ちなみに、対象は一軒しかないが、板は輸出品目にもなっている。
森人から、余裕ができたら譲って欲しいと言われたため、依頼があれば受注生産で作る、と約束しているのだ。
森人と言えば。
ここに来れば多くはないが甘味などが手に入ると知った森人が、時折、買い出しにやってくるようにもなった。
その度、木の精霊に贄はまだかと絡まれる――物理的なことも――ことも多いが、精霊と森人の存在は、村人達が、ここは特別な場所だと実感させ、何回も精霊と言葉を交わしたアントンは、ヘンリクの計画通り、村人から特別な人であると見られるようになっていった。
◆◇◆◇◆
その結果。
「アントン様。先日収穫した芋がそろそろ食べ頃です。これを精霊様に奉納してください」
「いや、それはやっとくが、精霊様ならともかくワシに様付ける必要ないんじゃけど……」
等という事が増え、奉納された品が精霊の前に並んだ後、ある程度溜まったら宴に供されるようになった。
村人達は不定期に開催される宴を楽しみにし、そのために奉納される量が増える事もあった。
そして食料供給が安定し、板材そのものと、板材による道具類が普及し始めた頃。
ようやく機織りや炭焼き、陶工の技術を持つ村人達が活躍できる環境が整ってきた。
同じ頃、村の外れに鍛冶屋も作られ、ヨーゼフがそこを仕切るようにもなった。
環境が整ったと行っても、まだそれは最低限である。
が、農業以外にも出来ることが増えた事で、村の中はまた変化した。
草木染めの布を使った服が流通し、食器が陶器に変化する。
金属加工品も自前で手に入るようになって、ヘンリクがレオンに注文する品が、道具類から種苗に関するものに変ってきた。
また、余剰食糧を用いた保存食や調味料の類いが作られるようになると、主に食事に関する文化的水準が急上昇をした。
元々、知識や技術はあったのだ。
単に、物資と人手の問題で後回しになっていた諸々が着手された。
◆◇◆◇◆
「ここからが、僕たちの出番ですね」
かなり整ってきた村を眺め、ヘンリクがそう呟くと、アントンは不思議そうな顔をした。
「ん? ここまでが、ではないのか?」
「ここまでは最低限の整備じゃないですか。これでようやく色々と始められます」
「ヘンリクおじさま、どういう意味ですか?」
クリスタの問いに、ヘンリクは目を細めながら答えた。
「今のこの村は、僕らが生きるために必要なものを生産できているね?」
「はい。贅沢に目を向けなければ衣食住は十分に」
「うん。君は聡いね。まさにその贅沢に目を向ける時期が来たって意味だよ」
贅沢をするのだろうか、とクリスタは不思議そうに首を傾げる。
そのクリスタを膝に乗せ、頭を撫でながら、アントンはそういう意味か、と笑った。
意味が分からないまま、取りあえず頭からアントンの手を外し、アントンを見上げるクリスタに、
「今、この土地で作れる品は、まあ、どこでも手に入るな?」
「農作物に関しては、信じられないくらいに綺麗なものが採れますけど」
木の精霊魔法で育てた作物には虫食いはない。
王宮に出す作物にさえ虫食いはあるが、虫が付く前に育ちきる作物ならではの特徴である。
「品質に目を向ければ、確かにそういうものもあるな。じゃが、小麦も野菜も、他の土地でも作れるものばかりじゃろ?」
「皆が必要だと思うものを作るのですから、他と似通うのは当然ですわ」
「そうじゃ。じゃから、それ以外を作ろうという話になるんじゃよ。生活必需品ではないが、あると嬉しいものじゃな」
「贅沢品ですよね?」
「うむ。例えばじゃが、今はなくても困らない砂糖。クリスタは砂糖は欲しくないかね?」
「欲しいです……ですけど、それを作る理由が分かりませんわ」
そう答えるクリスタに、お茶の用意をしつつマーヤが答えた。
「贅沢品はあたしたちが作るけど、それを使うのは他の村の人なのよ」
「他の村? どこですか?」
「ここではないどこかね。砂糖をこっちの提示した値段で買い取ってくれる人に売るのよ。そしたら、売ったお金で別のものを買えるでしょ?」
「交易みたいなものでしょうか?」
クリスタに
「当りよ」
と答えたマーヤは、お茶を並べつつ、クリスタの頭を撫でる。
「ヘンリクとアントンが言ってるのは、余力が出来たから、外に売り出せる生産品を作ろうって話なのよ」
「それで砂糖ですか?」
ヘンリクがそうだね、と頷く。
「砂糖に限らないけどね。何をどう作って、どう売るのかを考えるのが僕たちの仕事ってわけさ」




