51.力を合わせる
精霊魔法の才を持たなくても、新たに才を得ることは出来るし伸ばすことも出来る。
エーリカが示したその事実は、精霊魔法の才のない村人達を熱狂させた。
結果、エーリカが土魔法の才を得た満月の後、元々真面目に働いていた村人達は今まで以上に真面目になった。
――ただし、生産性は低下した。
全員が日々の精霊への祈りは欠かさず、産まれながらに才ある者たちは、伸ばせるのであればと、村の開拓のために精霊魔法を多用する。
これにより、まず生産性が上がった。
だが誰かが精霊魔法を使う度、皆がそれを観察するため、生産性が下がった。
その結果、全体で考えると生産性はやや低下となったのだ。
ヴィードランドの平均で言えば、精霊の加護を持つ者は3人に2人程度とそれなりに多い。
だが精霊魔法の才を持つ者はその中の半分程。
精霊魔法に長けた者となれば加護持ちの1割にも満たない。
具体的な数字に言い換えるなら、
精霊の加護を持つ者は3人に2人程度。
精霊魔法の才を持つ者は3人に1人程度。
精霊魔法に長けたは15人に1人未満程度。
となる。
なお、ヨーゼフやアントンなどは精霊魔法の才を持つ者の中では比較的平均的な部類である。
そんな精霊魔法を使える者が増えるに従い、やや低下していた生産性は上向きに変化した。
作物を育て、雑草を枯らし、穴を掘って雑草を燃やし、水を掛ける。
日々の生活の中で精霊魔法の出番はかなり多い。
そして、仕事によっては精霊魔法でその効率を数百倍にできる場合もある。
だから大勢が精霊魔法の才に目覚め、生産性が低下する要因――魔法に注目する――が減れば、自ずと生産性は上がっていく。
そんなある日の夕方。
畑仕事が一段落したアントンとマーヤ、ヨーゼフが丘の麓で畑を眺めていた。
マーヤの視線が草原北側の林との境界付近に向い、何かに気付いたマーヤは首を傾げた。
「……アントン。あそこの堀って、昨日は無かったわよね?」
「うむ? ……ほう……数の力とは凄まじい……な?」
林を切り拓いた土地に出来た空堀を指差してマーヤが尋ねると、アントンは曖昧な表情で頷いた。
「何よ、歯切れが悪いわね。何か知ってるの?」
「いや、ワシの記憶では、あの空堀の辺りは昼前まで切株だらけじゃったんじゃが……ボケたんじゃろうか?」
「なぁに馬鹿ば言っちょる! 昼まで切株だらけじゃったんは、みぃんな見ちょったぞ」
「そうか……そりゃ良かった……で済ませて良いのか? 昼から切株を取り除いて空掘にした? 人手が増えたにしても早過ぎないか?」
「そーいやぁ、ヘンリクとリコがふたりして、なぁんか指導しとったなぁ」
そう言ってヨーゼフは辺りを見回し、川の辺りで何かをやっていたヘンリクを見付け、呼び寄せる。
「僕に何か用かな?」
「今ヨーゼフから聞いたんだけど。あそこの掘の作成、あなたが指導したらしいじゃないの。随分と短い時間で、どうやったのよ?」
「ん? ああ、土魔法を使える者を集めてね。切株から水気を抜いて枯らして、大きい部分は斧で切株を壊しつつ、土をひっくり返してもらったんだよ」
「アントンの土魔法では、あそこまで出来なかったわよね?」
マーヤに問われ、アントンは頷いた。
アントンの土魔法はそこまで威力はないし、仮に木の根っ子を掘り返すとなれば、かなり無理をしても中途半端で終る。
実際、過去に何回かそうやって中途半端に抜いた後、手作業で切株を取り除いた事もある。
だから、少し考えたアントンは
「村から来た中にスゴい才能の持ち主がいたんじゃろうか?」
とヘンリクに尋ねた。
精霊魔法に長けた者が借金奴隷になる事は少ない。
そうした者が金を稼ぐのはそれほど難しくないからだ。
だから借金奴隷を除外し、村から来た連中の中にそういう者がいたのかとアントンは尋ねた。
するとヘンリクは首を横に振った。
「違うよ。エーリカ君達だよ。あの掘を作ったのは」
「ありえんじゃろ? あの娘は精霊の加護はあったが、才なしじゃった筈。それがこの短期間であれだけの事が出来る程に才を伸ばしたと?」
「それも違うね。エーリカ君は、ひとりで力を合わせたんだよ」
「ひとり」で「力を合わせた」という矛盾する表現に、アントンは眉根を揉んで意味を考え、マーヤとヨーゼフは分からん、と腕組みをして空を見上げる。
「複数の精霊の力を合わせてもらう感じかな。エーリカ君はアントン君と同じ、土と木の精霊の加護がある。アントン君の方がエーリカよりも精霊魔法の才があるから、アントン君も同じ事は出来ると思うよ」
「それはつまり……複数の精霊の力を同時に借りた、ということか?」
「待って待って。そんなの聞いてないわよ?」
「わしも初耳だぁなぁ」
マーヤに詰め寄られ、ヘンリクは困ったような顔で笑う。
「ああ、ごめんごめん。出来そうだって分かったのが昨日で、まだ、研究を始めたばかりなんだ」
「それでこれだけの事が出来たの? ヘンリク。分かってるとは思うけど、これは他国では絶対に真似できないわ」
「うん。複数の加護持ちなんて、ヒト種ではここにいるだけだからね。だけど、片方が必ず木の精霊の加護だから、残念ながら出来る事が限られるんだよね」
土と風なら、石礫を風で加速するなどできそうだが、片方が木の精霊固定では出来る事はそう多くない。
と残念そうなヘンリク。
に対しマーヤが笑い飛ばす。
「馬鹿なこと言わないでよ。開拓速度が向上するっていうのは、今の私達にとっては何にも代えがたい事よ?」
「それは僕も理解しているよ。だからそこの堀とか……」
「分かってないわ。これだけの事が出来るなら、使える土地を増やして堀で区切った村だって作れるのよ?」
「うん。そうだね?」
木の切株を素早く取り除けるのであれば、開拓速度は劇的に向上する。
それは事実だ。
空堀も簡単に作れるし、その際の残土を堀の手前に盛り上げれば、それは土塁となる。
後で柵でも壁でも乗せてやれば、申し分ない防衛設備になる。
だが、マーヤの言う堀で区切った村、というのが分からず、ヘンリクは首をかしげた。
もちろん、畑のための用水路もあるが、それはあくまでも農業用水などの用水路に過ぎない。
「ったく。運河は、ヴィードランドにもあったでしょうに」
溜息をつくマーヤの言葉に少し考え、理解したヘンリクは目を見開いた。
「ん? 運河……そうか、運河か!」
それは言ってしまえばそこそこ広い用水路である。
狭い村の中では用途が限られる。
しかし、使える土地が広がってくれば話は別だ。
水路の用途は防衛と農業用水だけではない。
マーヤが言っているのは村がそこそこ広がった後、そこに張り巡らされた運河だった。
運河の目的の多くは用水路と同じだが、農業用水路と異なる用途がひとつある。
それは水運だった。
村が狭ければ荷を船や荷馬車に積んで、運んで下ろして、等とやる方が手間だ。
しかし村が広くなれば、運河と船が流通を担うようになる。
船による水運は馬車よりも運べる量が多く、速度も速い。加えて馬がいなくても使う事ができる。
運ぶものは荷物に限らない。
情報伝達や人員輸送にも使用できる。
もちろん川を使えば川沿いに運ぶ事は出来る。
しかし、村に運河を作れば、南北だけではなく東西の運搬も捗るようになる。
また、仮に川向こうに敵軍が展開された場合を考えれば、川に船を浮かべたりすれば良い的でしかなく、川を水運に使えなくなる。
だが村の中に運河があれば、陸上移動しか出来ない相手に対して優位が得られる。
マーヤが考えているのはその辺りの軍事的優位性の向上だったが、日常的にも水運は役に立つ。
「のう。アントンよ。水運もええけんど、他に何が出来っか、調べにゃなんねぇな」
「うむ。そうじゃな、じゃが運河を利用するなら、村の土地の使い方も考え直さねばならぬ。まだまだ忙しいのが続きそうじゃ」