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50.精霊神殿

 精霊魔法の使い手を増やすための勉強。

 ヘンリクがそこで最初に教えたのは、精霊神殿が知る精霊の種類とそれぞれの特徴だった。


 精霊神殿がまとめた書物が情報源で、もちろん、そこには秘奥の類いなどは記されてはいないだろうが、それがヒト種が知る精霊のすべてに近い。

 それを基礎知識として、更に幾つかの伝承。

 特に地水火風の四元素の精霊と、その他の精霊の関係性についてをしっかりと教える。


 加えて。


「木の精霊は皆の真摯な祈りを求めました。皆は毎朝、木の精霊に祈りを捧げていますが、他の精霊の加護がある者は、その精霊にも祈りを捧げてください」


 と教え、誰かが精霊魔法を使う度に、その魔法を見学させるなどもした。


 いずれも木の精霊に教えて貰った事をヘンリクなりに噛み砕いて、魔法の才がない村人に教えるために考えた事だった。

 精霊魔法の才がないとされる者たちでは


 ――繰り返し、精霊の力を借りる


 という事は出来ないが


 ――精霊を理解せよ。

 ――相手を知り、相手に好かれること。

 ――その橋渡しとなる魔力を理解すること


 ならばやりようがある。

 だから精霊に関する知識を学び、祈ることで精霊に好かれ、精霊魔法の発動を繰り返し見る事で魔法と言う現象についての理解を深めてもらう。

 ヘンリクが行なったのはそういう事だ。


 村人達の中にあったお伽噺レベルの知識を、ある程度体系だったものまで向上させたことも大きい。

 しかし何より。

 この土地では実際に木の精霊の加護が増えるという、あり得ない事が起きている。だから村人達は、また奇跡が起るのかと期待し、それをやる気の源にした。

 本人達が自らそれを希望し、実践しているのだから、学習効率はとても高く、その結果がエーリカの土魔法となった。

 と、ここまでならばヘンリクの予想の範疇に収まるのだが。


 ヘンリクの想定外の事が起きていた。


(さすがの僕も、人間に声を届ける精霊が増えるのは予想外だったよ)


 精霊は人間――少なくともヒト種――にはあまり干渉しない。

 精霊がヒトに話しかけるなど、精霊神殿の聖人の記録まで遡る必要がある。

 木の精霊がアントンに話しかけたのは、森人が来たのかと勘違いしたからだ。


 しかし今回は、そういう理由もなく精霊がヒトに話しかけた。

 普通に考えて、あり得ない事が起きていた。


 ヘンリクも皆と一緒に木の精霊への祈りと共に、光の精霊にも祈りを捧げている。

 しかし、ヘンリク自身は光の精霊の声を聞いたことはない。


 エーリカとの違いとあげるなら、例えば、ヘンリクは元から精霊魔法が使えたという点が大きな違いと言える。

 精霊の種類も異なるし、元々の精霊に関する知識量も異なる。

 有り体に言って、特定できないほどに異なる点が多すぎた。


(まあ考えても分からないんだから暫くは様子見か……ああ、彼らにも話を聞いてみようか)


  ◆◇◆◇◆


「それで我らに話を聞きたいと参ったわけか」


 森人のケヴィンの元を訪ねたヘンリクが精霊についての話を聞きたいと事情を話した所、ケヴィンはなるほど、と頷いた。

 その横で、本物が出来るまでのツナギの短剣をもらったエーリクが嬉しそうに短剣の柄を撫でながら、ヘンリクが持ち込んだ焼き菓子を頬張る。


「むぐ……でもその()、エーリカって言うんだ。僕と名前、似てるね?」

「ヴィードランドでは割とよくある名前なんだけど、機会があったら仲良くしてやってくれると嬉しいかな」

「それで、ヘンリク殿は精霊の何を知りたいと申すのか?」

「そうだね。まず、ヒトにとっては、精霊と言葉を交わすっていうのは割と大事件なんだけど、森人は少し違うんだよね?」


 ヘンリクの質問に、ケヴィンは少し考えてから慎重にそれを肯定した。


「……確かに、大事とは捉えないな……知っての通り我らは木の精霊と契約をしておるが、これも森人の中では希有な事ではござらん」

「木の精霊以外とも話をしたりは?」

「個人差はあれど、話す者はそれなりに。複数の精霊の加護を得るものも稀に出る。ヒト種の伝承に、森人の精霊魔法の威力が語られることがあるが、あれもそうした(たまもの)にござろう」


 初めて聞く話に、ヘンリクは目を輝かせながら疑問点を質問していく。

 ケヴィンはそれに丁寧に答えていたが、最後のヘンリクの問いに目を丸くした。


「色々教えてくれてありがとう。でも今までヒトが知らなかった事ばかり教えて貰ったけど、ここまで喋っちゃって問題無かった? 何なら僕は何も聞かなかった事にして誰にも言わずに忘れておくけど」


 ヘンリクのその言葉にケヴィンは破顔して、問題ござらんと答えた。


「そも、かつて精霊神殿の者には伝えた事ばかり。神殿が公開しておらぬだけで我らからすれば、何を今更という話でござるよ」

「ほう……どうやら精霊神殿は、僕が思っていたよりもずっと腐りきってたんだね」


 ヴィードランドに於けるかつてのヘンリクの立場は知の番人である。新たな研究成果などが発表されれば、ヘンリクの目に触れることになっていた。

 だからヘンリクは、精霊神殿の発表が長年変化していないことを知っていた。


 精霊神殿の研究の基礎にあるのは、加護はあるかないかだけで、ある場合は1つだけというものである。

 そこが否定されると、従来の論文の根拠が崩れてしまう。

 精霊神殿の基準では言葉を交わせば聖人扱いとなるが、聖人の足跡や記念日などを当て込んだ経済活動が長年続いているのだから、今さら間違いだと言えば混乱が生じるのは予想に難くない。

 だから、秘していたのだろう。


 だが、それはかつて自他共に認める知の番人だったヘンリクからしたら許しがたい事だった。


「まあ、僕としては今更ヴィードランドがどうなっても知らないけど……ふむ……しかし森人はその情報をヴィードランド以外にも伝えたのでしょうか?」

「多分伝えてはおらぬだろう。聖典などを根底から見直さねばならぬから、整理の上、精霊神殿からと発表するいう話を耳にした事があり申す」

「……それで、そのまま握りつぶしたのか……精霊神殿は、もう少しまともな組織だと思っていたんだけど」


 ヘンリクの知る限り、末端の神官たちはそれなりにまともに見える。

 もちろん欲深な者もいるが、それは神官に限った話ではない。

 だが、手足がまともであっても頭がおかしな事になっているのなら、全体の動きはおかしくなる。


 と、そこでヘンリクは気付いてしまった。


(精霊神殿からすれば、森人は絶対に秘すべき情報を知る者ってことになるのか)


 そう考えたヘンリクは、そこから連想した事を素直に聞いてみた。


「もしかして、森人がヒトの町から離れたのって、それを伝えた後、神殿との関係が悪くなって、なんて事は?」

「ふむ……まあ、そういう話も漏れ聞こえたな」

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