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48.時を待つ

 王宮から早馬が到着し、申請の返事を確認したローベルト・アウラー子爵は白皙の顔を真っ赤に染めて怒りを露わにした。


「理解不足に対応するための説明をするだと?」


 それが布告に対する問題提起と、布告の一時停止措置の申請への答えだった。


「説明不足に根回し不足を棚に上げて、各領主の責とするつもりか」


 アウラー子爵は、貴族派ではない。

 ヴィードランドには貴族派以外の派閥はなく、無所属を親王派と呼び慣わす程度なので、強いて言うなら親王派となる。


「最近、貴族派の連中が水面下で勝手をしているという情報。調べてみて正解だったが……もう少し早く関心を持つべきだったか」


 貴族の追放が相次いでいるので警戒をするようにという話を友人から聞いた時は、馬鹿な、と笑い飛ばしたものだが、調べてみれば実際に王宮の親王派の文官達の多くと一部の武官が追放されていた。

 それだけではない。

 官吏の多くが降格され、空いた席は貴族派の爵位を継げない子弟達に奪われていた。


 大勢が濫用される追放に異を唱えても、官僚機構が抑えられてしまうと、公的な窓口が失われる。

 王には側近がおり、そうした事態には側近が独自に情報収集を行う仕組みもあるのだが、調べた限りそこも抑えられていた。


「……王に届く情報を制限して、貴族派は何がしたいのだ?」


 正規の方法では官僚を介して謁見の申請を行なう必要があるが、ヴィードランドには、直言の仕組みもあった。

 王が多忙な時期などそれが叶わないこともあるが、王宮に入ることが出来る貴族なら、王と話をする事ができる。


 更に言えば、半年もすれば貴族達を集めた会議(社交会)もある。


 仮に上級官僚が王宮内の衛兵に命じて、貴族派以外の貴族が王に接近出来ないようにしても、会議は止められない。


 官僚と側近を抑えられてしまうと打てる手は少なくなるが、ゼロにはならないのだ。

 それがローベルトには不思議だった。


(他国ならともかく、ヴィードランドでは簒奪はあるまいが)


 自国防衛に足るだけの軍備がないヴィードランドは、水と食料に関わる条約を利用して諸外国が牽制し合う環境を整え、それを国家防衛の肝としている。

 それだけでは不十分だが、条約で軍備を整えることが制限されており、今となっては状況を変えることは難しい。

 条約は国と国が結んだものだが、国体――国の在り方、根本体制――が変化すれば、条約は意味を失う。

 つまり、簒奪で王族以外が王になれば、他国から条約を破棄できてしまう。


 今の条約は、諸外国が欲しくて仕方なかった水と食料を餌にして、当時、今よりも自国の戦力があった頃に結ばれたものだ。

 今結び直そうとすれば同じ条件にはならない。


(今のヴィードランドの在り方を理解しているのなら、それだけは避ける筈)


 ヴィードランドの派閥は極めて曖昧だ。

 元々は貴族の権利を強く主張する者たちが、そのようなレッテルを貼られたことで結束し、貴族派を名乗り始めた。

 だが、元々が名前が先にあるような集団で、理念もなければ責任者もいない。

 ローベルトが調べた限り、今回の件は小集団がそれぞれ勝手に行なっていることのように見えていた。


 それが、ローベルトには懸念要素であるように思えた。


(……派閥としての貴族派には実態はない。頭もなく、それぞれが自由に動いているだけなら、そこまで考えが及ばないという可能性もあるか?)


 明確なトップがいて、トップが戦略を練って、全体を俯瞰し、戦略に沿った指揮を取るのなら、少なくとも貴族派が生き残れるように立ち回るだろう。

 しかし、それぞれがその場その場で『最適に思える行動』を取っているとすれば、その場合の最適は全体を俯瞰したものではなく、それぞれが見える範囲に於いてとなる。

 それぞれの行動の影響が小さければ、好き勝手をしてもひどいことにはならないが、大臣や、それに近い立場にあった貴族を追放し、更には本当の意味で国の在り方を決定づける上級官僚を総入れ替えするなどの大きな変化を齎しているのだから、その影響はとてつもなく大きい。


(だが、それが分かっても、ここまで根が深く、広くては手の出しようがない)


 冤罪でさえなければ、他者を追い落とすこと自体は悪ではない。

 それは単なる競争にすぎない。


 だが貴族派がやってきたのは、冤罪による追い落としであり、ローベルトの認識において、それは悪である。

 だが、ローベルトではそれを訴える事ができない。

 調査結果ならあるし、証拠も証言もある。

 だが、上級官僚を抑えられてしまっている。

 訴え出ても握りつぶされ、貴族派の敵であると認識されるだけである。


(御前会議などの機会に訴える以外に方法はないか)


 ローベルトはそう判断した。

 そして、多くの親王派の貴族達も同じように考えた。

 つまりは時を待つ、としたのだ。


  ◆◇◆◇◆


 ヘンリクが連れてきた犬山羊の(つがい)は、今日も元気にクリスタのそばで草を食んでいた。

 犬山羊は大きくなっても40kgを超えることは稀な長毛品種で、大人になると耳がピンと立つ。

 今クリスタのそばにいる二頭は、いずれも体重は30kg未満。

 まだ若く、耳は片方がピンと立ち、片耳は垂れている。

 現在は毛刈りが終った後で、やや涼しそうな姿になっている。

 そんな二頭は、草原に引き込んだ水路のそばの杭にロープで繋がれて、雑草を根こそぎにする勢いで地面からむしり取って食んでいる。


 クリスタのそばには犬山羊だけではなく、ふたりの子供もいた。


 男女一人ずつ。

 どちらもクリスタよりも少しだけ幼い。

 クリスタを含めた3人ともが、犬山羊がロープを囓らないかちらちら気にしながら(カラムシ)を水に付けては丸太の上で叩いている。


「クリスタ姉ちゃん。犬山羊、名前は付けないの?」


 男の子の問いに、クリスタは少し困ったような顔をする。


「馬以外の家畜には名前を付けない方が良いって言われてるの」

「ふうん、情が移らないようにってこと?」


 気を使って、肉にする時に情が移っていると……等と言わなかったにも拘わらず、あっさり理由を言い当てられ、クリスタは苦笑いを浮かべた。

 借金奴隷の夫婦の子供だが、普通の村人の子供だったエルマーとエーリカは、当たり前にそうした事を知っている。

 読み書きや計算は出来なくとも、生きるための知識に関してはクリスタよりも上である事も多い、とクリスタは感じていた。


「まあそうね。私達には愛玩動物を飼う余裕はありませんもの、エルマーは名前を付けたいの?」

「んーん。呼び名がないと不便かなってだけ。数が増えたら呼び分けられないよ?」


 (カラムシ)の皮を剥いで、その両面から余計な部分をそぎ落としては木槌で叩いて水で洗い、また叩く。

 植物の青臭い匂いに鼻の頭に皺を寄せつつも、エルマーは犬山羊たちを見やる。


「だって、子ヤギが複数生まれて、両方オスだったら、オスの子ヤギとか言っても伝わらなさそうじゃん」

「その時になったら考えますわ。あ、エーリカ、皮を裏返すときはもっと優しく剥がさないと。繊維が切れちゃうわ」

「お姉ちゃんはお姫様なのに上手だよね?」

「私は元貴族だけどお姫様じゃないわ。それにお姫様より、エルマーとエーリカのお姉ちゃんの方が嬉しいわ。あ、でももうすぐ私は先生になるから、そっちも楽しみかしらね」


 準備が整えば学校とまではいかないが、希望者に読み書きと計算を教える事になっており、クリスタはそれらの教師になる予定だった。

 貴族の子弟として恥ずかしくない程度には学んでいるクリスタにとって、教える内容は基礎知識にあたる。

 そして、生徒の大半が大人なら、その教師は体力がなくても務まる。


 だからヘンリクは自身が校長兼担任を務め、クリスタに実務を任せるスタイルでの教育を計画していたのだ。


「僕、計算教わるの、楽しみ」

「あたしはご本が読みたいわ」

「嬉しいわ。遊びながら計算を学べるように考えているの。エーリカはヘンリクおじさまが絵本を手配してらっしゃるそうだから、一緒にご本を読みましょうね」

体調不良が続いておりますため、隔日から三日に一度のペースに落させて頂きます。

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