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47.王都・混乱の萌芽

 アントン達の所に村長(ディーター)達が来た少し後の話である。

 それ以前からもぽつぽつとあった事だが、村長(ディーター)達を除く村長の斬首を契機として、


「人手不足の折、私事で大変申し訳ありませんが実家で家族が倒れまして。退官し、帰郷させて頂きたく」

「ローレンツか。君のやっている仕事など、誰にでも出来るのだ。一旦辞めたら、もう戻ってくる席はないぞ?」

「承知しておりますが、家族が危篤との連絡ですので急ぎ、退官を希望します」

「急ぎとは言っても、引継ぎも必要だ。すぐには許可出来ん。引継ぎ資料を作るまでは残留するように」

「助かります。こちらに万が一に備えた引継ぎ資料がまとめてございます。先ほど仰って頂いたように、私の仕事の代わりなど誰にでも出来ます。それではお世話になりました」


 等と、こうした事例が相次いだ。


 ほとんど仕事をした経験のない貴族派の子弟が管理職である上級官僚でいられたのは、元々上級官僚だった者達を下級官僚に降格し、その者に仕事を押しつけていたからだ。

 実働部隊に優秀な管理職がおり、折衝相手が身内で固められているなら、それこそ頭は『誰にでも出来る仕事』になる。

 その実働部隊にいた優秀な管理職が次々にいなくなっていく。

 しかし、自身が有能な管理職だと信じる彼らは、去って行く者を大して引き留めもせず、ヴィードランドの優秀な官僚は、かつて優秀だった官僚へと姿を変えつつあった。


 もちろん、家族のために仕事を辞められない者たちもいた。

 折角得た官位を失いたくないと頑張り続ける者たちもいた。

 だが、周囲が次々に減っていけば、優秀な者に仕事が集中する事になり、職務中に倒れたりという事例も多発するようになった。


 そうした者は、職務中の怪我扱いとなるため退官後も一定の年金を受け取ることが出来るのだが、それを渋った上級官僚が出た事で、


「命を削ってまでする仕事じゃない」

「ヴィードランドは変ってしまった」

「このままでは上司に使い潰される」


 と、下級官僚の数が激減した。


 上級官僚達の親――貴族派の貴族達――が状況を知ったのはその頃である。


 部下に任せておけば安泰な職場を用意した筈なのに、その職場自体が崩れかかっている。

 慌てて新たに下級官僚を増やしてはみたが、新人達は右往左往するだけで仕事は溜まる一方だった。


 抜けた者たちの名誉のために言うなら、引継ぎ資料は完璧だった。

 だが、引継ぎ資料は官僚に取っての常識を知る者のために書かれており、それを知らない者が読んでも理解出来ない。

 まったくの新人は、普通なら数年の下積みなりでそうした知識を学ぶのだが、それなしでは引継ぎ資料は無力だった。


 日本の事務職風に言うなら、処理すべき事柄については例を示して丁寧に網羅しており、折衝時の注意事項や各種文書の様式もきっちり揃った引継ぎ資料。

 だが、職場にある電話機の内線の使い方や、パソコンの電源の入れ方、使用する表計算ソフトの起動停止やファイル保存方法までは説明されていない。

 そんな感じだろうか。


 それはそれで、昔から新人受け入れ時のための資料が用意されているのだが、それは元々いた上級官僚が降格される際に、貴族派の子弟の上級官僚に引き継いでいる。

 だから新人達が読む引継ぎ資料の中には記述されていなかった。

 結果、ヴィードランドの官僚の仕事は停滞し、国内外の様々部署でトラブルが発生するようになっていた。


  ◆◇◆◇◆


 それと時を同じくして。


 多くの村で村長とその親族が斬首とされた事を受け。

 村人達から領主への嘆願が上がることとなった。

 助命嘆願ではない。

 既に刑は終っている。


 嘆願の内容は、布告に従えば、多くの村で収穫量が減ることになる、というものだった。


 布告では、村ごとに麦と高収益作物や指定した作物のみを作れと命じていた。

 正確には、今後は村ごとに、季節ごとに一種類の作物を作るように。どの作物をどの村に割り当てるかは国から指示が出る。と言うものである。


 村ごとに、麦と高収益作物や、指定した作物のみを作る事で、農民が学ぶべき知識が限定され、必要な農具も限定される。

 それにより、農民の手が空くので、その分、生産性があがる。


 ヴィードランド南西地域のアウラー子爵領の領主、ローベルトも布告を確認した際に、そのように聞き、文書にない部分を都合良く補完して考えてしまった。

 だからローベルトは村人達同様、これは麦などの納税品種について述べているのだろうと受け止めたのだ。


 指定以外の作物を作ってはならないと言われた場合、村ごとに育てる作物が異なるため、例えば誰かがタマネギを欲しいと思っても手に入るのは自分の村の指定作物がタマネギという村の村人か、交易所のある土地の住人に限られる。

 そして農村には、余所の村からタマネギを運んで来て売るような交易所などない。

 そうした事情を知っていればあり得ない布告なのだ。

 農民達は布告が出た時点で、一字一句守るとどうなるのかを領主に陳情すべきだった。

 しかし実際には、対象は麦畑なのだろう、と深読みをしてしまった。

 これは、その結果生まれた不幸なすれ違いである。

 だが、そんなすれ違いが原因で多くの村の村長とその親族が命を失っているのだから、不幸の一言で済むはずがない。


 また、農民からの陳情では、村単位で同じ作物を育てる弊害として、農繁期が重なるために人手が足りなくなり、収穫が間に合わなくなる場合もありうる、というものもあった。

 元々すべてが手作業の農家では、村の他の家と農繁期が少しずつずれるように異なる作物を植えたりしていた。

 今週はお前の所の手伝いをするから、来週はうちの手伝いをしてくれ、というような互助で成り立つのがヴィードランドの農家なのだ。


 陽当りの善し悪しなどで、多少時期がずれる事もあるが、多くの場合、同じ地域で同じ作物を育てればそれぞれの農繁期は重なりがちとなる。

 そうなれば、人手が足りずに実った作物を収穫しきれない畑も出てくる。

 収穫時期を大きく逸してしまった作物の多くは食べられたものではない。

 収穫が間に合わなくなれば、農民の収入も減るし、税収も減る。

 加えて、諸外国に輸出する食料が不足するという問題もある。


 農民からすれば、自前の畑で作れる野菜以外を手に入れるにはお金が必要になる状況で収入が減るのだからたまらない。

 そしてこのままだと、来年以降も同じ状況が続くのだ。


 座して放置できる問題ではなかった。

 しかし、村長が死刑になるような案件である。

 国に対して訴え出ても村長同様、処分されるかもしれない。

 そう考えた農民達は、領主に嘆願を出したのだ。


  ◆◇◆◇◆


 幾つかの土地でそうした事が発生し、嘆願を受けた領主からの文書が王宮に届き始める。


 その内容は、具体的な指摘と共に、布告には問題があるため、しばらくの間、従来の方法に戻す許可をもらいたい、というものであった。


 それらはまず、下級官僚達によってチェックされた。

 人手が足りない中、下級官僚達は様々な手引きを片手に手続きに不備がないかを確認する。

 勿論、内容の精査も行なわれる。

 その上で、必要な情報をまとめて管理職である上級官僚に渡すのが引継ぎ資料に書かれていた仕事の進め方だった。


 幸か不幸か、非管理職である下級官僚達には農業に詳しい者が多かった。

 そして事情を知らない平民出身が多い下級官僚達は、農民の訴えを元にした領主の申請を速やかに対処が必要な案件であると評価し、それを上司に報告する。

 すると、突き返される。

 理由の説明はない。

 数回そうした事が繰り返され、これは『配慮すべき案件』なのだ、と理解した下級官僚は、報告のトーンを変える。


 新たな布告に対して、各地で()()()()から問題が生じている。というものだ。

 それを受け取った上級官僚は、今度は突き返さず、下級官僚達はこれが正解だったのかと胸をなで下ろした。


 上級官僚となった貴族派の子弟達は、本件の対処について苦慮していた。

 各地の領主と王の謁見の可能性を考えると、問題提起を完全に握りつぶすことは出来ない。

 かと言って、領主の問題提起をそのまま伝えれば、実家が被害を被る恐れがある。

 下級官僚の提出したトーンなら、悪いのはそれぞれの領主となる。

 理解不足から生じた問題なら、それぞれの事情を聞き取った上で、制限付きの許可を与えれば済む。

 そう考えたのだ。

所用(麻酔ありの検査)でまた次回の更新が一日遅れるかも知れません。

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