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46.村の形

 全員がこの村での生活に慣れるまで、15日ほどを要した。

 その間に、1-1班は自分たちの小屋の土壁を綺麗に整え、1-2班は1-1班が住む小屋を参考に、竹と木材で小屋を5棟作った。1-2班の小屋の壁はまだ塗られていない。


 1-1班は様々な職業の者が集められている。

 本来なら、木工、石工、畜産、木樵、機織り等の職業のための小屋なり施設なりを作りたい所だが、急激な人数増加に対応するため、現時点では住環境と食料を優先している。

 が、大きな施設がなくても可能な作業はあるため、順次専門家としての知識を活かして村作りの助けとなっている。


 1-2班は農業の専門家が多いため、そちら系統の仕事を任されるようになりつつあった。

 農業に詳しいとは言っても、アントンのそれは言ってしまえば管理者としての知識なのだ。

 貴族としてなら十分すぎる知識だが、農民としてはまだまだ足りない部分もある。

 例えば、既存の畑の管理については色々と知っているが、新しく土地を切り拓いて畑を作る等はアントンの仕事の領分から外れることだから、あまり詳しくはない。

 完成形の畑のイメージがあるから、何とかなっているが、使いやすい土地を増やす方法などは、アントンの知識の中にはなかった。


 そんなわけで、各自が最初に取り組んだのは、居住環境の整備で、次が畑を広げることだった。

 そしてそれぞれの得意分野で現在の村の構造について、気になる点があれば改善提案をしてもらう。


 もちろん、すべての改善案に対応するほどの人手はない。

 だから、やる事に決まった案であっても、優先順位を付けて順次対応という形になる。


 そうした取り組みの結果、今後の村の発展の方向性も見えてきたし、大勢と意見交換をすることで、生活にも慣れが出てきた。


 ちなみに意見交換の結果、1-2班は草原の西側(川とは反対側)に使える土地を増やそうと頑張っている。


 草原から西には荒れ地があり、その向こうには大穴、更にその向こうには岩山がある。

 豊富な川の水を利用して、その荒れ地部分だけでも土で覆ってしまおうという計画である。


 該当箇所まで水路を引き、粘土を敷いた上に落ち葉を集めて小さな池を作り、その池の周辺で堆肥を作る。

 現在はその準備段階だが、アントン達が作った水路から分岐させた水路を引くところまで進んでいる。


 堆肥が完成したら、水路経由で流れてきた土と腐葉土と堆肥を使って池を広げて沼を作る。

 荒れ地の砂礫にその多くが吸われる事になるが、川の水を使って土や腐葉土を流し込み、沼にするのだ。

 沼には飼料にもなる水草や葦などを植えて、土に直射日光が当たりにくくする。

 土が落ち着いたら、水路の水を止めて沼の水を減らしていく。

 乾きすぎるようならまた水を入れることになるが、それを繰り返すことで、農地などに使える土地を増やす計画なのだ。


 そういう方法で西側の大穴手前まで使える土地を増やし、植物や使える土を増やしていくという提案は、人が使いやすい土地を増やす方法としては分かりやすく、実施するための労力は少ないため、既に着手されている。


 ちなにみ初期段階からマーヤが言っていた、丘を切り崩して全体的に高台にするという計画は保留となった。


「川のそばだから水害が心配というのは分かりますが、水が溢れたらまず東の荒れ地方向に流れますから、草原が水没する心配はないですよ」


 1-1班が持ち込んだ測量器具を使って川の両岸の地面の高さを測った彼らの意見がそれだった。

 加えて。

 上流の荒れ地側の岸にも低い場所があるため、もしも草原が水没するような増水があったなら、その付近に荒れ地側に水が流れた痕跡がある筈である。

 しかし荒れ地に水や土砂が流れ込んだような痕跡がなかった、という事実もその判断を後押しした。


 防衛の観点でも高台にする利点はあるが、現状、この土地に敵が入り込むことはないという事もあって、マーヤはその決定に従うと決めた。


 各自の仕事場所についても配置の検討が始まっている。

 具体的には鍛冶場や機織り機を設置する場所などである。


 それぞれの分野の作業場所は、必要な水量、水質や、排水の汚染の影響、匂いや音から配置場所だけが決められた。

 その大半は林を切り拓くことが前提ではあるが、今までよりもリアルな村の全体像が見え始めていた。


 水車は全員一致で優先度が高いとされたが、それよりも優先度が高い作業があった。

 林の開拓である。


「農地はそれなりに増えたが、その影響で空き地がなくなりつつある。しかし、1-2班の作っている沼は、まだ時間が掛る。だからこれから暫くは1-1班は木樵のティモが中心になって、北側の林の開拓をして貰いたい」


 アントンがそう指示を出すと、ティモが手をあげて発言の許可を求めた。


「何かな?」

「切株取るのに、馬を使って良いですか?」

「出来るだけ馬に無理をさせないように、畜産の……スヴェン達と相談しながらなら許可しよう。この村は、村のサイズに対して結構な数の馬がいるが、先々、馬は貴重になる。スヴェン、頼むぞ」

「分かりました。普通の農村でやらせる仕事程度に抑えます」

「おじいさま。南の林はまだ手を入れないんですの?」


 そばで犬山羊に雑草を食べさせていたクリスタが不思議そうに首を傾げながらそう尋ねる。


「最初は北で、北が落ち着いたら南、と順番にやる事になるかな」

「広くなったら、牧場が欲しいですわね」

「それはもっと先になるじゃろうな……それだけの空き地が残っておらん」


 拾ってもらった恩を返したいと、ディーター達が頑張りすぎたという部分もあるが、元々あった空き地の大半が畑に姿を変えていた。

 時期を別にすればそれ自体は予定通りだが、居住区以外の土地の大半が農業用地として開発された事で、草原から空き地が姿を消しつつあった。


 水路が張り巡らされた農地は、半分ほどはまだ肥料を馴染ませている段階だが、綺麗に畝が作られている。

 結果、居住区の隙間に切った木材など、貴重品以外の様々な素材が積み上げられている。

 まずは林を切り拓いてそれらを置く場所を確保しなければ、今後何かと不便になることは予想に難くない。


「あの。思い付いた事があるんですが」


 とスヴェンが手をあげる。

 どうやら、この手をあげての発言は、彼らの中でルールとして定着しているようだ。それはさておき、アントンは


「何かね?」


 と尋ねる。


「川向こうの荒れ地に林の土を入れて草を植えてみては、と思ったのです。家畜小屋はこちらに置くとしても、草原の広さでは犬山羊や馬を遊ばせられる場所は作れません」

「ふむ……クリスタ、どう思うかね?」

「……川向こうだと防衛に関わりますので、マーヤおばさまの意見も聞いた方が良いかと」

「ああ……なるほど、確かにそうじゃな」


 クリスタの指摘で、アントンは、

『禁足地は、川の両岸、水のある場所から30mほどを範囲としそこに植物がある場合、そこを禁足地とする』

 という条件を思い出した。

 村人達には「禁足地は、川の両岸」とだけ伝えてある。

 具体的な数値や条件は機密情報である。

 もしもそれが漏れてしまえば幾らでも対策出来てしまうからだ。


 例えば、川から31m離れた場所まで溝を掘って、砂礫に水が吸われないように漆喰で固めて川から水を流す。

 条件を知っていれば、これだけで禁足地の影響を受けない畑が作れる可能性がある。

 しかし、これを知らずにたまたま川から31m離れた場所まで溝を掘って、漆喰で固めて、川から水を流すという事をする者はまずいない。


 彼を知り己を知れば百戦殆からず。などと言う言葉がある。

 これは相手から見た時にも同じ事が言えるのだ。


「……スヴェン。川向こうは弄らずに、という方法はないだろうか?」


 荒れ地側は敵が来る方向だ。

 そちらに、この土地攻略のヒントになるようなものを置くのは避けたい、と考えたアントンは、川のこちら側で何とかならないだろうか、とスヴェンに問いかけた。


「今西側でやってる、沼にするやり方で使える土地を広げる方法でしょうかね。水が土を運ぶし草も生えるから手間は掛かりません。最後に水路を半分くらい閉じてやれば沼は肥沃な土地に化けるでしょうし。でも、あっちは大穴があるから、広げるにも限界があるような気もするんですけど」

「林を切り拓けば、大穴に干渉しない場所まで水を引けるかも知れんな。切り拓く際に、それも考えてみてくれ」

「いっそ、大穴を水没させて、そこから四方に水路を延ばすとかはしないのでしょうか?」


 スヴェンの意見はアントン達も考えた事があったが、その案はヨーゼフが反対したため流れている。


「あそこには鉱脈が露頭しているんじゃよ。水没させるのは惜しい」

「あー、この辺じゃ鉱山とかなさそうですからねぇ。分かりました。木の根っ子対策の相談するときにティモと相談してみます」

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