44.選択肢
手を振るヘンリクに手を振り返し、レオンはヘンリク達の馬車に並ぶように馬車を停めた。
馬の低い嘶きと車輪の軋みと共に車輪から砂礫のホコリが舞う。
それを手で払いながらレオンがヘンリクに近寄り、
「なんか妙な事になったみたいだね」
というヘンリクの言葉を聞くと、レオンは楽しげに笑った。
「良かった。これも父さんの策の内だとか言われたらどうしようかと思ってたんだ」
「さすがにこれは読めなかったよ。自発的に国を出る者があることは予想していたけど、僕はもっと先だと思ってたんだよね」
それでも荒れ地に出る者がいると読んでいたというヘンリクに、レオンは、まあ父さんだからな、と身も蓋もない感想を抱きつつも、
「それでどうする? 村長達16人と借金奴隷10人。合計26人全員を連れて行く?」
と尋ねる。
「あー……小屋は4人用のものを4棟作ってるけど……20名を超えるのはもっと先だと思ってたんだよね……今回、天幕とかはどの程度持って来ている?」
「天幕は6人用がふたつと2人用がひとつだね。でもあの短期間で、16人に対応できるだけの小屋を作ったんだ」
16人。それは奇しくも村長達の人数と合致する。
予定の1.6倍の人数になってしまうが、村長達だけなら連れて行っても寝る場所はあるという事である。
「まあ、壁は土壁の下地までしか作ってないから、後は自分たちでやって貰うことになるんだけどね。まあいいや。レオン達の意見を聞かせてもらえるかな?」
「一応、俺とジークベルトで考えた案が幾つかあるんだけど……まず、村長達を見なかったことにして予定通り借金奴隷を連れて行くってのがひとつ」
村長達を見捨てて、予定通りの行動をする。
元々そこまでの義理はない。多少の水を恵む程度はしても良いが、そこで手を引くという方法である。
その言葉が聞こえたのだろう。
焚火のそばにいる村長の肩がピクリと震えた。
「人手が足りないっていう状況で、そんな勿体ないことはしたくないねぇ」
ジークベルトが予想したとおりの返事に、レオンはそう言うと思っていた、と笑う。
「次は、村長達だけを連れていく。予定の人数から1.6倍になることで、寝る場所、食料の問題がないのなら割とお得かな?」
「まあ、順次、人数を増やしていくつもりだった事を考えればそうなるよね。その場合、借金奴隷は?」
「それはこちらで預かって、用意が出来たらまた引き取りに来てもらう感じかな? 食糧増産や小屋の作成には時間が掛るだろうから、それが一段落するまではうちで働いてもらう感じにすれば、預かる間の費用はまけておくよ」
「まあその辺が妥当かな」
「最後が、全員を連れて行く。予定の2.6倍の人数に対応できるなら、だけど」
「それもまあ、ありと言えばありかな」
ヘンリクがそう答えると、ヨーゼフが目を剥いた。
「無茶言うでね! 食いもんはともかく、寝る場所はどうすんだ?」
「それはほら、レオン達が持ってる天幕を買い取れば何とかなるんじゃない? 2週間は水と食料の提供を約束するから、暫くは天幕生活で、その間に自分たちで小屋を作ってもらうとか?」
「驚いたな……父さん、26人に増えても、食料は何とかなるの?」
「ん? えーと、畑があれだけあって、種も増えてるから、一日二日だけ野草や木の実で我慢してくれれば何とかなるね」
ヘンリクの計算は、村人の中の魔法の才がない者達が建物を作り、残りが畑仕事をした上で木の精霊の加護を全力で使う。という計算に基づくものだった。
ちなみに、村人の中の精霊魔法の才がある者が5人いることは、レオン達が来る前に確認済みである。
わずか5人でも、対象を成長の早い葉物野菜などに絞れば、無理のない範囲で実現出来る。
そのあたりは、アントンとクリスタの実験で分かっていた。
促成栽培は土が痩せるので、肥料も必要となるがその辺りは子供でも戦力になる。
「いや、でも俺が馬車に用意させた水と食料は借金奴隷10人の12日分なんだけど」
「水はこっちにもあるし水魔法の使い手もいるよ。レオンとジークベルトの事だから、食料は村で買えるだけ買ってきてるんじゃない?」
「まあ、一応念のためね。使わないなら父さんの馬車に積んで持って行って貰えば良いかなって事で」
「ならそれも天幕と合わせて買わせてもらう。いつも助かるよ、ありがとう。そしたら、全員連れて行く前提で今から話し合いをするから待ってて」
◆◇◆◇◆
「さて。村長さん、アーレント君でよかったっけ?」
「アーレントは役職に伴う姓ですので、今はただのディーターです」
「そか、ならディーター君。改めまして、僕はヘンリク。追放される前はアラヤ伯爵だったけど、ディーター君と同じく姓はなくなった身の上だから、身分の上下はないよ。若い頃からアントン君の友人だと言った方が安心できるかな? さて、あなた達には三つの道を示すから、選んで欲しいんだ。時間は太陽が中天にかかるまで」
そう言って、ヘンリクは選択肢を提示する。
「まずひとつだけど、ここで僕らと別れる。僕らは君たちを助けずに去る。まあ、分かれる前に多少の水と食料は分けてあげるけどね。
ふたつ目は僕らとともに来る。僕たちの、総勢6名の村とも言えないような小さな村の村人になるって事だね。普通の農民と同じ程度に働くなら、村にいた頃と同じくらいは水と食料を提供する。当面の税率は3割くらいで労役あり。そこまでは数日の道程だから、今君たちが持っている水の量で辿り着くのは難しいよ。ただ、開拓を始めたばかりだから住む家はない。あっちの馬車に、うちの従業員が10人いるんだけど、彼らの方が先約でね。家は彼らに提供する分しかないんだ。竹と葦と丸太ならある程度提供できるけど、小屋は自分で作ってもらいたいし、村人になるなら、村の決まり――まあ大半は普通の村の約束事と同じかな――は守ってもらわないと困るし、そうでないなら追放することになる。それらに納得するなら連れて行ってあげる。
三つ目は僕らを殺して馬車ごと水と食料を奪い取る。まあ抵抗するし、こっちには武器もあるし戦い慣れた者もいる。その上、仮に奪えたとしても水も食料もいずれは尽きるからお薦めはしないけどね」
「実質、ふたつ目の選択肢しかありませんよね?」
「お互いが納得出来る条件なら、そっちで他の選択肢を追加してもらっても良いよ?」
「……皆と相談させてもらっても?」
「お昼までに決めてね。こちらは昼には出発するから」
ヘンリクの言葉に頷きながらディーターは村人達の所に戻って話し合いを始めた。
「暫く掛るべか?」
「いや、死ぬか生きるかって話で、こっちの条件を飲めば生きられるんだから、生きたいって人は来るよ。ただ問題は自分が好き勝手出来ないならイヤだって言う人達がいた場合だね」
「あー……」
レオンは色々察したように思い溜息をつく。
と、借金奴隷の乗った馬車の後ろの荷馬車で山羊の鳴き声があがった。
「ああ、犬山羊も連れてきてくれたんだね」
「まあ、これのお陰で荷がかなり減ってしまいましたけど」
山羊は瞬発力はあるし飛んだり走ったりもするが、歩くペースはかなり遅い。
だから、連れてくるにあたって、荷馬車に積み込むことになった。
その犬山羊の番を見て、ヘンリクは
「ああ、そうか。畜産の経験者が早めに必要なのか」
と呟く。
乳を取るなら子ヤギが生まれていなければならないが、今のメンバーでは山羊の出産に対応出来ない。
「父さんからの手紙にもあったから、経験者も連れてきてるよ。村長……ディーターの所にも経験者がいたみたいだし」
「助かるよ。最近じゃ鶏も増えてきたから、そっち方面に詳しい人が欲しかったんだ」
◆◇◆◇◆
「全員が、あなた方の村人になることを選びました」
「まあ、死ぬか生きるかって選択だからねぇ。さっきも言ったけど、決まりを守らないと荒れ地に追い出すことになるからね?」
木の精霊にあいつは村人ではなくなったと告げれば、それでもう川に近付くことも難しくなるのだ。脅しではない。
それを証明する機会がないことを祈りつつ、ヘンリクはそう言った。
「はい。それは全員が承知していますし、覚悟もしています」
「ん。その覚悟が無駄になることを祈ってるよ。なら、ジークベルト、馬車の積載物の調整をお願いできるかな?」
箱馬車2台に荷馬車1台。加えてヘンリク達の荷馬車もある。
箱馬車は詰めれば向かい合わせに4人ずつで8人は乗れる。それだけで16人だ。
荷馬車も荷物を詰めて荷台に隙間を作り、犬山羊と一緒であることを我慢できるなら4~5人は乗せられる。
そして、4台ある馬車の馭者台にもふたり程度は余裕で乗れる。
箱馬車なら屋根の上に乗るという手段もある。
積み過ぎは危険だが、ディーター達は荷物をほとんどもっていないのだから、許容範囲である。
荷物と人間の重さをざっくり計算した上で家族はひとまとまりになるように配慮して、ジークベルトが割り振りを考え、全員が文句を言わずにそれに従う。
「休憩の時に、場所の交代とかをさせてあげてください」
「ん。ありがと。ああレオン、マーヤ君から家族への手紙を預かってるからよろしく」
「いいけど、父さんも姉さん達に手紙を書いてくれよ? 俺もジークベルトも秘密を守るって約束してるんだから」
「あー、僕が荒れ地で元気にやってる。契約で詳しい話は出来ないことになってるって程度なら伝えても良いけど?」
「それ、俺が吊し上げられるやつだから」
苦笑するするレオンに手を振り、ヘンリクはゆっくりと馬車を動かすのだった。
現在、隔日で更新していますが、29,30と所用のため、次の更新は7/2になる見込みです。
 




