43.ヘンリクとの合流
ジークベルトは村に戻ると状況をレオンに説明し、村人を連れて行くことを提案した。
借金奴隷の人数が多いため空き家を借りて仮の宿としていたレオンは、村長達の状況を整理した。
・本来であれば死罪となる筈の村長とその親族が追放された。
・現在は、ヘンリクとの待ち合わせ場所にいる。
・人数は16名。
・内訳は村長の両親、2名。村長夫婦、その兄弟の夫婦が合計6名。それらの子供(一応成人済)が8名。
・全員が農業経験者であり、酪農経験者もいる。
「これ、借金奴隷を集めなくても済んだんじゃないか?」
「その判断はヘンリク様にして頂きましょう」
「うむ……しかし、父さんは荒れ地の水場を暫くは秘密にしたいと言っていたが……ああ、追放された者なら問題は無いか」
ひとり納得するレオンに、ジークベルトは同意する。
「ええ、追放された者が戻ればそれこそ斬首です。交換条件に秘密を教えると言っても罪一等を減じても、平民なら手の切断でしょうから、秘密は守られると思います」
「そうすると、誰を連れて行き、何を持って行くかだな」
「ヘンリク様は、おそらく村長達を連れていくと思います。荒れ地に残せば死ぬしかありません。ヘンリク様なら、『僕がそんな勿体ないことをすると思う?』と言いそうです」
ジークベルトが披露したヘンリクの口真似に、レオンは爆笑した。
そして、しばらく引き攣るように笑い続けた後、レオンは息を整えて顔を上げる。
「あー……うん、父さんならそう言いそうだな……だけど全員を連れて行くほどの用意はないな」
借金奴隷10人。
男女比は、男が6、女が4。内子供が2人。
食料や水や飼葉はそれを前提にして、ヘンリクから聞いた必要量の二倍を積んでいる。
そうした不自由はさせない。というのを分かりやすく物資の搭載量で示す事で借金奴隷の不安を減らすためのものだが、それだけあれば、20人程度は連れて行ける。
例えばレオン達が乗ってきた馬車に搭載した水樽や食料を融通するという方法もある。
ヘンリク達の馬車に水や食料の余裕があれば、それと合わせて全員を連れて行けるかもしれない。
「まあ、相談してからか……幾ら父さんでもこの事態は予想していなかっただろうし、10人のつもりで用意してる所に16人を連れていけるのかって話もあるか」
村長達は連れ帰れない。
それをすれば、犯罪者だ。
だから見捨てないつもりなら、連れて行くのはまずは村長達。
予定より6名も多くなるので、借金奴隷用に準備していた小屋などでは足りないかもしれない。
しかし、残れば干からびて死ぬしかないのだ。それを考えれば狭いくらいは許容範囲だろう。
「それで? 村長達には、ヘンリク様が何をしているのかを伝えたのか?」
「いえ」
アントン達が水を見付けていれば、それを追い掛ける村長達は助かるかも知れない。そうでなければ荒れ地で乾いて死ぬだけ。
ヘンリクからの連絡の時期に合致するという幸運に助けられはしたが、村長達はその賭けに勝った。
単に運が良かっただけにも見えるが、レオンはそうは考えなかった。
僅かな情報を元に知恵を絞って、命の掛った勝負に勝った。
村長は確かに運が良かったが、それは村長が受け身でいたなら得られなかった幸運だ。
単なる幸運だけではない点をレオンは評価した。
「これで追放されたんでなければ、商会に引き抜きたい人材なんだけど」
「その人材をヘンリク様は座して手に入れられる訳ですね」
「そう考えると父さんが一番得してるよなぁ」
◆◇◆◇◆
翌早朝。
村で迷惑にならない程度に食料を買い集めたレオンは荒れ地に向った。
借金奴隷と関連物資の輸送用に箱馬車2台に荷馬車を1台。
加えて、レオン達の乗る馬車が1台の合計4台。
ジークベルトと借金奴隷から3人が御者をつとめるちょっとした商隊規模である。
早朝の、しっとりと湿気を含んだ空気を切り裂きながら荒れ地に向って馬車は進む。
数人の村人が畑仕事をしながらそれを見送るが、中には何も言わずに頭を下げる者もいる。
「村長さんをよろしくって事かな? 愛されてたんだね」
「そうですね……」
馬車を操るジークベルトは少し気になることがあるのか、周囲の様子を見回した。
向けられる視線に害意や敵意は感じられない。
「どうかしたのか?」
「いえ……この村は追放でしたけど、本来は斬首だと聞きました。他の村の村長が同じ程度に愛されていた場合、その……問題が起きなかったかと」
村長というのは世襲制の役職である。
長くその村にいれば、色々な繋がりが増えていく。
村長と同年代の者の多くは村長の幼馴染みだし、村長一家も嫁を取ったり嫁に出したりという際、その対象者は村の中の誰かであることが多い。
そうなれば、村の中に姻戚関係――配偶者の両親、兄弟など、結婚によって結ばれる、直接の血縁関係がない親族――も増える。
村長との繋がりが深い者が多いほど、斬首による反動は大きくなるだろう。とジークベルトはそれを懸念していた。
「俺たちが来る途中、そういう話はなかったんだし……いや、まあどっかで蜂起するのがいれば、あちこちで一斉に、というのはあり得るか」
「今ここで心配しても仕方のないことですが、情勢には今まで以上に気を配るべきかと」
◆◇◆◇◆
レオン達が待ち合わせ場所に到着する少し前から、丘の影から立ち上る煙が見えていた。
「あれは煮炊きする煙だよな?」
「ええ、しかし彼らは薪などは持っていませんでした。ヘンリク様達はもう到着されているようですね」
「説明の手間が省けたか?」
「そこで、異なる視点からの説明を求めるのがヘンリク様ですから」
そんな会話をしながら進んでいくと、座り込む村長達のそばで、ヘンリクとヨーゼフが手を振っているのが見える。
それに手を振り替えし、レオンはヘンリク達の馬車に並ぶように馬車を停めた。