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42.村長達の追放

 その日、レオンが商会の会長室で書類を確認していると、ジークベルトが慌てた様子で入ってきた。


「どうした?」


 普段ならそうした様子を表に出さないジークベルトのその様子に、何事かとレオンが身構える。


「レオン様、鳩です。次回の会合の連絡が来ましたよ」

「……ああ、来たか。いつだ?」

「今回は六日後のようですのであまり猶予がありません……どうぞ」


 ジークベルトは鳩が運んで来た手紙をレオンに渡す。

 その内容に目を走らせ、レオンは首を傾げた。


「受け入れ準備が出来たのか……思っていたよりもかなり早いな……それに若い犬と山羊を番で? それに畜産業の経験がある借金奴隷を追加か……本当に父さんのいる辺りにそれなりの生活環境があるんだなぁ」

「あちらには馬車を引いていた馬達もいますから、いずれにしても畜産業の経験者は必要になるとは思っていました。だから今回連れて行く中に1名ですが経験者がおります」

「だったな……それで、馬車の用意は?」

「整っています。箱馬車2台に荷馬車を1台。馬と馬車は次回の機会に返して貰う事になります」


 借金奴隷10名にとって、今回の荒れ地行きは予定よりも労働期間を短縮するための転職のような意味合いがある。


 彼らには、荒れ地での農作業や、開拓関連作業と説明してある。

 水と食料についての不安は一切ない事も説明しているが、仮にも荒れ地は危険地帯なので、期間は少し短く設定される。

 それが彼らが荒れ地に向う事を受け入れた理由だ。


 今回連れて行く借金奴隷は手に職を持つ者が多く、その技能を活かすために必要になる道具類も荷馬車には積まれている。

 レオンからの餞別ということで、衣類や靴なども余裕を持って支給されている。

 加えて、安全に配慮している事を分かりやすく示すために、水と食料と飼葉も十二分に搭載する。


 借金奴隷10名については、全員が農村出身であり、農業経験者である。

 その上で、木工、石工、畜産、木樵、機織り職人などが揃っている。

 男女比は、男が6、女が4。

 薬師はいないが、農民の知恵として薬草の知識もそれなりにある。


 ちなみに、子供は2人いる。夫婦ふたりと子供ふたりの合計4人をまとめて雇って貰いたいという要望を出した者がいたためだ。


「全員に予定を周知し、山羊と飼料も用意しておいてくれ」

「かしこまりました。代わりの鳩と嗜好品も用意します」


  ◆◇◆◇◆


 レオン達が荒れ地に出るその前日。

 追放を望んだ村長達の刑が執行された。


 兵士達に槍で追い立てられるように、国境の外(荒れ地)に追い出される村長達。

 各自に手荷物ひとつのみが許されてはいるが、その大半は水と食料と僅かな酒である。


 下級官僚は餞別として、切れ味の良さそうな短剣を村長に渡す。


「自害用だ……血が苦手と言っていたが、苦しいときは使うが良い」

「感謝します」


 荒れ地に立ち、深く丁寧に頭を下げる村長を村人は困ったような表情で見送る。

 そんな中、兵士が声を張り上げる。


「良く聞け! 王命に背いた者は国には不要だ! 万が一にも彼らが戻ってくれば、石を投げて追い払え。もしも彼らを匿ったりすれば、次は村全体が同じように追放されるものと知れ!」


 本来のものとは言葉が異なるが、これは見せしめとして処刑する際の兵士の仕事である。

 村長達が戻る事は許されないし、それを助ける行為も罪となる。

 その場合、罪の対象は村全体となる旨を伝えられ、村人達の困惑の表情が深くなる。


「皆の衆。ワシらはもう戻らぬが、万が一にも戻ってくる者がおったら石を投げてくれ。今まで世話になった」


 腰を90度近く曲げて頭を下げ、吹っ切れたような表情で顔をあげた村長は、親族とともに荒れ地の奥に向って歩いて行った。

 村人達はよく知る人物の最後の姿を目に焼き付けると、兵士達に促されて村に戻るのだった。


  ◆◇◆◇◆


 そして、村長達が追放されたその日――ヘンリクとレオンの約束の日の前日――の晩、村に宿を求めたレオンは、深刻そうな表情の村人に事情を聞くと、即座にジークベルトを荒れ地に走らせた。


「間に合ってくださいよ」


 最低限の荷を持って、ジークベルトは荒れ地に馬を駆る。

 村長達の足跡はまっすぐ北に続いており、途中、休憩した様子はあれど、子に手を掛けたり自害したりという痕跡もなく、走ること3時間ほどでジークベルトは村長達を発見した。


 ジークベルトが馬で駆け寄ると、村長が短剣を抜いて警戒する。

 それに対して少し離れた位置で馬を止め、


「前にお世話になったレオン商会のジークベルトです!」


 ジークベルトは地面に降りながらそう声を掛ける。


「レオン商会? 確か一ヶ月半ほど前に、村から荒れ地方面に出た? もしかして、アッカーマン子爵様……いえ、アントン様と知己ではありませんか?」

「……なぜそう思ったのですか?」

「アントン様は私達の村から荒れ地に出ました。私はその際の立ち会いを務めましたが、あの方は孫娘を連れていました。そして、孫娘のクリスタお嬢様は追放刑の対象外であると仰っていましたので、何かあればお嬢様だけは戻るかも知れないと思っておりました。しかしお嬢様が戻ること無く三ヶ月以上が経ちました。そして、先日はあなたたちも荒れ地に出ていた。関連があると考える方が自然かと」

「ふむ……」


 レオンがジークベルトを走らせたのは、可能なら彼らを追加の人員としてヘンリクの元に送ることを考えたからである。

 だから可能なら助け、行き場のない彼らに恩を売り、自発的にヘンリクに協力させたい。

 しかし、少々人数が多かった。


「村長さん。ここにいるのは全員があなたの親族ですか?」

「祖父母、妻に子供達……まあ全員がいい大人ですが……それに私の姉と弟の家族です」


 ジークベルトが視線を走らせると、そこには老人2名。初老が6名。まだ成人して間もないような若者が8名いた。

 合計16名である。


 ヘンリクが先読みが得意だと言っても、さすがにこのような不測の事態に対応出来るような用意はないだろうとジークベルトは溜息をついた。

 どうすれば良いのかと、ジークベルトは幾つかの方策を考えたが、詳しい話はヘンリクやレオンと調整を要する。


「あなた達は水をどの程度お持ちですか?」

「……持ち出しを許されたのは手荷物のみ。背負子はダメだと言われたので、手持ちの水は鞄に詰められた分だけです」


 ジークベルトが具体的な量を尋ねると、村長は水袋はひとりあたり2つだと答える。

 水袋の容量はものによって異なるため、正確ではないが、ジークベルトが見た限り、ひとりあたり3~4リットル。

 乾燥した荒れ地を歩くことを考えると、全く足りない。

 しかし、例えば、今回連れてきた借金奴隷を徒歩で連れ帰り、代わりに彼らをヘンリクに預けるのであれば、消耗品は足りる。

 全員は無理でも、老人や子供を馬車に乗せて運ぶことも出来る。


「辛いでしょうけれど、もう少し頑張ってください。あなた方は幸運です。私達は明日、ヘンリク様……アントン様の友人であり、レオン商会の会長の父君ですが、そのヘンリク様と荒れ地で会う事になっています。あなた方の処遇は少々調整が必要ですが、まずは待ち合わせの場所まではご案内します」

「ありがとうございます……ああ、ですが、我々を助けたと知られたら、国からお叱りがあるかもしれません」

「問題ありませんよ。荒れ地に出たら、荒れ地に出ている物好きが他にもいたというだけの話です。あなた達に何かを与えるのは、アントン様の友人のヘンリク様ですから、我々は無関係です」

「心から感謝します」

「ご安心ください。少なくとも、ヘンリク様はあなた方を見捨てるような事はしません」


 見捨てるなんて、そんな勿体ない事はしないよ。と言うヘンリクの良い笑顔を幻視しつつ、ジークベルトは前回の待ち合わせ場所まで彼らを案内するのだった。

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