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41.下級官僚

 ヴィードランドの農家の畑は、開拓しやすい場所に作られている。

 結果、畑の形は区々で、歪んだ丸に近い形状の畑が多い。


 小規模なものなら、家庭菜園程度からだが、大きなものでも貴族の屋敷程度まで。

 大きい畑は主に麦などを育てることに使うが、小さな畑は芋やマメ、葉物野菜などを育てるのに利用していた。


 布告には、今後は村ごとに、季節ごとに一種類の作物を作るように、とあり、どの作物をどの村に割り当てるかは国から指示が出る。ともあった。

 農民には文字が読めない者も多いため、長々書いても無駄、という判断もあったのかもしれないが、具体的な指示は追って出す、と言うことで、布告に記されていたのはこれだけだった。


 この布告は、農民が多くの知識や農具を必要としないようにする事で、全体の効率を高めるのが目的で、更に村単位がそうなることで、村に住む農民以外の作業も単純化されるという事を目指している。

 言わば、農業の工業化による、村の最適化である。

 村の基幹産業である農業がある作物に特化すれば、道具鍛冶の仕事もそれに特化すればよくなる。

 そういう話である。


 だが、この方法に問題があることに気付いている者も少なくはなかった。

 村の全員が同じ作物を育てる場合、種蒔から収穫まで、全員が同じ時期に同じ作業をする。

 それは全員の農繁期が重なるという事で、農繁期に村の余所の家から人手を借りる事も出来ない。


 農繁期の作業は、皆に手伝って貰う。

 持ちつ持たれつでやっていた村の農業を知っていれば、それが出来なくなるやり方には無理があると気付ける話である。


 官僚達の中には農村で育った者もおり、ある程度そうした問題があるとは気付いていた。

 そして上司に上申した者もいた。

「季節ごとに一種類の作物」というのはその対策だった。

 複数種類の畑を完全に廃止することで、不足する労働力を賄えると考えていた。

 麦と高収益作物だけを作れ、という事だ。


 だが、農民は布告の内容を、税の対象たる麦についてのみ述べていると捉えていた。

 つまり、麦は国の布告に従って村で一種類に統一する。

 だが、それ以外の芋やマメや葉物野菜などを作る畑は従来通りであると。


 その行き違いに気付くのに、さほど長い時間を必要とはしなかった。


 布告から一ヶ月ほど。

 アントン達が追放されてから二ヶ月ほど。

 時期で言うならちょうどヘンリクが2回目の鳩を送った後の事である。


 王都に近い幾つかの村に布告の遵守状況を確かめるための下級官僚が送られた。

 官僚からすれば、村長は村人の仲間である。

 だから問い合わせはせず、下級官僚を送り込んだのだ。


 彼らは状況を記録し、それを持ち帰った。


 村ごとに、季節ごとに一種類の作物を作るように。


 それは守られていなかった。


 確かに麦については国が指定した種を育てているように見える。

 素人でも見分けやすい特徴的な――そして育てにくい――麦を割り当てられた村は、麦畑については指示に従ってその麦を育てていた。

 だが、麦畑以外も多数残っており、そこでは様々な作物が育てられていた。


 当たり前である。

 農民は麦だけを食べて生きている訳ではない。

 芋もマメも、葉物野菜も食べる。

 不作の際の命綱(リスクヘッジ)として、複数を育てるようにと先祖代々伝えられてもいる。


 だから、最低でも自分の食い扶持を賄う分は作る。


 しかし王は、一種類だけを作るようになれば農民の手間が減り、必要な知識や農具も減り、その分だけ麦の生産量が上がると考えて布告を出したのだ。

 その理由までを正しく理解していた優秀な官僚達は、麦以外を育てるのは王命に背く行為であると糾弾する使者を速やかに立てた。


 だが、最初の使者を出すのと前後して、他の村から帰ってきた下級官僚達も同じような報告を繰り返した。


 村ひとつが王命に背いたのであれば、その村を根絶やしにすれば済む。

 翌年の税収は減るが、それは村ひとつ分に過ぎない。


 しかし、すべての村がそのような状況であるなら話は変ってくる。

 下手な事をすれば内乱である。

 だから、糾弾の使者を呼び戻した。呼び戻そうとした。

 だが、使者は既に早馬で出た後であり、追い掛けても間に合わないと知る事になった。


 ことここに至って、官僚達は青ざめた。


 官僚はすぐさま、その情報を王宮に伝達した。


  ◆◇◆◇◆


「官僚の手違いであったとし、早馬を出した官僚に責を負わせるべきです」


 話を聞いた王の側近のカールはそう進言した。


「だが布告に従っていない村があったのは事実であろう? そこはどうするつもりだ?」


 他国に学んだ知恵で、国家と民のためにと官僚達を使って指示を出させたのは王であるバートだ。

 今回の布告は王の言葉を民に伝えるものであり、それを破ることは許されない。

 専制国家に於いて、王の権威を蔑ろにすることを認めれば、統治機構が崩壊しかねないからだ。


「村長に厳罰でしょうか。村人の管理が出来ない管理者は不要です。村人への見せしめにもなります」

「そうか……仕方あるまい」


 今回の件で該当する農民全員を罪に問えば、農民がいなくなって国が滅ぶ。

 それは出来ない。

 しかし、村長に厳罰であれば翌年以降も作物は作られる。

 そういう計算の元、カールが提案すると、他の側近達もそれに同意し、バートは


「ならばその方向で能く計らえ」


 と告げた。


  ◆◇◆◇◆


 バートはこの時、村長に厳罰と聞いて、それならばと認めた。

 だが、側近達の言う厳罰と、バートの考える厳罰は異なるものだった。

 バートはこう聞くべきだったのだ。


「具体的にはどのような罰を与えるのか」


 と。

 或いはバートはもう少し具体的に指示を出すべきだった。


 側近達は罪に応じた中でも厳しい罰、という意味で厳罰と言ったのだ。

 王国の法に従うなら、王命に背いた者は斬首である。その範囲は一族郎党を含むこともある。

 厳罰という以上、一族郎党の斬首が妥当だ。


 側近達が指示を出すと、有能な官僚達は法に則り、速やかに適切な対処を行なった。


 それが農民達への見せしめとなり、蜂起などをさせないための手段だと信じて。


  ◆◇◆◇◆


 アントン達が荒れ地に出た村では、人の良い村長が縛につき、その家族も監視下に置かれた。

 その作業は下級官僚と兵士によって行なわれており、村長一家とその親戚一同は、村長宅に軟禁されて処分を待つ身となった。


「あの……」


 軟禁状態となった村長は、見張りの下級官僚に声を掛ける。


「どうした。村長の職を引き継ぐ者への申し送りなどでもあるか?」


 この下級官僚は農村の出で、今回の布告に対しては疑問視しており、村長の立場や農民の考えをある程度理解していただけに、村長に同情的だった。

 だから村長の話を聞く気になった。


「言っておくが、今回の件に対する意見などはせぬ事だ。村ごと消えることになるぞ」


 王の布告にはそれだけの重さがある。

 だから、農村出身の下級官僚達の多くは賢く口を閉ざす道を選んだ。

 だからそこに僅かな負い目も感じており、そんな無意味な忠告をしてしまった。


「いえ。私も親戚連中も痛いのが苦手でして、斬首を荒れ地への追放にして頂けないかと……いずれにしても死ぬ訳ですし」

「荒れ地か? 飢えと渇きで死ぬのは苦しいらしいぞ?」

「分かっております。ですが、親族には幼子もおりますし、衆目の中の斬首ではどれだけの恐怖を感じるか……大人は仕方ありません。親は飢えと渇きを罰として受け入れで死にましょう。ですがせめて幼子だけでも恐怖を感じぬ内にひと思いに親の手で、と」

「親が子を殺すのか? 幼子だけならこちらで密かに処理しても良いが?」

「いえ、親の手に掛けてやるのがせめてもの手向けです」

「そういうものか? ふむ……少し相談する」


 その村に派遣されていたふたりの下級官僚は農村の実態を知っており、村長には同情的であったため、その頼みを叶える事にした。

 官僚としては失格である。


 現場の勝手な判断を咎められるかも知れないが、今の王になってから、彼らは農村出身で学がないことを理由に下級官僚に降格された。もちろん、試験に通っている以上、必要な学問は修めている。それは単に、上級官僚の席を空けるためのこじつけに過ぎない。

 そうやって空いた席は爵位を継げない貴族の次男三男に奪われ、一部の有能な下級官僚に重い負担がのしかかるようになっていた。

 有能な上級官僚を下級官僚に降格し、その権限を縮小すれば、官僚は以前のようには働けない。

 つまりは仕事にならない。

 それなりに資産を貯めていた者や(しがらみ)のない者達は早々に見切りを付け、職を辞して逃げ出しており、彼らも王都に戻り次第そうする予定だった。


 斬首と異なり、死んだ証拠は残らないが、荒れ地に追放されて生延びられるはずはない。

 大事なのは、王に刃向かった結果死んだ、という事を村人達に伝える事で、今後、こうしたことを繰り返させないことである。

 過去、現場の判断で刑を変えた例もなくはない。それは、何らかの理由で指定された刑の執行が出来ない場合の対処だが、そうした前例も確かにあった。前例があるのなら、不慣れで不勉強な上級官僚を誘導するのは難しい話ではない。

 前例に則り、より効果的な刑を執行することとする。現場の勝手な判断でそのような勝手をするため、責任を取って職を辞する。そのような建前で書類を作り、彼らは安全に逃げる算段を立てるのだった。


 ヴィードランドでは、多くの下級官僚が職を辞する決心をし始めていた。

 王宮や貴族達の多くは、まだその事には気付いていない。

 当然、その先に何が起きるのかを知る者も、まだいなかった。

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