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40.山羊

「簡易な寮は出来たし食料の増産準備もこれくらいで良いじゃろう」


 ヘンリク達が戻ってから15日が経過していた。

 その間、小屋作りが行なわれ、人手の増加を期待した耕作予定地の開拓も行なわれた。


 ついでに、ヘンリク達が戻ってくる少し前に抱卵を始めた鶏の卵が孵化し、2羽のヒヨコの愛らしさにクリスタが溶けそうになっていた。

 諸々順調に推移していると言えよう。


「クリスタ。あんまり可愛がるなよ。鶏はいずれ肉にする」

「知ってますわ。だから名前も付けていません。でも今は可愛いから仕方ないんです」


 クリスタがまだ10才になる前。

 とある村で、アントン達を歓迎するための宴に供するため、鶏を絞めた。

 それを目撃したクリスタは、その晩、饗された鶏肉に手を付けることが出来なかった。


 なお鶏を絞めるシーンではなく、羽を毟るシーンが脳裏に焼き付いていたため、鶏皮のブツブツがとても生々しく感じられてしまったというのが真相である。

 村人達は、繊細なお嬢様だと心配した。


 ちなみに、翌日、残り物を温め直した鶏肉を、クリスタは美味しそうに食べていた。

 村人達は、我らの好意を無駄にせぬために優しいお嬢様が無理をしている。と涙した。


 そんなわけで、「案外クリスタは精神的にはワシよりタフかも知れん」とアントンは思っていた。


 ちなみに刷り込みについて知っていたクリスタはそれを狙っていたのだが、残念ながらヒヨコが卵殻のハシ打ちを始めたのは早朝で、孵化したのは次の日の未明だったためクリスタは夢の中だった。


「次のヒヨコは刷り込んでみせますわ」

「情を移さん程度にな」


 そんなあれこれはあったが家畜はこの土地では貴重品である。

 多少過保護になる程度なら構わないと、老人達はクリスタがヒヨコを可愛がるのを微笑ましく思いながら見守るのだった。


  ◆◇◆◇◆


 小さな水車を使って大きな頑丈な水車のための製材を行ないつつ。

 様々な素材を採取しつつの20日ほどが経過した。


「前回の連絡から40日。そろそろレオンに鳩を飛ばすよ。何か連絡したい人とかいるかい?」


 夕食の場でヘンリクが全員にそう尋ねるとマーヤが


「家族には手紙を書いてヘンリクに持って行って貰うわ」


 と答えた。

 それを聞き、予想外の事を言われたと、ヘンリクが驚きの表情を見せる。

 さすがにナイフを取り落としたりはしなかったが、ヘンリクがここまで驚きを表にするのは珍しいと、アントンは楽しそうにそのやり取りを眺める。


「えっと? 手紙を僕に託すって事は……あれ? マーヤ君は来ないのかい?」


 マーヤはヘンリクに頷いて見せる。

 そのマーヤのそばで、クリスタが嬉しそうにしていた。


「クリスタちゃんが寂しがるから、次は行かないって約束してたのよね。今回はついでもあるそうだから、護衛はヨーゼフに行って貰うわ」

「短剣ば握る子供の手ば見ておきたいんだぁ」


 新たに打つのか、今まで打った中で気に入るのがあるのかも確認したい。新たに打つのなら、炉を急がねばならい。

 とヨーゼフは続ける。


「そか。ああ、他にほしい物とかあれば連絡しておくけど?」

「次回で良いので山羊を数頭じゃろうか。山羊は乳にも肉にもなる。長毛種なら毛も取れる。雑草でも育つから手間は掛からんし」

「長毛種って言うと、小さいのだっけ? ヴィートランドで犬山羊とか猫山羊って呼ばれる種類」


 山羊には色々な種類がいる。

 短毛で乳をよく出す山羊だと、成人男性よりも重い種類もある。

 肉用の種類だと大きく育つものが良い山羊とされ、そうなれば120キロを超える事もある。

 が、長毛種となると、ヘンリクの知る限り、猫山羊、犬山羊と呼ばれる小型の種類となる。

 体重は大きくなっても40キロほど。

 人懐こく、毛が長く乳の出も良いが、大人になっても小さいため、肉としての利用にはあまり向かない。


「味は悪くないけど、あれ、肉を取るには不向きだよね?」

「飼育環境が整うまでは、小型の方が楽じゃろ?」

「クリスタちゃんのペットにするんでしょ?」

「……悪いか?」

「いや。ネズミ避けに猫って言われるよりも良いよ。猫は食べられないけど、犬山羊ならみんなの食生活が豊かになるし、毛布とかも作れるから良い選択だと思うよ。でもそうなると畜産の専門家がひとりくらいは欲しいね。馬や山羊が子を産むとかなったら、僕らだけじゃ対応難しいし」

「そうじゃな。ワシもそっちはあまり詳しくはない」


 アントンは農民との付き合いの中で、そうした知識はあるにはある。が、それは、部分的に聞きかじった程度でしかない。

 そう答えるアントンに、ヘンリクは感心したような目を向け


「アントン君は学徒向きだね」


 と褒める。


「子供っぽいと言いたいのか?」


 自身の足りぬ部分を客観的に知る。

 そして、それを学んだり、他者に助けを求める事を厭わない。

 それは、ヘンリクに取って理想の学究の徒の在り方だった。

 が、学生向きと言われたと勘違いしたアントンは不服そうにそう尋ねる。


「いや、自分に分からない事を認めて、分からないことは他人に学んだり頼ったりする。これは研究者向けだという意味で言ったんだよ」

「ふん。そんなこと子供でも……ああ、いや、貴族には出来ぬ者も多いか」


 貴族の中には、知らない事、他人に頼る事を恥と考える者が多かったことを思い出し、アントンは溜息をついた。


 恥を掻かないように学ぶ方向に向うモチベーションになるのなら、ある程度まではそれでも良い。

 しかし、何かを聞かれた時に知らないと答える事に耐えられず、知ったかぶりをする者も一定数おり、そんな態度でも周囲のフォローでそれなりに回ると学習してしまうと、悪化の一途を辿る。

 そうなるには一定の時間が必要となるため、そうした傾向は老人になるほど多くなる。


「いたよね。間違いを指摘されると烈火の如く怒るのとか」


 教育に携わっていたヘンリクは、アントンよりもそうしたケースを目撃する事が多かった。

 そして、当時からヘンリクと行動を共にする事が多かったリコもまた。


 だから、ヘンリクとリコは揃って大きな溜息をつき


「ああはなりたくないものです」


 と呟いた。


「まあそんなことは良いわい。とにかく長毛の若い山羊を(つがい)で頼む」

「ん。分かった。ヨーゼフ君は何かない? 短剣を作るとして、炉材で足りないものとかは?」

「んにゃ。見付けちゃぁおるんよ。後は集めてくるだけじゃし鉄鉱石もある……あー、燃料が少し足りんかなぁ」

「木炭で良ければ頼んでおくけど?」

「んー……これで(しま)いちゅうわけでもなかんべ? こっちで試して無理そうなら頼むっしょ」


  ◆◇◆◇◆


 鳩が飛び立つ。


 手紙を付けた鳩は、一路王都に向う。

 ヴィートランドで起きている事件など知らぬままに。

今回書いている山羊(犬山羊、猫山羊)はファンタジー生物です。

ベースは柴山羊ですが、柴山羊は神経質で短毛種ですので別物です。


絞めた鶏を食べられないくだりは、私の実体験です。

血抜きしたり羽を毟るところを見ても大丈夫だったのに、食卓で鶏皮を見て、食べられなくなりました(ただし翌日に美味しく頂きました)。

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