39.小屋と律
先送りにしていた家の作成の準備が始まった。
借金奴隷10人を調達出来るかどうかは不明だが、来てもらっても雨露をしのげる場所もありませんでは、犯罪奴隷以下の扱いとなってしまう。
最低でも屋根と目隠しになる程度の壁は必要だ。
最初に行なわれたのは、アントン達が川原で集めた雑草――苧――から麻紐を作ることだった。
以前柵を作るときに作った、ツタの皮を剥いで編んだだけの『なんちゃって紐』は、アントンが言っていたように凄まじい勢いで劣化する。
そんな物を使って家を建てるわけには行かないが、この土地で紐は貴重品である。
だから作る。
茹でて皮を剥ぎ、剥いだ皮を確認し、目に付く繊維以外の部分をナイフの背である程度こそぎ落す。
ここから二通りのやり方があり、ひとつは腐敗させて繊維以外を取り除く方法だが、これは時間が掛る。
具体的には盥などに水を張ってそこに剥いだ皮を入れ、日向に放置すること10日。
繊維以外が腐った頃を見計らって丁寧に洗う。という方法で繊維を取り出すのだ。
腐敗が足りなければ更に腐らせる。
それはそれで行なうが、今回、アントンはは叩いて繊維を取り出す方法を選んだ。
柔らかい木の板の上で、木槌でそっと、繊維を傷付けないように慎重に叩く
叩くことで繊維以外が潰れて押し出されてくるので、適時洗って取り除く。
それをひたすら繰り返す。
取り出した繊維は灰汁で煮る。
それを糸に撚って、縄にすると麻縄の完成である。
叩く部分は繊細な作業となる。
全員がそれを試した結果、クリスタが適性を示した。
「これも才能、だべか?」
「いや、若いからって事よね?」
ヨーゼフとマーヤがそう評するが結果が全てである。
「ふむ、やはり老人よりも子供の方が、こういう作業にはむいておるな」
状態を素早く確認するための視力。
気付いてから槌を止めるまでの時間の短さ。
その辺りはマーヤが言っているように、若さによる所が大きい。
――マーヤとヨーゼフは力を入れすぎというのはそれとは別の話ではあるが。
アントンのその言葉を聞き、クリスタは槌を止める。
「そうなんですの?」
「ああ、ワシらくらいになると目が悪くなるから細かいゴミなどが見えないことも多い。それに見えていても手が止らんのじゃ。細かなゴミを見付けて、見付けたら即座に槌を止めるような仕事なら、子供の方が向いておるのかと感心したんじゃよ」
アントンはある程度溜まってきた繊維を桶に入れて丁寧に洗いながら答える。
それを見て、クリスタもまた手を動かし始める。
「でもおじいさま。これ、わたくしが見た事のあるやり方とは少し違いますわ」
久し振りに聞く、『わたくし』という一人称に、アントンは左の眉を上げた。
「なんじゃ、『私』はやめたのか?」
「気付いてらっしゃったのですか? 平民らしい言葉遣いに改めようと思っておりましたが、おじいさまが王になるのでしたら、戻しておくべきかな、と。戻す必要、ありませんか?」
「クリスタの好きなようにしなさい。大体、マーヤを見てみろ。あいつは伯爵家当主なのに『あたし』じゃぞ?」
「マーヤおばさまは、部下に舐められないようにわざと言葉使いを崩してらっしゃるのですわ」
「まあ分からんでもないが……さっき言ったようにクリスタは好きにして構わんぞ? それで、やり方が違う、じゃったか」
繊維を洗う手を止め、クリスタの頬に付いた苧の茎の破片を手拭いで拭き取ってやりながら、アントンはクリスタの言っている別のやり方について確認した。
「茎の皮を盥に入れて日向に置いたりするやり方じゃな?」
「そうです。あれも少しは叩いていましたけど、これほど叩いたりはしていませんでしたわ」
「それは、腐らせる方法じゃな。目的は繊維以外の部分を取り除く事で、今クリスタがやっていたことと同じじゃ。繊維はそれ以外と比べて腐りにくいから、ほどよく腐らせて何回も洗うというやり方でも繊維を取れるんじゃ。灰汁で煮るのも繊維以外を煮溶かすのが目的じゃな。ただ、腐らせるのは時間が掛るんじゃ。今回は紐がないと他の作業が止るから、手作業でやっとるんじゃ」
◆◇◆◇◆
草原の東側。
大穴や岩山がある側の、用水路に水を流すことでようやく分かる程度に他よりも地面が高くなっている辺りに砂礫を敷き詰める所から工事は始まった。
家の構造はシンプルだ。
家と呼ぶのもおこがましいレベルである。
穴を掘って砂礫と石を入れて4本の短い丸太の柱を立て、砂を置いて大きなハンマーで軽く叩いて地面を締める。
そうやって立てた柱の内、隣接する2本は長く、2本は短い。これが片流れ屋根――片方が高く、片方が低い屋根――の傾斜を生み出す。
隣接する柱の一番高い場所に、柱よりも少し細めの丸太を通して梁とする。
同じく床に近い部分にも梁を作る。土台はない。
壁になる部分には、梁と柱を利用して。竹を丸ごと使った筋交いを固定する。
その筋交いに縛り付ける形で、細く割った竹を横向きに固定して貫――柵の横向きの棒のこと――にする。
続いて、同じく細く割った竹を縦にして、貫――柵の横向きの棒のこと――と交差する位置を全て縛って固定する。
これが、土壁を作る際の下地となる。
が、アントン達が用意する壁はここまでである。
屋根の部分の梁の間、同じ高さの柱を繋ぐように竹を縛って固定する。
それを十本ほど等間隔で。
その上に、ふたつに割った竹から節を取り除いたものを雨樋のように並べて縛り付ける。
だが、これでは大した雨でなくても竹と竹の隙間から雨漏りする。
だから竹と竹の隙間の上に、同じく割った竹をひっくり返して被せる。
これで、雨は竹の雨樋に流れ落ち、雨樋を流れた雨水は軒先から流れ落ちる事になる。
ただし大雨が降って雨樋が溢れるような事があれば雨漏りする。
そうした場合に備え、レオンには天幕も頼んでおり、万が一の場合は、屋内に天幕の布を引っ掛けて、水を外に流せるように小窓などの配置も工夫している。
小屋の広さは、日本風に言えば6畳。
竹組の二段ベッドを2つ並べた4人用の小屋として利用する。
個人用のチェストはあるが鍵などはない。
また、当然ながら水浴び場もトイレもない。
それらはこの土地にはまだ1つずつしかない。
調理場も草原には一カ所しかない。
しかし隣の建物との間隔は広く、その範囲であれば自由時間を使い、自分で素材を集めての増改築は許可する予定である。
板は貴重なのでドアはない。
レオンに頼んだ天幕用の布が手に入れば、それがカーテンのように吊り下げられることになる。
いずれ製材機が完成するまでは、この小屋はこの地に於けるスタンダードとなるのだ。
小屋を作るのと同時に、トイレと水浴び場の補修も行なわれた。
こちらは、目隠しの土壁の隙間を埋めたりが主な作業である。
借金奴隷の男女比はまだ分からないが、今までの爺さん婆さんに子供という世界ではなくなれば、そっち方面の問題も起きやすくなる。
そうした誘惑を少しでも減らし、防げる事故は防がねばならない。
が、同時に借金奴隷同士の自由恋愛は大いに推奨するのがアントン達の立場でもある。
線引きやバランスをどうするのか、自然に任せるのか、等はこれから決めて行かねばならない。
完成した四棟の小屋を眺めつつ、ヘンリクは小さく溜息をついた。
「当面の決まり事と法律を相反しないように考えておかないといけないね」
芋はファンタジー植物ではなく、地球のアジア地域に広く分布する植物です。
皮の部分に多量に含まれる繊維を使って、糸や布が作られています。
苧麻とも。




