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老害追放――新しい国に老害は不要だと放逐された老人たちの建国記。ときどき、若返った国の崩壊の記録。荒れ地の果てに新国家を作ります――  作者: KOH


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34.水面下

 ヴィードランドでは、水面下で問題が発生していた。


 アントンがいなくなった。

 それは別に問題ではない。

 左遷、栄転は世の常である。

 いなくなった者が左遷されたのか、栄転したのか、はたまた追放されたのかなど、農民の大半は気にも留めない。

 そもそもアントンの名を知る者も少なく、ひとまとめに『お貴族様』である。


 農民達の関心は翌年の作付けである。

 また、農業のやり方を変えろと言われればそれも気にする。


 これは別に農民だけの話ではない。

 民の多くが気にするのは、自身に直接関わる何かか、そうでなければ対岸の火事――好奇心を満たせる何か――なのだ。


 そして農民達が気にしたのは農法を変えろという布告だった。


 ヴィードランドの農家では、昔から畑を細かく分けてそれぞれで異なる品種を育てていた。

 村の畑という意味ではなく、個人の畑がそういう構造になっている。

 だからひとりで多くの種類の作物の面倒を見なければならず、非効率な面もあった。


 布告には、今後は村ごとに、季節ごとに一種類の作物を作るように、とあり、どの作物をどの村に割り当てるかは国から指示が出る。ともあった。


「こんな話、正気の沙汰じゃねぇ」

「バカ、お前、そんなの聞かれたらとっ捕まるぞ」

「ンだけど、やり方変えるつーてもいくら何でもこりゃ無理じゃねぇか?」

「ンだなぁ。一種類じゃ、誰かが忙しい時期はみぃんな忙しいから、手を借りることも出来ねぇちゅう事だもんなぁ」


 学ぶ機会が少ない農民は、情報を体系立てることも、その方法も知らないし、情報を文字で残すことも少ない。

 だが、農業に関してはプロであるし、決してバカというわけではない。

 単に農民の持つノウハウは、口伝で伝わるものが多いだけなのだ。


 その知識を得るために使った時間は、数世代以上であり、両親や祖父母から子や孫への教育に使った時間は数十年。

 その全ての情報を教えろと言っても無理な話だ。

 大した情報が出て来る筈がない。

 それ故、知識が無いと思われる。


 だが、それは聞き方が悪い。

 漠然と、『農業に関する口伝を教えろ』と言えば、直近の記憶と関連付けられた農具の手入れの注意点など、日々の作業のためのものが出てくる。

 毎年繰り返す、植え付けから収穫までのそれぞれで何をするのかなど、毎年の作業に関わることも出てくるだろう。

 運悪く――聞き手からすれば運良く――、最近不作があれば、それに関する話が出てくるかも知れない。

 100年前に誰それの爺さんが新しい種を蒔いた時は一家心中の危機だった等の失敗談も多い。

 だが特定条件下に於ける問題対処方法や、今の農法がどうやって確立したのか、一見すると無駄に見える作業の意味などはなかなか得られない。

 実際には、100年前に誰それの爺さんが新しい種を蒔いた時に起きたことが原因で、という口伝もあるわけだがそこはなかなか出てこない。


 親が子に伝えるときも、思い出したことを昔話としてポツポツと、なのだ。

 元々がそうした情報なのだから、漠然と聞いて聞き手に取って都合の良い答えが出てくる筈がない。


 問題の対処方法などの情報が出てくるのは、問題が発生した後か、発生しそうなタイミングである。

 長雨があったとき。

 致命的に人手が足りなくなったとき。

 夏が寒かったとき。

 そうした状況が具体的な問いかけとして記憶を刺激し、昔話を思い出す。


 アントンもそうしたノウハウをまとめ切れている訳ではない。

 諦めずに何回も聞き取り、自身も畑仕事をすることで直感的に意味を理解したり、それでも意味不明だとしても昔から多くの村で行なっていることには何か理由があるはずだとやり方を変えずに置く。

 それがアントンがやった事で、ある程度確証が持てた仮説は文書にまとめてもいた。


 が、今回はそれが裏目に出た。


 それらはアントンが行なっていた事の根拠だ。

 だから否定しなければならない。

 官僚達がアントンの残した様々な文書を調べ、それを否定した結果が、その布告内容だった。


 農民は冒険を嫌う。

 官僚は農民には保守的な者が多いと知っていたが、その理由を理解していなかった。

 アントンですら、その理解は十分ではなかったのだから、仕方がないと言えばそれまでだが。


 農民が嫌う冒険。

 その最たるものが、今までと異なるやり方を導入することだった。


 作物の生長には数ヶ月ほどの時間を要するものが多く、半年近くかかるものもある。

 果樹の類いなら十年単位だ。


 ヒトの寿命を仮に60年、内、5才から55才までの50年を農業に使えるとしても、春蒔き秋収穫の作物――生育には夏の暑さが必要な種類――なら、生涯、50回しか作れない。

 その50回の内、10~30回は親が主導するため、自由に育てられる機会は20~40回程度しかなく、ひとりの人間が試行錯誤出来る回数はあまり多くはない。


 仮に試行錯誤で失敗すれば、その年は収入が激減するかも知れない。

 それどころか、畑そのものにダメージが残れば、回復には十年単位を要する。

 土が痩せるような方法で育てれば、数年は面白いように収量があがることもある。

 だが、それは先祖の遺産を食い潰しているにすぎず、続ければ収量は減り続け、最後には使い物にならない畑に成り下がる。

 そうなれば農民は破産するしかない。


 そうした失敗を経験した者達を反面教師として、農民達は冒険は割に合わず、下手をすれば全てを失うのだと世代を超えて学んでいるのだ。

 保守的にもなる筈である。


 だから新しいことを取り入れる場合は十分な実績が必要となる。

 こうしたら良いよ、と素人に言われただけで頷く農民は親の昔話を聞いていなかった愚か者だけだ。


 アントンが実験のための畑を王宮に作っていたのは、宣伝のためという意味合いもあった。

 布告だけでは農民の納得を得られない。

 だから、貴族が自ら畑仕事をして、机上の空論ではないのだと周知していたのだ。


 そうした努力が背景にあった事と、アントンのやり方は従来の方法を大きく変えず、変える場合も部分的に変えていくやり方だったから受け入れられていた。

 それを理解していない官僚達は、商人に対して新しい法律を布告するかのように布告を出して従えと言ったのだ。


 農民が蜂起してもおかしくはない状況だが、これまでアントンがやってきた事が、農民の蜂起を躊躇させた。


「でもほらよぉ。あの冷害に強い小麦。あれでうちの村は助かったんだぁなぁ」

「そうだな。それを作ったお貴族様は、ご自分で畑を耕し、麦を刈ってたとも聞くなぁ」

「孫娘さ連れて、あちこちの村を回った話もあるしなぁ。多少は信用はできるんじゃねぇか?」


 アントンがいなくなった。

 それは別に問題ではない。

 左遷、栄転は世の常である。

 いなくなった者が左遷されたのか、栄転したのか、はたまた追放されたのかなど、農民の大半は気にも留めない。

 そもそもアントンの名を知る者も少なく、ひとまとめに『お貴族様』である。

 だから、既にアントンがいないという事を知る農民は、村長等の責任ある立場の者たちだけだった。


 村人が蜂起すれば、国の官吏の末端である村長は村人によって監禁される。

 蜂起が終れば、蜂起発生を止められなかった罪で糾弾される。

 だから多くの村の村長は村人の誤解を解くことなく、嵐の過ぎ去るのをただ待つという選択をするのだった。


  ◆◇◆◇◆


 ヘンリク達がアントン達と合流して20日ほどが経過した。


 彼らの日々の努力により、川沿いの竹の柵は漆喰を塗った土壁になっていた。

 引き込んだ水路に試験的に設置された小型の水車は、ほぼ揚水専用になっているが、しっかり稼働していた。

 製材機は小さなものが作られたが、大きな力を取り出すには竹などの柔らかい素材では無理だと分かったため、現在はごく少量の板の生産のみが行なわれており、いずれはその板でもっと丈夫な水車が作られる予定である。


 丘の大きさは変っていないが、頂上部分全体が土壁と竹の壁に覆われ、部分的に屋根で覆われた事で一回り大きく見える

 屋根は竹を組み合わせた簡易なもので、大雨が降ったり、強風でズレたりすると雨漏りする。


 頂上には馬と鶏が保護され、クリスタの馬車兼家もそこにある。

 クリスタの馬車生活が長かった鶏達は、到着して2週間ほどで落ち着いたようで、現在は卵も産むようになっている。

 増やす事を考えているため、現時点で卵は食べていない。

 まだ抱卵はしていないが、卵は鶏小屋の中に置いてある。

 鶏は、この卵がある程度溜まると抱卵期に入るが、今少しかかるようであるとアントンは判断していた。


 また、天井に細い木と竹と葦、壁に土壁、床に竹と炭を使った高床式の倉庫も作られている。

 床下にはそこそこ深い穴が掘られており、そこに小さめの蛇が数匹、ネズミ避けとして飼われている。

 たまにクリスタがカエルを捕まえては穴に投げ込んで餌としているが、そのお陰か、今のところ頂上付近でネズミの被害は出ていない。


 木の精霊を祀る祠は、丘の南端、最初にアントンが木の精霊と言葉を交わした付近に作られた。

 素材は土壁と竹の屋根である。

 中には水を奉納するときに使う器――精霊から授かったものなので一種の神器――がふたつ、並べられている。

 彼らの朝は、そこで感謝の祈りを捧げる事から始まる。


 ヘンリクとリコは、試験的に行なった儀式によって木の精霊の加護を得ていた。

 以降、ヒトが増えた暁にはその儀式を下敷にした儀式が行なわれる予定である。


 そんなこんなの20日後。

 ヘンリクは当初の予定通り、伝書鳩で息子に連絡を取る用意を始めた。


 手紙の下書を用意した所で、折角の機会だし、と全員に声を掛ける。


「ついでに、連絡を取りたい人はいるかな?」


 ヘンリクに聞かれ、マーヤとヨーゼフは、子供達に生存報告だけはしておきたいと希望する。

 アントンとクリスタは、特に連絡を取るような相手はいないと、見送ることとする。


「おじいさま。お弟子のヘクターさんに連絡はしないのですか?」

「ワシの弟子だったことで不都合もあったじゃろうからなぁ……」

「今回の僕の手紙で、代わりの鳩を連れてくるように頼むから、気が変ったら言ってね」


「助かる。で、手紙は出来たのか?」

「うん。まあ出来たけど、詳細は書けないし、基本、待ち合わせの話だね」


 見るかい、と手紙を渡されたアントンは目を通す。

 書かれていたのは、ヘンリクからであること。元気である事。日時と場所。詳細はそこで伝えるが、今後について話しておきたいことがあること。

 が書かれていた。


「ほぼ内容がない手紙じゃな?」

「鳩が運べるサイズだからねぇ。細かいことを書いて、他の人に見られても困るしさ」

「ふむ。10日後、あの村から北に向い、最初の丘の付近。ほう、呼ぶのはレオンなんじゃな……ん? 確かヘンリクは途中の丘で方向を見失ったと言っておったな?」


 レオンは迷わないのか? と尋ねるアントンに、ヘンリクは苦笑いを浮かべる。


「レオンは国外に出ることが多いから、方角を読む道具は持ってる筈だよ」

「大店の主だったな。なら、本人が出歩かんでもよかろうに……」

「でも、ここの話をしたらレオンはこっちに来ちゃうかも知れないんだよね」

「ここに来てくれるなら、それはそれで助かるんじゃないのか?」

「最終的にはそれもありだけど、数年は色々と頼みたいことがあるから、ヴィードランドにいて欲しいんだけど」

 それを聞いたマーヤも


「うちの息子達も、来たがるかもしれないわね。特に末のマルクとか」


 と溜息をつく。


「マーヤの所の末っ子か? いい大人だと思ったんじゃが」


 アントンが不思議そうに尋ねると、マーヤは頷き、ああそうか、とアントンとクリスタに視線を走らせる。


「そっか。アントンの所はエッダもクリスタちゃんも加護持ちだったものね。マルクは、ずっと加護がないのを気にしてたのよ。レオン君もそうよね?」

「うん。結構気にしてるみたいだね。だから、ここに来れば加護が得られる可能性が高いとか聞かれたら、ちょっと不味いかも知れないね」

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