表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
老害追放――新しい国に老害は不要だと放逐された老人たちの建国記。ときどき、若返った国の崩壊の記録。荒れ地の果てに新国家を作ります――  作者: KOH


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/83

32.満月の夜・1

「それで、クリスタちゃんは、何が気になったの?」

「あ、はい。なんで木の精霊は、自分で水を出さないのかなって」

「なるほど? ヘンリクはどう思う?」

「いや、その観点はなかったから考えてなかったよ。クリスタ君の着眼点はなかなか面白いね……まったく根拠も何もないけど、他人が作った水の方が、木の精霊にとって魔力とか、そういう何かが豊富で、本当に欲しいのはそれなのだとか? あ、そうか。それも確認しないとね」


 普段から饒舌ではあるヘンリクだが、楽しげかつ早口になっている。そんな彼に


「ヘンリクよ、落ち着かんか」


 とアントンが突っ込む。


「おっと、これは僕としたことが。失礼したよ」

「で? 確認するというのは?」

「木の精霊にとって、水の精霊の加護持ちが作った水のどの部分が良いのか。かな。もしも、もっと効率の良い提供方法があるなら、お互いにとって有益だろ? まあ、確認するだけはしておこうって事かな。僕の好奇心を満たす目的もあるけど」

「むしろそっちがメインじゃろ」

「まあ否定はしないけどね。おっと、これ渡しておくよ」


 ヘンリクは、話の要点をまとめた紙をアントンに手渡した。


「なぜワシがこれを渡されたんじゃろうか?」

「そりゃ、アントン君が今のところ唯一、精霊と言葉を交わした人間だからだね」

「あー、じゃが、水を渡すのはヨーゼフなんじゃが?」

「初回の奉納は、明日かな? ヨーゼフ君とアントン君が並んで、奉納儀式をすれば、言葉を交わせる可能性があるんじゃない?」

「儀式? 器に水を入れてそこらに置いておくだけで十分」


 アントンはそう言いかけた所で全員が、何言ってんだという視線を自分に向けていると気付いた。

 その中には可愛い孫娘(クリスタ)もおり、アントンは精神的なダメージを受ける。


「……十分ではないな。木箱を奉納台に見立てて、儀式らしくするか」

「具体的にはどうするつもりなの?」


 マーヤが尋ねるが、アントンは分からんと首を横に振る。


「儀式なんぞ、ワシはほとんどやったことがないからなぁ。知っておるのは結婚式、葬儀程度じゃ。普通そんなもんじゃろ? 白いシーツを木箱に掛ける程度しか思い付かん。ヨーゼフはどうじゃ?」

「わしゃ、魂鎮めなら何回か見たなぁ。ほれ、鉱山を開くときに無事故を祈願するやつだべ? じゃが、木の精霊にそれでよいんだべか?」

「分かった。儀式の基本は僕が知ってるから、僕が指示するよ。マーヤ君は協力をお願い」

「ええ。何が必要なのかしら?」


 マーヤに聞かれ、ヘンリクは笑みを浮かべるとクリスタに尋ねる。


「クリスタ君、木の精霊は四元素の精霊のどの因子を受け継いでいるのかね?」

「え? あ、ええと、地水火風、すべてですわ」

「よく出来ました。精霊に祈る際に必要となるのは、それらを表す何かです。今回、水はヨーゼフ君が用意するわけだから、それ以外。地は土や土器。火は灯明。獣脂を使った火で良いです。風は空気が通る場所で、風の力を表しやすい吹き流しのようなもの。なければ枝葉のついた植物でも構いません。それらを四方に置いた木箱というのが普通ですけれど、今回の奉納では水が主体ですから、三角形の中央に水の器という形になります」

「それが必要なのね? 土器はないから土になるわね。獣脂はあるからそれに芯を入れて火を灯すのも出来るわ。吹き流しはないし、火のそばにひらひらした布を置くのは恐いから、そこらの灌木の枝を持ってくれば良いかしら?」

「ええ。精霊神殿式だと酒や塩も使ったりしますが、初期の祭壇はそうしたものだったそうです。で、祝詞ですけど、アントン君もヨーゼフ君も知らないですよね? 僕も大まかな意味程度しか知らないし、そこは、素直にヒトの言葉で語りかけましょう」


 ええと、とヘンリクは別の紙に祝詞を、祝詞ほど古い言葉ではなく、やや古めかしい言い回しにして書き始める。

 出来上がったそれをリコが確認し、その紙もアントンに渡される。


「ええと? 我らに加護を……」

「待った!」


 ヘンリクはアントンの持っている紙を破かない程度の力で奪い取る。


「急にどうした? 何か問題があったかね?」

「いやまあ可能性の問題だけどさ。僕が書いた文章は精霊に呼びかけて返事を請うものだからね、今、返事されちゃったら困るでしょ? 読むのなら出来るだけ心も込めずに黙読してね」

「心も込めないんじゃな?」

「うん。精霊魔法を使うとき、イメージがそのまま伝わったりするでしょ? あれって、心を読まなきゃ出来ない芸当だからね。とにかく祭壇を作って、アントン君はそれを読み上げる。ヨーゼフ君は、出来ればその場で器に水を入れる。そんな感じかな。何か質問は?」

「呼び掛けの所で名前を使わんのじゃな」

「ククノチ様だね。うん。アレは森人が使う呼び名らしいから、本人? は名前はないって言ったそうだし、必要なら僕らは僕らで名前を決めるべきなんだと思う。他に質問は?」


 ヘンリクの問いかけに、全員、少し考える、

 クリスタが迷っている様子を見て、ヘンリクは更に少し待つ。


「……あの、木の精霊は私達のお願いに応えてくれるでしょうか?」

「それはお願いしてみないと分からないよ。僕らが考えたのは、僕らに敵意がある者が入り込めないようにする方法でしかないから」

「マーヤおばさまから見て、現実的な防衛策になってますか?」


 クリスタの質問に、マーヤは思わず吹き出す。


「現実的かって言われると、非現実的も良い所よ。ヴィードランドにだって精霊魔法の使い手を集めた部隊もあるわ。それは、言い換えれば精霊の力を借りた部隊よ? でも精霊そのものを防衛に組み込むとか正気とは思えないわ」


 その発言に、ヘンリクはそうだね、と頷きつつも過去に一度だけ、そういう事があったと指摘する。


「国と国の間の荒れ地自体、人同士の争いを止めさせるために火の精霊が作った緩衝地帯だって話もあるよね? あれってすべての国の防衛力を増強したと言えるんじゃない?」


 神話に語られる中に、多くの国家が争う様を見て、火の精霊が国と国の境を焼き払って荒れ地にしたという話がある。

 これほど広範囲の荒れ地が誕生した理由として、それは一般常識のレベルになっている。


「それは神話の時代の話だし、火の精霊が自らの意志で行なったことであって、人間の望みを叶えた訳でもないわ」

「でも、人の争いという行いが精霊を動かしたんだよね? ついでに言えば精霊魔法は、精霊の力を借りる事だよ?」


 精霊魔法は加護を受けた人間が精霊の力を借りて、魔力を対価に魔法という現象を得るものである。

 仮に精霊の力を100とするなら、その内1の力も借りてはいないだろうが、それでも力の一部を貸して貰っているのだ。


 もちろん。

 だから精霊を自由に使役できるとは思っているわけではない。

 とヘンリクは付け足す。ただ、今ある加護の拡大を、相応の対価と引き換えに願う事は、精霊魔法の考え方にも通じる筈だ、と。


 そこで、ヨーゼフが首を傾げた。


「あんなぁ、わしゃちぃっと気になったんだけんど、その契約は停止したり解除したりできるんだべか?」

「解除ですか? なぜ?」


 ヘンリクの問いにヨーゼフは頭を掻いた。


「仮定の話だけんど、対価を変動するようにして人数や面積が増えた時、払いきれんくなるかもしれんべ?」

「ああ、なるほど」


 と頷くリコ。

 ヘンリクに説明を促され、リコはヨーゼフの不安をまとめる。


「商売風に例えると、加護は商品。毎日商品が届く契約にしていたが、支払いが滞りそうなので、一時的に商品を送らないように連絡を取って、支払い不履行にならないようにすれば……ああ、ヒトが相手なら法律や商売上の不文律に沿って考えますが、精霊がそれを理解していない場合、そこまで契約に含めておくべきなのかも知れませんね」

「うわあ、そういう事か。ヨーゼフ君、よく気付いたね?」

「わしゃ、普通の契約でそういうんが出来るって知らんかったからなぁ。だけんど、問題が見付かったならよかったなぁ」


 問題に気付かずに契約していれば、後々、ヒト側の契約不履行となる恐れがある。

 その場合の罰則はヒトの法律ではなく、精霊が決めることになる。

 お互いがお互いの法律や不文律を理解できない恐れがあるのなら、そこまで決めて合意しておく必要がある、という事で、それについてはリコがまとめることとなった。


 そして翌日の夜。

 満月である。

 とは言え、薄雲がかかり、満月はベールを被ったようにおぼろ月となっている。


 木箱に白い布を掛けて作った即興の祭壇奥に葉っぱが付いたままの小枝、右手前に小皿に乗せた獣脂に芯を入れて灯した灯明、左手前に小皿に盛った土。

 そしてその三角形の中心には、アントンが木の精霊から受け取った木の器が設置された。


 水で身を清めたアントンが、その仮設の祭壇に一礼すると、後ろの面々も頭を下げ、下げたままとする。


 アントンは、間違えるより良いと紙を見ながらヘンリクが書いた祝詞を読み上げる。

 必要な事項を、古語ではなく、やや古めかしい言葉で書き連ねたそれは


 ――我らに加護を与えたもうた木の精霊よ

 ――豊かな水の力によりて大地を緑に染め、風に揺れ、いずれは火を生み出す全ての精霊の子にして、木々、草花の主よ

 ――我らの拙い精一杯の礼をもって、御身の望みし奉納をせん


 から始まり、ここまでの感謝を伝える言葉が並び、最後に。


 ――我が名アントンの名において、我らは、今ここに再び、この地の平和のため、御身と言葉を交わさんと欲す

 ――水の精霊の加護を得しヨーゼフ、精霊の力をお借りし、水をこれへ


 と終る。

 そしてヨーゼフが頭を上げ、祭壇の器一杯に水を注ぐ。

 と、その器の周囲に白い光で出来たヒトの形が現れる。

 同時に、器の底に刻まれた複雑な模様が黄色みがかった柔らかな光を放った。


『待ちかねた。次からは水は最初から注いでおけ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バナー"
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ